第2話 夭逝

 エルライミサ・オルビニアンは、咳をし始めたかと思うと、三日目には眠るように亡くなって行った。

 碧眼の瞼も閉じられて、銀髪に褐色の肌がよく映える。


「シーニア。泣いてもエルライミサは、もう帰らないんだ」

「あなた……。ガイアは、すぐさま葬ると言うの?」


 尾根の頂に白い家がある。

 オルビニアン家がひっそりと暮らしていた所だ。


「明日には四歳となるエルライミサに用意していたの。新しいローブよ」


 シーニアは、亡骸なきがらに被せたかと思うと、自身も覆い被さって嗚咽をあげ出した。


「ミサ、ミサ。エルライミサ……」

「お前は身重だ。俺が埋めて来るから、ここで待っていなさい」

「いいえ、私も行きます」


 ガイアが、二本の突っ張り棒を持って来て、間に布や衣類を渡す。

 その間に亡き娘を寝かせて担いだ。


「シーニアは、足の方を持つといい。砂丘は厳しい。横向きで下って行こう」


 二つの影が、砂地をザクリザクリと歩んでゆく。

 交わす言葉もとっくに忘れた。


「……おお、てんよ!」


 ガイアが神に祈るのを妻は初めて聞く。


「あなた。冷たいと思っていたけれども、涙の重さは同じなのね」


 棒を使って、褐色の肌に汗を掻きながら、赤髪を掻き上げつつ、丁度眠れる程の穴もできた。

 その碧眼でしっかと見届ける為には、吹きすさぶ砂嵐の中、薄目を開けるしかない。


「いや、冷酷かも知れないな。安らかに眠って欲しいと思いつつ、こうして墓を掘っているから」


 シャアアアア――!

 身重も構わず、その場で倒れた。

 殆どむくろを埋め終えたガイアが、棒を投げ捨ててひっくり返った妻の元へ駆け寄る。


「シーニア! おい、どうした」

「蛇、蛇に噛まれたわ」


 銀髪に色白の妻の顔色が悪くなる。

 赤い瞳からは、血のような涙がとうとうと流れた。


「ううう、ううーん……。あなた、産まれるわ」

「分かった。埋葬は明日にして、家へ帰ろう」


 ガイアは、お腹に気を付けて抱き起こす。


「私ね、亡くなるかも知れないの。だから、きちんとミサとのお別れをさせて欲しい」

「馬鹿を言うな。がんばるんだぞ」


 妹か弟のお腹を擦りながら、父は生と死の間で揺れていた。


「どうして、エルライミサだけが天に召されるんだ。俺が代わりたい」


 シーニアも肩を借りて立ち、ガイアは妻を支えて胸に手を当てた。


「エルライミサよ、明日には四歳だったな。もう直ぐお誕生日だよ。おめでとう」

「ミサ、ママはあなたを生涯忘れないわ。さあ、ローブも一緒に埋葬するから、あたたかく眠っているのよ」


 ガイアが寝かせ、棒で掘った土を被せる。

 幼い時間はあっと言う間に流れて行った。

 夫婦は、初めての授乳からつかまり立ちまで、小さな想い出を巡らす。


「天よ! エルライミサ・オルビニアンに天のご加護を! デュ・メルシ!」

「天よ! エルライミサ・オルビニアンに天のご加護を! デュ・メルシ!」


 声を揃えて、祈りを捧げた。


 ◇◇◇


『フハハハ……! ガイアとシーニアよ。聞き届けたぞ』


 天は、細長い舌をシュルリと巻いた。

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