第9話-2 書人は破廉恥が苦手……?
一同は無事に宿に辿り着いた。部屋は4人部屋しか空いてなく、広めの部屋に二段ベッドが2つ置かれていた。
「同室だけど、綺麗な部屋でよかったな」
「……でも、浴室がない」
ラピュが残念そうにそう言った。この宿の部屋には浴室はなく、少し歩くが近くの公衆浴場を使うように言われていた。
「仕方ないよラピュ。お湯を用意して、タオルを濡らしてそれで拭くだけにしておこう」
「必要ありませんわ」
ジャンの提案にラピュが首を振る。2人の視線を受けながら、ジュスティとロプは手を繋いだ。ジュスティが手を翳すと魔法が発動し、4人の身体が白い光に包まれた。しかし一瞬でその光は消える。
自分の身体に何が起きたのだろうかとジャンが自分の身体を確認すると、腕についていた土汚れが消えているのに気付いた。服の汚れも綺麗に消えていて、何が起きたのかとロプに視線を向けた。
「何をしたんだ?」
「ジュスティの浄化魔法を使ったのですわ。身体の汗、埃、垢、汚れを対象に身体から無くしてしまったの」
「へー、そういうことができるのか」
「はい。主はお風呂に入るのが嫌らしく、いつもこうして清潔にしてるんですよ」
ジュスティの言葉にジャンとラピュがロプに信じられないと言いたげな視線をロプに向けた。ロプはその視線を受けても堪えた様子はない。
「人に簡単に肌を見せるなんて許せないんですの。清潔になっているのですから問題はないでしょう」
「お風呂は洗うだけ違う。リラックスできる」
ラピュが無表情のままだがロプに非難しているのがその視線でわかる。それでもロプはその視線を無視していた。
意見は並行線のままだと感じ、ジャンは話を変えた。
「お風呂はとりあえずこれでよしとして、ご飯を考えよう。外で食べるより、買ってきた方がいいよな」
ジャンの言葉にロプが頷いた。
「そうですわね。2人買い出しに行きましょうか。……僕とジャンで行きましょう」
ロプの提案にラピュが首を傾げる。
「私はお留守番?」
「ジャンがその方が安心すると思ったのだけれど。僕たちなら魔法がなくても戦えますし」
「そうそう。2人で待っててくれ」
そう言って、ジャンとロプは部屋を出て行った。
残されたジュスティとラピュは黙って各々2段ベッドの下段に座っていた。沈黙に耐え切れなくなったジュスティが口を開く。
「その、ラピュ殿はその、人間の、そういう行為は平気なのですか?」
ジュスティの言葉にラピュは少し黙ってから口を開いた。
「……子供を生むには必要な行為。子を孕む目的でない行為は理解不可」
「……小生は、人の生殖行為自体、知ったのが大分成長してからだったので、その、やはり、苦手といいますか。ラピュ殿は早いうちに知っていたんですか?」
「私、幼い頃図書館から盗まれる、しばらく商人の売り物。生殖行為強要する奴いた。嫌だから、本の姿になって逃げた。その時に、知った」
「させたがる奴って……ラピュ殿が幼いのにですか?」
「そういう趣味の奴、いる。幼い子供好きな奴」
「……小生たちは、書人だからか、そういう欲はないので、わからないですね」
「……確かに。それ用店ある、理解不能」
書人は図書院の司書の元に現れて増えていく。生き物の生殖行為を理解出来ないのだ。
夢を見た。
花街にある店だろう景色が見える。女性たちが艶めかしい姿で店に来た男性に触れたり抱き着いている。
その様子をただ眺めているだけの夢だった。
翌朝。2段ベッドの下の段に置かれた本がジュスティの姿に変わる。
ジュスティが他のベッドを見ると、まだ皆眠っているようだった。壁にかけられている時計を見るといつも起きる時間より早い時間だとわかる。ジュスティは少し考え、朝なら店の女性に声をかけられないだろうと、花街をランニングすることにした。
宿から外に出ると朝焼けが空を色づけており、人の姿はほとんどなかった。
ジュスティはそのことに安心して軽く走り出す。
昨日は花を勘違いした事、女性に囲まれた事もあって辺りの様子が見えなかったが、こうして眺めていると美しい町だとジュスティは思った。
道の脇に並ぶ建物の見た目と造りは統一されている。違いは恐らく暗くなった時に出していた明かりぐらいか、それか店の女性が声をかけるから違いを必要としないのかもしれない。
大きい通りではなく横の小道に行ってみようと考えたジュスティが曲がり角を曲がると、丁度歩いていた人にぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい!」
ジュスティが慌てて謝り視線を下げると、そこに真っ白な髪が見えた。真っ白な髪を持つ少女はジュスティとぶつかった額を抑え、青い瞳がジュスティを見上げる。
「……もしかして、書人ですか?」
ジュスティに聞かれ、少女は目を丸くした。
「書人を知っているんですか?」
「はい。小生もこれだけ成長しましたが、書人なんですよ」
ジュスティの言葉に少女は胡乱な視線を向ける。ジュスティは警戒を解くように笑顔を向けた。
「小生はジュスティと言います。昨日ここにきたばかりの旅人です」
「……ミュゲ・リュグヒカイトって言います」
ミュゲと名乗った少女は果物が詰まった紙袋を抱えていた。
「ミュゲさんも旅人ですか?」
「あたしはこの近くの店にいるの。今は買い出し」
そう答えてから、ミュゲはまじまじと自分を見ているジュスティに目を細める。
「何? あたしを買うつもり?」
「え?」
ミュゲの言葉にジュスティが首を傾げる。
「書人を買う必要はないので、いらないですが」
ジュスティの様子にミュゲは笑いだす。何故笑われているかわからないジュスティは不機嫌そうに顔をしかめることしかできなかった。そんなジュスティの様子に気付き、ミュゲは笑い過ぎて出てきた涙を拭う。
「悪い悪い。あたしと性的な行為したいかって話だ」
ミュゲの言葉にジュスティは顔を赤くし、首を横に振る。まるで首が飛んでいくのではないかと思う程の勢いだ。
「そ、そそそそんな。小生はそんな趣味ありませんし、そもそもそんな行為はっ」
「はははっ。あんた、書人だってのは本当かもな。少し信じてやるよ」
書人なら少し話したいと言って、ミュゲは歩き出す。それにジュスティも続いた。
「ミュゲさんは、ずっとここで生活しているんですか? 主が花街の人とか……?」
「いや。あたしも最初は図書院で暮らしていたよ。それで、2年前にやってきた旅人が主だったから、一緒に旅に出て、ここを訪れたんだ。だけど主の金銭が足りなくなってて、主はあたしをこの町に売ったんだ」
ミュゲの言葉にジュスティが息を呑む。ミュゲは懐かしむように目を細めた。
「主は絶対迎えに来るって言ってこの町から去っていったよ。……あたしはこの町で金を稼ぎながら主を待つって決めたんだ」
絶対に迎えに来る。その言葉が主の言葉ならば、ジュスティもそれを信じて待つだろう。
だが、ジュスティは今朝見た夢を思い出した。あの夢がどれくらい未来かはわからない。だが、花街をただ眺める景色は淋しい色に染まっていたように思う。
「……ここから出て主を探しに行きたいと思いますか?」
ジュスティの言葉に、ミュゲは微笑む。
「それもいいかもしれないけれど、すれ違いたくないからあたしは残るよ。ここの暮らしも気に入ってるしね」
そう言ってから、ミュゲは足を止めてジュスティに身体を向ける。
「ここがあたしが世話になってる店。話せて楽しかったよ」
「……そうですね。小生も楽しかったです」
ジュスティがそう答えたタイミングで店からミュゲより少し小さい子供たちが現れた。子供たちはミュゲの名を呼びながらミュゲに抱き着き、ジュスティの姿を見た子は警戒の色を見せる。
「ミュゲ、帰って来たのかい?」
子供たちの後から顔に皺を刻んだ女性が店から現れた。女性はジュスティの姿に笑顔を向ける。
「なんだい、お客さんかい? ミュゲのことが気に入ったのか?」
「え、えっと、自分は……」
「この子は他とは違う色を持っているし、性格もいいよ。買うならお勧めするね」
買うという言葉にジュスティは慌てて首を振ろうとし、その動きを止める。
もしここでミュゲを買えば、ミュゲをここから連れ出せば、彼女が辛い思いをしなくてすむのではないだろうか。そのような考えがジュスティの思考を埋めた。
しかし、その思考はすぐに払われる。
「探したよ、お兄ちゃん」
その声が後ろからして、次いで足に何かが抱き着いてきた。ジュスティが視線を落とすと、そこにいたのはロプだった。
「あまり無駄遣いしてたらお父さんに怒られるよ。早く帰ろう」
ロプの言葉に女性は小さく舌打ちをして店の中に戻っていった。ジュスティが客じゃないと判断したのだろう。他の子どもたちに手を引かれ背中を押されるミュゲも、店の中に入る前にジュスティに手を振った。
2人以外、そこには誰もいなくなった。ジュスティに抱き着いていたロプはジュスティから離れる。
「姿が見えないと思っていたら、花を買おうとしていたのかしら? 貴方がまさか買おうとするなんて思わなかったわ」
「……彼女は、ミュゲは、主に売られた書人だそうです」
ジュスティの言葉にロプはジュスティを見上げる。ジュスティはその視線を受けながら続けた。
「売られたのは2年前……。いつ戻って来るかわからない主を待つより、自分達と一緒に旅をするのが彼女の幸せなんじゃないかと思ってしまって」
「それで買おうかどうか悩んでいたの?」
ロプの言葉にジュスティは頷いた。ロプは苦笑を零し、そしてジュスティの脇腹を思いっきり殴った。
「ぐっ!?」
殴られた脇腹を抑えてジュスティがしゃがみ込む。手が届くようになったジュスティの髪を掴み、ロプはその顔を上げた。
「そんなの、ただの貴方のエゴですわ。彼女の生き方をただ偶然出会った貴方が否定しては駄目よ」
そう言ってロプはジュスティの髪から手を離し、背中を向けて歩き出す。ジュスティは苦笑しながら立ち上がり、ロプの後を追った。
「主は、小生を売ったりしますか?」
ロプの横に並んだジュスティの言葉に、ロプは何を当たり前のことを聞くのだと眉を寄せる。
「売るはずがないじゃない。貴方はロプの書人なんだから」
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