第8話-2 法律書

 辿り着いたのは大きな城が目の前に在る広場だった。広場にはリトゥア中の住民が集まったのか沢山の人間が広場を埋め尽くしている。広場と城の間を柵槍が隔てており、越えるのは苦労しそうだ。城には広場を見下ろすようにバルコニーがあり、少し待つとそこに一人の女性が現れた。

 赤紫色の髪を巻きツインテールにしている。可愛らしいドレスを身に纏っていた。

 彼女はにっと笑い、広場に集まった住民たちに向かって大きく手を振る。


「みんなー! 今日もしっかり働いてるかなー? いつもの時間に集まってくれてありがとー! それじゃ、今からいつものを始めちゃうよー!」


 その声はまるですぐ傍で聞こえているかのようにはっきりと耳に届いた。そのことにロプはすぐ、魔法によるものだと判断した。

 住民たちは皆黙って彼女の声に耳を傾けているようだ。そのことを満足しているように、笑顔のまま彼女は言う。


「そのいち! レゲ・フラーテウス王国の王様のハイミリヒとカトリーナに歯向かったらだーめ! そういうヤツが近くにいたら捕えることー! カトリーナの命令は?」

「ぜったーい!」


 彼女・カトリーナの問いかけに、先程まで黙っていた住民たちが声を揃え、片腕を掲げる。反応していないのはロプたちだけのようだ。


「そのに! みんなはリトゥアのために午前中は絶対にサボらずに働くこと! カトリーナの命令は?」

「ぜったーい!」

「そのさん! 人を殺したり盗みを働いたりせず、レゲ・フラーテウス王国の法律をちゃんと守ること! カトリーナの命令は?」

「ぜったーい!」

「そのよん! 働いたお金の中からしっかり納税すること! カトリーナの命令は?」

「ぜったーい!」

「そのご! 勝手にこのリトゥアから出て行かないこと! カトリーナの命令は?」

「ぜったーい!」


 カトリーナの全ての命令に住民たちが声をあげた。カトリーナは一呼吸おいてから告げる。


「今日もみんな良い子でカトリーナは嬉しい! じゃあ午後の仕事残ってる子も頑張ってね! また明日会おうね!」


 そんな掛け合いを終えて、カトリーナは城の中に戻っていった。それを見送り、住民たちは先程とは打って変わって疲れたような不機嫌そうな顔でそれぞれ広場から離れていく。

 その中の一人の女性にジャンは声をかけた。


「あ、あのすいません。お話いいですか?」


 ジャンの問いかけに女性は足を止めてジャンを見る。


「あら、見かけない方ね。もしかして旅人さんかしら?」


 今度は無視されなかったことに安心し、ジャンは微笑んで見せる。


「ええ。先程リトゥアにお邪魔しまして。それで、先程のは一体なんだったのですか?」


 ジャンの微笑に目を奪われていた女性だったが、ジャンの質問に忌々し気に眉を寄せた。


「ああ……。あれは国王が変わってから行われているルールよ」

「ルール……。そういえば、俺は国王が変わったことをこのリトゥアに入るまで知りませんでした。突然だったのですか?」

「突然、といえばそうね。去年に前国王様が病気で亡くなってしまったの。それで一人息子のハイミリヒ様が王の座に就いたのだけれど……ハイミリヒ様が困った方で」


 ジャンは何かを思い出そうとするかのように少し黙ってから口を開く。


「ハイミリヒ様……大人しい人だったと聞いたことがありますが」

「よく言えばそうなるのかしら? ハイミリヒ様は母たる王妃様が亡くなってから城に引きこもっていた方で、ハイミリヒ様が王になっても姿は現さず、代わりにさっきの、ハイミリヒ様の書人だって言うカトリーナ様だけが姿を現すの」


 書人の言葉にロプがジャンの袖を少し引っ張る。情報を引き出せということだろう。


「書人、ですか。魔法を使うという?」

「そうよ。そのカトリーナ様の魔法のせいで私達住民は自由が無くなってしまったの。午前中は仕事を決められている者はお喋りもできずに仕事を必ずしなくてはいけなくなったわ。午後はまだ自由にできるだけまだマシだけれど。それに、税も昔に比べて二倍以上に増えたのよ。私達の自由が大分減ってしまって、皆困っているわ」


 話を聞いていたジュスティ、ロプは顔を見合わせる。女性の言葉に相槌を打っていたジャンは眉を下げる。


「それは、大変でしたね……。教えて下さりありがとうございました」


 ジャンが礼を言うと女性は機嫌が良いまま広場から出て行った。

 このリトゥアに近づく前にジュスティが夢を見ていた。その夢ではバルコニーに立って、何かを住民たちに向かって叫んでいた。その夢はまさに先程見た光景と同じだった。


「カトリーナが書人で確実ですわ。それにあの魔法は僕が探している書人の条件に当てはまりますわ」

「それでは、カトリーナさんを譲ってもらう為に交渉に行きますか?」


 ジュスティの言葉にロプは頷かずに少し困ったように言う。


「そうしたいところですけれど、あの様子では簡単に譲ってはくれないでしょうね。もう国の中心に立っているみたいですし。……ジャン、カトリーナの主人だというハイミリヒのことは知っているかしら?」

「……昔、顔を合わせて、歳が近いから話したこともある。だが、ハイミリヒは大人しくて、自分を前に出すような奴ではなかった。……あの書人がハイミリヒを利用しているとかでなければいいんだが」

「貴方のように?」

「……ロプ、そろそろジャンを苛めるのやめる。拗ねて面倒なる」


 黙り込んだジャンの代わりにラピュが答えた。ジャンは咳払いをして、意識を戻す。


「どうあれ、今後のリトゥアとレゲ王国の為にもハイミリヒが困っている様なら助けたい。その為にも城へ向かおうと思うが、それでいいか?」

「ええ、僕は異論ないですわ。ただ、どうやって城に入りますの?」

「……それに関しては、俺の立場を使わせて貰う」


 ジャンは自分の胸に手を当てる。


「俺は元レドンテの領主だ。今はもうその任は譲ったが、国王が変わったことが俺に伝わってないのと同じように、こっちにもレドンテの領主が変わったことは知らないだろう。だから俺は今もなおレドンテ領主だと偽ってハイミリヒに近づく。それが一番楽だと思う」


 ジャンの提案にジュスティが頷く。


「嘘を吐くのは引けますが、作戦としては一番自然なのではないですか?」

「そうね。貴族には貴族にお願いした方がよさそうですわ」


 ロプの同意も得て、ジャンは頷く。


「それじゃあジュスティは護衛役、ロプは俺の従妹。ラピュは俺の婚約者ってことで」

「異議あり。婚約者役、ボロでそう」


 ジャンの提案に素早くラピュが反対する。その言葉にジャンは笑顔を向ける。


「大丈夫。俺がちゃんとフォローするから!」

「否定。私はお世話役が自然」

「いやいやいや。嫌!」

「私情を挟まないのが良いのではなくて?」


 ロプにも言われ、ジャンは渋々ラピュをお世話役とすることを受け入れた。



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