第8話-5 法律書
一方、ロプは苛立っていた。
ジュスティとジャンを探して城の中を走り回っているのだが、2人は全ての部屋を確認するつもりなのかというくらいにあちこちに足跡をつけていた。おかげでこちらも全ての部屋を確認しなくてはいけなくなり、やけに時間をかけることになってしまっていた。
「少しぐらい立ち止まってくれてもいいのだけれど、なんでこんなにいたるところを回っているのかしら」
「……ジャンならやりかねない」
ラピュの言葉にロプは眉間に皺を作る。
ラピュが危険だと適当に突撃している姿が簡単に思い浮かぶ。
真面目に探すのも面倒になってきたロプだったが、背後から足音が聞こえて来た。ジュスティたちかとも思ったが、一人分の足音だ。カトリーヌかもしれない、とロプがどう対処するか考える前に、ロプの身体はラピュに抱えられ、もの凄い速さでその場から移動する。恐らく風魔法で速くなっているのかもしれないが、それよりも自分を荷物のように抱えるのが当たり前になっているラピュをなんとかしないととロプは頭の片隅で思った。
「ラピュ、何処に逃げる気かしら?」
「……死の臭いする場所ある。そこに向かう」
そう言って迷い無く、ラピュは足を走らせてとある部屋に辿り着いた。ラピュの速さで気付けてなかったが、どうやら地下にある部屋のようだ。石で囲まれた部屋には二つの棺が置かれ、その前にハイミリヒがいた。
ハイミリヒは2人が来た事に驚いた様子もなく、静かに2人に視線を向ける。
「お2人の目的は何でしょうか」
ラピュに下ろしてもらい、地面に立ったロプは一礼してから答える。
「僕はある人に頼まれて、書人を集めています。その集めて欲しいと言われた書人にカトリーナが当てはまるので、もしよければ譲って貰えないかと伺いに参りました」
ロプの言葉にハイミリヒは一つ頷いて、傍に在る棺を撫でた。
そこにカトリーナがやってきた。
「あんたたち、こんなところに……っ!」
カトリーナはロプたちに魔法を向けようとしたが、それを止める様にハイミリヒはカトリーナに手を向けた。
「カトリーナ。もう君はいらない」
そう告げて、ハイミリヒはカトリーナに背を向けた。
カトリーナは何を言われたのか分かっていない様子で、目を白黒させた。
「急に何言ってるの? ここまでやってきたのは、あんたが国王としてやってこれたのは誰のおかげだと思ってるのよ! 突然カトリーナを捨てるなんて、後悔するのはあんたよ! それでもカトリーナを捨てるなんて言うつもりなの!?」
ハイミリヒは振り返る様子はなかった。そんなハイミリヒの様子にカトリーナは眉を吊り上げる。
「ちょっと、聞いてるの!? なんとか言いなさいよハイミリヒ! この……っ、豚のくせにカトリーナを無視するつもりなの!? ねえってば!」
カトリーナの声は届いているのかわからない。ハイミリヒはこれ以上何か言うことも、カトリーナに視線を向ける事も無かった。
ハイミリヒに近づこうとしたカトリーナだったが、背後から伸びた手が、カトリーナの視界を塞ぐ。
「お休みなさい、カトリーナさん」
そう言ってジュスティは、カトリーナに睡眠魔法を使った。眠らされたカトリーナの身体から力が抜け、床に倒れる前に、ジュスティがその身体を抱えた。
「ラピュううううううううううううううう!! 無事だったかあああああああああああ!?」
ジュスティの背後から飛び出したジャンがラピュに抱き着く。ラピュは頬ずりしてくるジャンを無表情で受け止めているが、嫌がっているのが手に取るようにわかった。
ロプがジュスティに何か言う前に、ずっと背を向けていたハイミリヒは立ち上がり、ジュスティが抱えるカトリーナに近づく。ハイミリヒが手をかざすと、カトリーナは本の姿になった。ハイミリヒは本の姿のカトリーナを手に取り、それをロプに差し出した。
「これでもう、この子は僕のものじゃないよ」
城の使用人たちはロプとジュスティにより魔法を解いて回って起こしていった。最初はロプたちを捕らえようとした使用人や兵たちはハイミリヒによって事情が説明され、ハイミリヒからの提案によりロプたちは城に泊まることになった。
使用人たちも寝静まった頃、ハイミリヒは地下室にいた。棺の傍から動く様子が無いハイミリヒに一冊の本を持ったジャンが近付く。
「ハイミリヒ様、改めて、お久しぶりです」
「……ジャン様か。大きくなられましたね」
立ち上がり、ハイミリヒはジャンに微笑を向ける。
「はは、それはハイミリヒ様にも返しますよ」
「そうだな。僕が一番見た目が大きくなってしまった」
「俺は立場がと言いたかったのですが」
「ジョークだ。受け流してくれ」
苦笑を返してから、ジャンは持っていた本をハイミリヒに向ける。
「執事の方にお願いして、帳簿を見させてもらいました。……驚きましたよ」
一度間をおいてから、ジャンは言う。
「ハイミリヒ様が戴冠するよりもずっと前から、リトゥアの税はかなり低くされていたのですね」
「……そうだ。長い期間、ずっとこのリトゥアはレゲ王国のどの町よりも税が低かった」
●
ハイミリヒが生まれる前、レゲ王国は不作により食糧危機に襲われた。このままでは住民たちが被害を受ける、そう考えたレゲ王国の土地を預かる貴族たちは、税を下げることを決めた。そのおかげで未曾有の大飢饉となることはなく、その年を乗り越えることができた。しかし、その後豊作が続いてもその税を戻すことを歴代の国王はしてこなかった。その税率が当たり前だと考えていたそうだ。
その結果として、レゲ国王一家よりもリトゥアの住民の方がいい暮らしを送る程にもなったそうだ。国王一家はそれでも税を上げる事はせず、持っていた美術品などを売り払う事でなんとか食いつないできたそうだ。
ハイミリヒもそれが当たり前だと思っていた。だが、それを否と答えてみせたのがカトリーナだった。
カトリーナは、ハイミリヒが図書院に行った時に一目惚れした書人だった。今から2年程前に城に迎え入れたが、贅沢をしていない自分たちに驚いて、帳簿を見せろと言い出した。そして税をもう少しあげても問題ない。むしろこのままだと今後の国王がさらに貧しい生活をすることになってしまうと告げた。なにせ住民からの税だけでは召使いに満足に給料を渡すことも大変で、先祖たちの宝を売って金を作っていたことも帳簿に書かれていたからだろう。
もう形見も何もないこの城のためにとカトリーナが色々提案するも、前国王である父は聞かなかった。
そして、父は亡くなった。重い病気ではあったが、他国から薬を買えば治る病であったのにお金が無くて買えなかったのだ。
母もカトリーナを迎える前に亡くなっていて、国王を任されるのはハイミリヒだけになった。
親が亡くなったこと、突然国王という重荷を背負わされたことにストレスを感じ、ハイミリヒは暴食するようになってしまった。金がないというのにお菓子を食べるハイミリヒを殴り、カトリーナは食べるならせめて芋食べろといい、使用人たちに指示しだした。
そしてハイミリヒに指示を仰いだりはするが、基本政治を担当するのはカトリーナとなっていた。だが、おかげで使用人たちに満足いく給料も与えることができた。使用人たちも他の住民たちよりも給料が低い中で働いてくれていたから、給料が上がって皆が生き生きと働いてくれるようになった。
カトリーナはハイミリヒにとっては命の恩人なのだ。このままでは死に絶えるだけだったであろう、国王一家を生き返らせようと努力してくれたのだ。
●
「住民たちに魔法で行動を制限した事は後悔していない。税がほとんど課されないのをいいことに、リトゥアの民は真面目に働く者が少なくなっていた。数日休んでも問題ないくらいに、彼らは贅沢になっていた。……命令はしているが、当たり前に戻っただけなんだ。……ずっとあんな生活をしていたから、理解してもらえるまで、しばらくかかるだろうが」
そうハイミリヒは悲し気に零した。
ハイミリヒの話を黙って聞いていたジャンは目を閉じる。
ジャンはラピュの魔法によって領主としての責務を捨てた。自分の勝手で住民たちを地獄に突き落とした。それに比べて、ハイミリヒとカトリーナは住民のことを、リトゥアのことを考えていた。未来もリトゥアが続くよう、支える王家が続くよう、最善を考えた。考えていなければ、増えた税により得た資金を自分達に使っていてもおかしくない。
ハイミリヒもカトリーナも、上に立つ者としての意識は自分よりも上なのだ。
「ハイミリヒ様ならば、カトリーナがいなくてもこのリトゥアを、レゲ王国を守れます。俺はそう思いますよ」
「ははっ、買い被り過ぎだジャン様。僕は国王なんて座は向かないよ」
ハイミリヒは、ジャンが憶えているのと変わらない笑顔を向けた。
「僕は、僕の手が届く範囲の人を護る事しかできないんだ」
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