第8話-3 法律書

 その日は宿に泊まり、翌日に城に向かった。


「昨日教えたマナーは覚えているな? 出来る限りはフォローするけど、あまり変な事はするなよ」


 ジャンの言葉にロプとジュスティは頷く。それを見てから、ジャンは城に向かって歩いて行く。しばらく歩いて城の入り口に辿り着いた。そこには2人の兵が立っていて、ジャンは彼らに近付く。


「レゲ国王陛下への謁見を望む。話を通してくれないか?」

「……失礼ですが、どなた様でしょうか?」


 兵の怪訝そうな視線を受けつつも笑顔でジャンは答える。


「ああ、失礼。レゲ・フラーテウス王国レドンテ領主、ジャン・マラキット・レドンテだ。旅行の途中でここに寄ったので、ハイミリヒ陛下に挨拶をと思い謁見を希望する」

「……かしこまりました。少々お待ちください」


 そう言って兵の一人が城の中に向かっていく。大人しく待っていると燕尾服に身を包んだ男が兵と共にやってきた。ジャンの目の前に立つとその頭を下げた。


「お待たせしまして申し訳ありませんでした、ジャン・マラキット・レドンテ様。ご案内させていただきます」


 そう言って歩き出した男の背中をジャン達は追いかける。城の中に入ると幾人もの使用人とすれ違った。使用人たちは疲れている様子は無く、きびきびと働いている様だった。

 綺麗に掃除された白い壁が続く廊下を歩き、辿り着いたのはソファーなどが置かれた部屋だった。庭で育てられていたものと同じ種類の花が花瓶に飾られている。その色が部屋を華やかにしていた。

 ジャンとロプはソファーに座り、ジュスティとラピュはその後ろに立つ。

 少し待っていると、部屋の中に入って来たのはカトリーナだった。カトリーナはジャンを見ると笑みを見せ、ドレスの裾を軽くつまんで挨拶する。


「初めまして、レドンテ領主、ジャン・マラキット・レドンテ様。私はハイミリヒ陛下補佐のカトリーナ・ホッファーモデストと申します。体調が優れない陛下の代理としてこの場に現れたこと、お詫び申し上げます」

「体調が優れない……? ハイミリヒ様は病に侵されているわけではないよな」


 カトリーナはジャンに頭を下げながら、ジャンの対面にあるソファーに座る。


「ええ。昨年前王であるお父様が亡くなって、精神的に疲労されているのです」

「ああ……。前王が亡くなったこと、お悔やみ申し上げる。すぐに挨拶に向かいたかったが、その事実がこちらに流れてこなかった。我がレドンテにだけその話が来なかったのだろうか?」

「……いえ、他の町にも伝えておりませんでした。ハイミリヒ陛下の状況を鑑みて、今その事実を伝え、利用してくる者がいては困りますので。……それと、レドンテでは良からぬ噂を聞いておりましたので、報告できずにおりました」


 レドンテにも問題があったのだぞ、と言われたようで、ジャンは一つ咳払いした。

 ジャンとカトリーナの話を聞いていたロプはじっとカトリーナを見る。カトリーナはにこやかにジャンと会話をしているが、どこか警戒しているように見える。何かを怖れている、隠しているようにも思えた。

 ロプは一度目を閉じてから、先程とは打って変わった表情を見せる。


「あの、カトリーナ様とお話ししてもよろしいですか?」


 少し舌足らずな声にカトリーナはロプに視線を向ける。


「えっと……貴方は?」

「あ、し、しつれいしました! わたしはジャン兄さまのいとこ?のロプともうします! 昨日、カトリーナ様がみんなにめいれいしている姿を見て、カトリーナ様と話したいなって思ってました!」


 ロプはその容姿に違和感のない言葉を選び、眩しく思える程の笑顔をカトリーナに向ける。カトリーナはロプの言葉に驚いたように目を瞠った。


「あ、ありがとうございます。……昨日のを見ていらしたのですか」

「うん! とってもかっこよかったです!」


 ロプの言葉にカトリーナは少し考え込むような仕草を見せてから、立ち上がる。


「すみません、少し用を思い出したので席を外します。すぐに戻りますのでお待ちください」


 そう言ってカトリーナは部屋から出て行った。扉が閉まると同時に、鐘の音が響く。


「……さて、僕は昨日のカトリーナが見たいってことで探す口実に城の中でも見て回ろうかしら」

「おいロプ。面白いからさっきのキャラのままでいてくれよ」

「面白さを求めてあんなキャラを演じたわけではないわ。ラピュ、僕を止めるために追いかけて来たっていう体で一緒に行きましょう」


 ロプの言葉にラピュが頷く前に、ジャンが声を上げる。


「待て待て待て! ラピュは俺と一緒に居るのがいいだろ!?」

「お転婆な子供を追いかけるのは強面護衛より世話役のほうが自然ですわ。ジャンはここにいて、もしカトリーナが戻ってきたら足止めしておいてくださいな」


 そう言って、ロプはラピュを連れて部屋から出て行った。それを見送ったジュスティは頭を抱えているジャンを見る。


「ジャン殿、そんな心配されなくても、主と一緒なら大丈夫ですよ」

「……心配はしていない。ただ、ただただ、羨ましいだけだ」


 頭をぐしゃぐしゃとかき乱してから、ちゃんと整え、ジャンは立ち上がる。そして目の前にあった壁に近づき手を触れた。


「ジャン殿?」

「……やはり、前はここに絵画が飾っていたようだ」


 ジャンの言葉にジュスティは首を傾げる。


「絵画、ですか?」

「ああ。わかりにくいが、壁の日に焼けた跡が残っていて、固定につかっていた釘の跡が残っている。……ジュスティ、この城に入って何か違和感とかなかったか? お前の中の貴族の城のイメージと比べて思ったことは無かったか?」


 その問いにジュスティは腕を組み首を傾げる。ジュスティは城に入ったことはない。城のイメージは絵本などの書物から得たイメージがほとんどだ。しかし、そのイメージと、ジャンが住んでいた屋敷と比べると、一つ思ったことはある。


「なんだか、淋しいなと思いました。広くて立派で、掃除も行き届いているのですが、何か物悲しいといいますか、何と言いますか」


 ジュスティの言葉にジャンが何か返そうとしたが、近づいてくる足音に気付き、ジャンは花瓶に近寄る。そこで扉が開き、カトリーナが入って来た。部屋の中を見てカトリーナは驚いたように目を丸くしていた。


「ああ、カトリーナさん。ロプには会いませんでしたか? カトリーナさんがまた広場で言葉を告げる様子が見れるかもしれないと部屋を飛び出していったのですが」

「いえ……会いませんでしたわ」


 そう答えたカトリーナだが、その表情は曇ったままだ。驚いたのはロプとラピュがいないからではなさそうだ。

 カトリーナはソファーに座ることもなく、部屋の扉の前に立ったまま、ジャンを見る。


「ジャン様、貴方もロプ様と一緒に昨日の演説をお聞きになったのでしょうか?」

「ええ。聞きました」

「ではなぜ、昨日の演説を聞いていたのに、この部屋にいるのですか?」


 カトリーナの質問の意図がわからず、ジャンは首を傾げる。その様子に苛立ったのか、カトリーナは眉を吊り上げ叫んだ。


「近衛兵! 客人を捕えなさい!」


 カトリーナの声に、部屋の近くで待機していたらしい兵が部屋に入って来た。兵達とすれ違ってカトリーナは部屋から出て行った。それをジャンが追いかけようとするも、兵がジャンを捕らえようと腕を伸ばしてきたのでそれをかわす。


「邪魔しないでくれ。危害を加えるつもりはない!」

「申し訳ありません。そうだとしても、我々はカトリーナ様の命令に従うまでです」


 兵たちの言葉にジャンは舌打ちをした。ジュスティも複数の兵に囲まれている。ジャンがどう切り抜けようかと考えていると、ジュスティの声が聞こえて来た。


「ごめんなさい、皆さん……。お休みの時間ですよ」


 ジュスティがそう言った瞬間、部屋にいた兵全員の身体が傾げ、床に倒れていく。驚いたジャンが兵の一人に駆け寄ると、寝息を立てていた。


「はぁ……。効いたようでよかった」


 ほっと息を吐き出すジュスティにジャンは近寄った。


「ジュスティ、これはどういうことだ? もしかしてお前の魔法か?」

「はい。小生は睡眠魔法を覚えておりまして、対象を眠らせる事ができます。……スピンが傍に居れば睡眠時間を指定できますが、小生だけでは8時間の睡眠と固定されてしまいますが、時間が来るまではずっと眠っていますよ」


 書人の魔法は書人自身もスピン以外の人間も扱う事ができる。しかし、書人とスピンが触れてる状態で魔法を使うとその効力が強く発揮される。

 とはいえ、8時間睡眠は十分強力だとジャンは思った。


「とにかく、主たちを探しに行きましょう。主たちも捕まってしまっては大変です」

「そ、そうだ。ラピュが危険だ!」


 ジャンとジュスティは急いで部屋を飛び出していった。



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