第4話 七夕
Ayaは幾度目かの七夕の朝を迎える。
グリーンに白いリーフの透けるカーテンが揺れていた。
溜め息を一つ吐く。
ベッド脇で五時丁度を確認した。
「雨音はしないわね。Kou、東京に来てくれていればいいけれども」
シャワーを浴びる。
髪も体も綺麗になって、コックをキュッと鳴らした。
ホースの甘い継ぎ目から、シタシタと残りの水が落ちる。
「ふふっ。小降りの雨のようね」
いつでも外出できる身支度をした後で、Ayaはルームサービスを頼んだ。
好きなスープを全種類、玉子スープ、わかめとゴマのスープ、コンソメスープ、オニオンスープ、野菜ころころスープ、ミネストローネ、トマトスープ、コーンポタージュスープ、パンプキンスープ、アボカドの冷たいスープ、おいものいろいろビシソワーズ、ミニロールキャベツ入りポトフ、本日のおみおつけが運ばれたと思うと、Ayaのお腹に入って行った。
Ayaは、水の惑星から飛来したとKouに笑われたことがある。
「ミルクティーも偶にはいいわね。ラウンジでいただいてから、出発よ」
ラウンジへ来て、ルームサービスにしたのは正解だと思った。
「人いきれが落ち着かないわ。ミルクティーは十分美味しいけれども」
カードキーを返し、お支払いをすると、小さな手荷物一つで発つ。
「それにしても、少しでも会える可能性が高い方がいい。でも、天の川が、織姫と彦星を別ってしまうわ。星明りがよく見える所へ行こうかな」
◇◇◇
その頃、エルライミサ・オルビニアンは第二の生を受けて成長していた。
Ayaらの世界だと、二十歳位に見える。
「一度埋められた身なのに、天によって、間違いの命を与えられた」
蛇の姿をした、神でもあり魔でもあるあの天には運命を狂わされたと思っていた。
「本当の両親は、妹を産み、同じくエルライミサと名付けて、アタシと分け隔てなく育ててくれた。もう、星になったけれども。それから、尻の重いジャンセルがやって来て以来、ここは、赤い酒を売る炭鉱夫用の旅籠になってしまった!」
砂地の尾根に旅籠から駆け出して、膝を抱える。
首を胸元に沈めていたが、エルライミサの中に過るものがあった。
夜空にある星屑の中、大きな青い星を見つめる。
「もう、嫌だ。こんな、酒売りは、もう嫌なんだ! あの星に、今夜、アタシの命運を変える人が現れる予感がする――」
姉のエルライミサの前に龍が現れた。
『首に掴まれ』
背に乗れと命ずる。
『ワレは天だ』
「デュ・メルシ……」
戸惑いながらも、エルライミサが首に手を伸ばした。
『あの地に落ちるがいい』
「アタシには、見たこともない黒髪のシルエットが映る。きっと、死を知らない赤い酒売りから脱却できる……」
重い空気に包まれて、エルライミサ・オルビニアンと龍の形をした天が行く。
◇◇◇
その龍の姿を見つめていたのは、Ayaだった。
空がよく見えるように、都会よりも星が少ない、近郊のあおの川に来ていた。
「七夕はよく晴れたわね。あれは、飛行する私の愛。Kouと会えないけれども、夜空では想っているのだわ」
小さな黒い帽子を取る。
「星よ、七夕の星よ。この帽子の中に、集まっておくれ……」
本音半分、冗句半分で祈りを捧げた。
グヒュウと突風が吹いたかと思うと、あおの川には
「やっ」
Ayaは水がかかってしまい、河原の砂利を数歩後退りをした所で、気配を感じた。
「誰?」
「そこの闇夜の女。名乗って欲しくば、先ずは己からだろう?」
逡巡することはないとAyaは踏む。
「Aya。コードネームはAyaよ」
「アタシは、エルライミサ・オルビニアン。赤い星より天と降り立った」
暗がりの中で、視線だけはしっかとお互いに結び付けていた。
特別な七夕が始まる。
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