第8話-4 法律書
案内された部屋から出たロプとラピュは、ラピュの魔法を使いながら城の中を歩いていた。
ラピュの使った魔法は足跡魔法だ。この魔法は特定した人の歩いた道に足跡が浮かび上がり、追う事ができるのだ。
2人はカトリーナの足跡を浮かび上がらせ、カトリーナがよく歩く場所を中心に調べていた。
「それにしても、不思議」
「何がかしら?」
他の使用人に会わないように歩きながら、ラピュは言う。
「この魔法、ジャン無しだとその日の足跡しか浮かび上がらない。なのに、今ジャンいないのに、一日分以上の足跡が浮かんでる。わからない」
「……ああ、それね」
ロプは廊下の分かれ道で人の目が無いか確認しながら言う。
「僕の不思議な体質のせいよ。僕は僕がスピンじゃなくても書人の魔法をスピンが使うように発揮させることができるの」
ロプの言葉にラピュは表情を変えないが、驚いたようだった。
「それ、本当? すごい」
「ありがとう。……だからこそ、書人を集める仕事を依頼されたのかもしれないわね」
そう言ってから、ロプは足跡がいくつも向かっている部屋を見る。ラピュに口元に人差し指を立てて見せてから、足音を立てないようにその部屋に近寄った。
中からは話し声は聞こえない。ただ、咀嚼するような音が聞こえる。少し考えて、危険は無いだろうと判断し、ロプは扉をノックしてから扉を開けた。
そこには一人の太った男がいた。頬には無駄な肉が張り付き、顔全体にニキビがある。鼻は高いようだが、無駄な肉がその存在を消しているようにも見えた。身体にも肉がついており、動くのも大変そうに見える。伸びるに任せたぼさぼさの鳶色の髪の下から黒い瞳がロプたちを映す。その瞳は驚いたように丸くなっていたが、両手に持った芋を食べる手を止める様子はなかった。部屋に漂う蒸かした芋の臭いに、昨日乗合馬車でジュスティが言っていたことを思い出した。
ロプはスカートの裾をつまみ、一礼する。それにラピュも続いた。
「突然失礼いたします。このレゲ王国国王陛下、ハイミリヒ様でございましょうか」
ロプの問いに、男は言葉を出す事は無く、頷く事で肯定を示した。
ロプが続いて問おうとしたが、ロプとラピュの身体が浮きあがった。驚いたロプを守るようにラピュがその身体を抱え込んだ。ロプがその腕の中で視線を巡らすと、開けっ放しにしていた扉にカトリーナの姿を見つけた。カトリーナは浮き上がっているラピュとロプを睨みつける。その手には鞭が握られていた。
「ハイミリヒ! そいつらは書人とその持ち主よ!」
カトリーナはそう叫び、浮いているロプたちに向けて鞭を振り下ろす。その鞭がラピュに当たったかと思うと、そこにいたラピュとロプの姿がかき消えた。
驚いているカトリーナを他所に、幻惑魔法で自分たちの偽物を作り出し、カトリーナがそちらに意識が向いている間に、ロプとラピュはハイミリヒに近づいていた。
ロプは隠していた短剣を取り出し、ハイミリヒの背後に回ってその首に短剣を当てる。
「貴女の主の命が惜しければ動かないでいただけます?」
そう言ってのけたロプにカトリーナは睨みつけたまま叫ぶ。
「その刃は、貴方の味方に向くものよ!」
そう言い切ると、ロプの意思とは関係なく、ロプの握った短剣がラピュに向けられる。ラピュは咄嗟に避けられたので傷を負う事はなかった。驚いているロプからハイミリヒが転がるように離れる。そんなハイミリヒに駆け寄ったカトリーナはハイミリヒの背中に触れた。
「城にいる全員! ハイミリヒの危機よ! すぐに集まりなさい!」
その声は魔法を使って城中に響き渡った。
このままこの部屋で敵に囲まれるのは不利だ。しかもその中に魔法を操る書人がいる。
ロプがどう切り抜けるか考えていると、その身体が再び浮き上がる。またカトリーナの魔法かと思ったが、今度はラピュがロプを小脇に抱えていた。ロプはそのまま部屋の窓に向かって走り、風魔法で窓ガラスを壊し、外に飛び出した。そのまま地面に叩きつけられるかと思ったが、風魔法を身体に纏い、ゆっくりと地面に降り立った。
「ラピュ……ありがとう」
「礼いらない。これからどうする? ジャンたち合流する?」
ラピュの言葉に、ロプは首を振った。
「あまり動いて僕たちが見つかるのは困るわ。城の全員が僕たちを探しに……」
言いかけて、ロプは首を傾げる。
「ロプ?」
「……ラピュ、やけに静かだと思いませんこと?」
ロプの言葉にラピュは耳を澄ませる。先程カトリーナが指示を出したのだから、城中の使用人や兵が自分達を探して駆けまわっているはずだ。しかし、その足音も声も何も聞こえない。
部屋に案内される時も、城の中を探索中も使用人にはすれ違っている。十分な数がいるはずだが、やけに静かだ。
ロプは試しに、近くの窓から部屋の中を見る。すると部屋には2人ほどの使用人が床に倒れていた。窓が開いていたので中に侵入し、使用人に近づくと、そのどちらも眠っているのがわかった。
「……寝てる? なぜ?」
「……あー、なるほどね」
ロプはすぐ、ジュスティの睡眠魔法の存在に思い当たった。危険が迫った時に使うようにとは言っていたが、まさか城中の人に使っているのだろうかと考えると、頭を抱えたくなる。今は助かるが、あまり連発しないように言っておかなければ。
ラピュに睡眠魔法のことを説明し、ロプはラピュの足跡魔法を使ってジュスティたちを探すことにした。
使用人たちを眠りに落としているジュスティたちは城の部屋という部屋に突撃していた。詳しく言えば、突撃しているのはラピュを探すジャンだけで、ジュスティは部屋にいた使用人たちを素早く寝かしつけていた。
「それにしても、何故カトリーナさんは突然小生たちを捕らえようとして来たんですかね」
ジュスティの疑問に、誰もいない部屋の扉を開けたジャンが返す。
「恐らくだけど、カトリーナの魔法が効かない人もいるんじゃないか? その条件に偶然俺たちが当てはまって、カトリーヌの昨日の宣言を聞いていたのに魔法が効いた様子の無い俺達が敵と判断したんだろう」
「ああ、確かに昨日カトリーヌさんは『また明日会おう』と言ってましたね。あれも命令だったのか」
「自分に従う人間かどうか判断するには便利だな。広場に行ってない奴は反乱分子ってか」
そう言ったジャンは腕を横に広げる。ジャンの後を歩いていたジュスティがそれに気づいて足を止めると、前方から足音が聞こえて来た。ジャンはジュスティの腕を掴んで近くの部屋に入る。静かに扉を閉じて待っていると、足音は部屋の前を通ってどこかへ行ったようだった。
「……隠れなくても、小生の魔法で眠らせられましたよ?」
「つい隠れちまった。……まあ、ジュスティにずっと頼るわけにもいかないしな」
そう言ってジャンは入った部屋を見渡す。その部屋には家具は何も置いてなかった。ただの空き部屋にしか見えない。その光景にジャンは腕を組む。
「おかしいな」
「何がです?」
「さっきも言いかけてカトリーナが来たが、昔はこの城には調度品や美術品が沢山あったんだ」
ジャンはラピュに出会う前に両親に連れられてこの城にやってきたことがあった。そして両親たちが大人の話をしている間、ハイミリヒと城の中で遊んでいた。その時は調度品や美術品が城を飾り、豪華な城だなと思ったことがあった。その中にはハイミリヒが気に入っている絵画もあったのだが、それを紹介してもらった場所には何もなかった。
「カトリーナも、ドレスは着ていたが、身に着けているアクセサリーは昔のデザインのものだった。ドレスについては俺は詳しくないからわからないけど、もしかしたらそっちも最近のデザインの物じゃないのかもな」
「えっと……それの何が問題なんです? 贅沢をしてないだけなのでは」
「ああ。贅沢してないのが可笑しいんだ。その土地を任されるだけの偉い立場に立つ貴族は、高価なものが好きな人もいるが、基本は自分の領土の力を示すために着飾るのが貴族の基本なんだ」
「……着飾る?」
「そう。ボロボロの服を着た貴族が治める街なんて、それこそちゃんと治められてるか疑問に思うだろう? 勿論、服を大切に着るのは大事だ。とはいえ、その為にも手入れをしないといけない。結局は貴族の容姿ってのはその貴族が治めている土地が表されるとも言える。……まあ、隠すために、自分だけしか見てないから着飾ってる奴もいるのも事実だけどな」
異例はあれど、本来は貴族はその土地を表した姿だと思え、と前置きをしてから、ジャンは説明を続ける。
「この城はレゲ王国の国王の住む場所。そして住民たちは税が上がったと言っている。だというのに、カトリーナは派手な格好をしている様子はない。美術品も何もなくなっている。どこかに金を貯めている可能性がなくもないが、国王がいるこの城がこんなに質素なのはおかしいんだ」
ジャンがそう言ってジュスティに視線を向ける。ジュスティはまだピンと来てない様子で、ジャンは苦笑した。
「まあ、ちょっとおかしいってことはわかっていてくれ。……どこかで帳簿を見たいな。ラピュを優先的に探すけど、帳簿なんかも探してみよう」
そう言って、ジャンとジュスティはその空き部屋から出て行った。
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