第9話-1 書人は破廉恥が嫌い…?
「宿に空きが無い?」
案内所と書かれた看板をぶら下げている店で店員と話していたジャンが声を上げた。その声に少し離れた場所にいたロプたちが顔を見合わせ、ジャンに近づいていく。
4人はレゲ・フラーテウス王国の中心に近いノルロマという町を訪れていた。この町はレゲ王国のほとんどの町や村に通じる道が集まっている場所であり、その為によく旅人が集まる町だった。その為、この町では宿泊施設が多く並び、様々なサービスを提供しているということで、旅人だけではなく、レゲ王国国民たちも休暇を過ごすために訪れる事が多いのだ。
ジャンの隣に移動したロプの耳に、申し訳なさそうな案内所の店員の声が届く。
「申し訳ありません、旅人さん。今日はレゲ王国の祝日ということもあり、いつもより沢山の人が訪れておりまして、ほとんどの宿が満室となっております」
「そうか……。野宿しかない、ということか?」
「……そうですねぇ。条件を変えればあるにはありますが」
そう言って案内所の店員はロプに視線を向けた。ラピュとジュスティが首を傾げているが、ロプには店員が何を言いたいのかがわかった。
「見た目は幼く見えますが、これでも僕はこの人と年齢が近いので、理解はできますわ」
この人といいながらロプはジャンの腰を叩く。ジャンは痛いと言いながらも、ロプの手を躱すことはしなかった。
店員は少し胡乱な目を向けつつも、ジャンに見せていた地図とは違う地図を出す。
「その言葉が本当なら、こちらに数室空きがあります」
その地図を見て、ジャンは眉を寄せる。ロプも爪先立ちになり、どうにか見ようとするもロプの背より高いテーブルに置かれた地図を見る事は出来なかった。後ろからジュスティがロプの身体を抱き上げて地図を見せてやる。
「これは、この町のどこの地図ですの?」
「町の北側、所謂花街の地図になります」
「ああ、なるほど。だから子供にはお勧めできないのですね」
「そうです。出入り口から離れてしまいますがここの宿であれば、そういうサービスも無く過ごすことはできます」
「なら、そこがいいですわね。それでいいかしら、ジャン」
「おい、ロプ。簡単に決めてるけれどいいのか?」
ジャンはそう言ってから背後にいるラピュを見る。ラピュはいつも通りの無表情のまま、親指を立てて見せた。
「問題なし。わかっているし、誘われても断る」
「うん、断ってもらうのは絶対だけどさ。いや、女の子がそういうお店があるところを歩くなんて気にならない?」
「全然」
むしろ何か問題があるのか、と言いたげな視線をジャンに向けてくるラピュにジャンは思わずため息を吐いた。
「小生は花街は初めてなので楽しみです」
ロプを抱えながらジュスティはそんなことを言う。ロプはジュスティの顔が見えるように見上げた。
「ジュスティは花街に興味があるのかしら。そうは見えなかったけれど」
「ありますよ。小生はこう見えて花も好きですよ」
笑顔でそう答えるジュスティにロプは何か言おうとしたが、その口を閉ざした。
「もう少ししますと花街にある店が開く時間になりますし、今から真っ直ぐに宿に向かうのをお勧めします」
そう言って案内所の店員は地図に印をつけてから差し出してきた。ロプはそれを受け取って礼を言うと、ジュスティの手から離れる。
「では、すぐに向かいましょう。客引きに声をかけられるのは面倒ですし」
「楽しみですね、主」
「……そうね。実際見てもらったほうが早そうだわ」
案内所から十数分歩いて行くと、木製の柵と門が見えてきた。門の前には2人の警備らしい男が立っている。警備の男は4人、主にロプを見て声をかけてきた。
「ここからは花街だ。用事が無いなら入らない方がいい」
「案内所から、花街の宿しか空いてないと言われてきたんだ。こいつはこの見た目よりも年を取ってるから大丈夫だ」
そう言いながらジャンは案内所から貰った地図を見せ、ロプの頭に手を乗せる。ロプはその手を払った。
警備の男は地図を見て、確かにと言って道を開けた。しかしロプの事を心配そうに見ている。ロプは笑顔を返してやりながら門をくぐった。
「なんだか、警備が堅いですね。なんででしょう」
「ん? 花が逃げたり、客が逃げたりする場合もあるからだよ」
「……花が逃げる?」
ジャンの言葉にジュスティの眉間の皺が深くなる。そんなジュスティの様子に、ジャンは先を歩くロプに近づく。
「ロプ、お前の書人わかってるのか?」
「多分わかってないんじゃないかしら。まあ、今は夢を見させてあげましょう」
「そんなこと言って、ジュスティが花遊び覚えてハマったらどうするんだ」
「その時は縛り上げて引き摺ってでも連れて行くわ」
「……あ、はい」
4人が花街に着いた頃には空は青色から様々な色のグラデーションを見せていた。その色が少しずつ暗くなっていくと、花街の大通りを挟んでいる店に明かりが灯り、道が照らされていく。
明かりがついていくと、人通りが少しずつ増えていく。そのほとんどは男性だ。
ジュスティが思っていたより違う町の様子に視線を動かしていると、向かう方向の店から少しずつ女性が出てくるのが見えた。それを見てジャンはラピュの手を握る。
「ロプはどうする?」
「大丈夫よ。いざという時はジュスティもいるから……、ジュスティ?」
ジュスティの声が聞こえず、ロプは足を止めて振り返る。ジャンとラピュも同じように振り返ると、一同の後ろを歩いていたジュスティがいつの間にか女性たちに囲まれていた。
女性たちは皆露出が多い格好をしている。年齢を感じさせない肌は化粧によるものかどうかはロプにはわからない。美しく手入れされていると思われる髪は綺麗に結い上げられたり、白い肌を覆うように流されていたりと様々だ。
彼女たちはジュスティの身体に触れながら、そして自分の身体を押し当てながらジュスティを見上げている。
「お兄さん、すごくいい身体しているのね。よければうちに来てみない? サービスするわ」
「うちは若い子が多いのよ。お兄さんを満足させてあげるわ」
そのようにジュスティを褒めながら店を売り込む女性たちに、ジュスティは顔を赤くしてロプたちに視線を向けている。
「あ、主……っ、これは……っ」
その様子に、ジャンはロプを見る。
「ロプさん、あなたの書人が困っておりますよ」
「……ジャンさんや、教えてあげなさい」
「いや、お前が教えてやれよ。ジュスティがわかってないって気づいてて教えてなかっただろう」
「それはジャンも同じことですわ。男同士の方が教えやすいでしょう」
ロプとジャンが役を譲り合っている中、ジャンの手から離れたラピュがジュスティの手をひいてやる。その様子にお邪魔だったかと女性たちがジュスティから離れた。ジュスティがほっと息をついていると、ラピュはいつも通りの無表情のまま言う。
「ジュスティ、花にもめしべとおしべがある、わかる?」
「え、ええ」
「おしべの花粉がめしべについて、受粉されて種ができる。わかる?」
「わかりますよ?」
「それと同じ事を人間が行う場所を提供するのが花街。わかった?」
「ちょっと待ってラピュ!」
ラピュの言葉にジャンが制止し、慌てて背後からラピュの口を塞いだ。
「そういうことを必ずするわけじゃないし、そもそもどうしてラピュはそういう知識はあるんだ!?」
「ん、昔されそうになって教えてもらった。経験はない」
「何それ俺知らないんだけど」
自分の知らないラピュの過去にジャンが真顔になる。詳しく聞こうとしているジャンを置いておき、ロプはジュスティの太ももを叩く。
「とにかく、花街は女性と夜を過ごす場所だと思っておきなさいな。……ジュスティ?」
反応のないジュスティにロプがその顔を見上げる。ジュスティの顔は女性に囲まれている時より真っ赤に染まり、湯気が出ていてもおかしくないほどだ。
先程までジュスティに触れていた女性がジュスティに手を伸ばそうとしたが、ジュスティは過剰なほどに身体を跳ねさせて、今まで見た事がない速さでロプの背後に隠れた。隠れたとはいったが、小さなロプの身体に大きなジュスティの身体を隠すのは到底無理なので隠れられてはいない。尻どころか身体の大部分が隠せずにいる。
ジュスティの異常な様子に先程ジュスティに触っていた女性たちも引いている様子だ。
ラピュに色々聞いていたジャンが彼女たちに近づく。
「すみません、彼は女の子慣れしてないみたいで。別の人に声をかけた方が有意義ですよ」
「あら、それならお兄さんが私に付き合ってくれる?」
「もう心に決めた子がいるからごめんね」
そう言ったジャンに残念そうな視線を残しながら、女性たちは離れて行った。彼女たちを見送ってから、ロプはジュスティの方に身体を向けた。
「ほら、また声をかけられてしまうから早く行きますわよ」
「ううう……すみません、主」
ジュスティは立ち上がり、まだ隠れやすいジャンの後ろにつく。その様子にロプはため息をつき、宿へ向かう足を進めた。
「ジュスティ、女性の方は苦手でしたの?」
「に、苦手、といいますか、あの……見ず知らずの人間に身体をくっつけてくるのはいかがなものかと思います。は、は……破廉恥ですよね」
いつもより小さいジュスティの声にジャンはふむと顎に手を当てる。
「まぁ、ジュスティさんは体格いいし、女性たちに人気ありそうだもんなぁ。むしろそういうのに耐性ないことに驚きだよ」
「僕よりジュスティのほうが問題になるとは思いませんでしたわ。ラピュは大丈夫ですの?」
「……? 男女が快楽を求めるためだけの行為、何を思うことがあるの?」
ラピュの恥じらいの無い言葉にジャンとロプは思わず黙り込む。ジュスティは両手で顔を覆った。
ロプは1つ咳払いをしてから、ジュスティに視線を向けた。
「ジュスティ、夜のうちは外に出ないようになさい」
「勿論です」
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