第3話 銀弾

 Ayaアヤへ。


 パリで、むくさんと別れて大分経つな。

 もしも、この夏の七夕に雨が降ったら、Ayaならきっと水辺の畔を黒服で見つめているのだろう。

 その哀しみを受け取れる者は、俺しかいない。

 分かってはいるが、もう、俺達は会ってはいけない間柄だ。

 秘匿にしなければならなかった事実を聞いたのを後悔するかい。

 もしも、危機が迫ったら、たった一つのこの玉で自ら身を守って欲しい。

 特別な玉だ。

 幸運を祈る。


 Kouコウより――。


 ◇◇◇


「Kouから手紙と小包なんて、珍しいわね」


 今日は七月六日だ。

 透けるような肌が映える翠の髪に漆黒の瞳、黒のチャイナドレスで身を纏ったAyaは、何度目かの七夕たなばたをホテル神白かみしろで迎えようとしていた。

 コードネームAyaは、情報屋Kouの仕事しかしないスナイパー兼なんでも屋だ。


「そして、厳重に包まれた『玉』と呼ばれたものは、銀の弾丸って訳ね。私に殺し屋のヴァンパイアでもやって来るのかしら」


 母から授かったシュヴァルツSchwarzドラッヘDracheと刻印のある銃をすっと構える。


「吸血されないわよ!」


 弾丸は入っていない。

 銀の一粒を二つの指で拾う刹那、消え入るように装填した。


「スナイパー対殺し屋ヴァンパイアのショーがお目見え。明日は東京湾へは行かないで、花火を見に行きたいわ」


 シュヴァルツ・ドラッヘの刻印に触れる。

 十歳まで一緒だった母を思い出のせいだ。

 あたたかいけれども、哀しみが溢れて来た。

 だからか、Ayaにとって、愛は求めても得られないと諦めていた。

 高校で悩んでいた土方むくを神友しんゆうとし、Kouへの恋が色づくように本当の愛を知って行った。


「明日、雨なら、Kouと会える。彼は、雨の日にゆくりなく現れるのよね」


 銃を天に向け、不思議な雨男、Kouを想う。


「でも、七夕に雨が降ったら……。彦星と織姫が会えないじゃない」


 唇を嚙みしめて、眉根を寄せた。


「七夕に、何があるのだろう?」


 その夜、Ayaは微睡みの中、耐え切れずに起き上がった。


「シャワーだわ、もう」


 長いシャワーの後で、彼女のぬばたまの黒い髪をタオルで乾かす。

 白い肌に赤い紅を小指で与えると、はっとする程涙が零れて来た。


「Kou、元気でいるかしら。Kou……」


 秘匿の事実が分かったあの日、彼と渚で抱き合った日のシルエットに思い耽っていた。

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