第8話-1 法律書

 身体が大きく跳ねたことで、眠りについていたジュスティは目を覚ました。

 目を開けてすぐに映ったのは目を閉じているロプと、そのロプに寄りかかって眠っているラピュだった。自分の隣を見ると、腕を組んでジャンも眠っている様だった。

 度々訪れる振動に、自分達は今馬車に乗っていることを思い出す。ディナルター村から出ると丁度レゲ・フラーテウス王国内を走る乗合馬車が来ていたので、これ幸いとジャンが乗る事を勧めたのだ。

 馬車というのには初めて乗ったが、移動が楽になるが振動は慣れないとジュスティは息を吐き出した。


「体調が悪いとかはないかしら?」


 眠っていると思っていたロプが口を開く。ジュスティは目を丸くしてロプに視線を向けた。


「起きてましたか」

「皆寝ているのに眠れるわけないわ。それで、慣れない馬車で具合悪くなってはいなくて?」

「ええ。乗り物酔いというのがあると聞いて緊張はしましたが、具合が悪いということは無いです。振動がちょっと慣れないというぐらいですかね」

「それならよかったわ。馬車の振動は貴族が乗るものであれば振動が軽減されるとか、道の整備も大事とか聞いたことがあるわ。僕たち旅人はこれで慣れるしかないわ」


 それまでずっと閉じていた目を開き、ロプの青い瞳がジュスティを映す。


「夢は何か見たかしら?」

「見ましたが、変わらない夢でした。……ただ、前と違って芋の臭いがしました」


 ジュスティの言葉を理解するのに時間がかかったのか、しばらく黙ってからロプは聞き返す。


「芋?」

「はい。蒸かした芋の臭いがしました」

「……芋。どういうことかしら」

「恐らくですが……蒸かした芋の臭いがする場所に書人がいるのかもしれませんね」

「それ、書人に臭い移ってそうで嫌ね……」




 乗合馬車はジュスティたちを乗せ、レゲ・フラーテウス王国首都であるリトゥアに辿り着いた。

 乗合馬車にはジュスティ達以外にも人は乗っていたのだが、リトゥアで降りたのはジュスティ達4人だけだった。


「珍しいな。首都に着くと沢山の人が降りて、沢山の人が乗り込むことが多いのに」


 ジャンの呟きが聞こえたのか、乗合馬車の御者が応えた。


「お兄さんたちは知らなかったのかい? レゲ王国の王が変わってから、首都にいるリトゥアに降りる人は減ったんだよ」

「レゲ国王が変わった? 王が変わっただけで首都に人が集まらなくなることがあるのか?」


 ジャンの言葉に御者は肩をすくめる。


「どうにも、国王は首都内であんまりな法律を作って、それを住人に強要しているそうだ。リトゥアから出る事も難しくなって、しかも税も上がっているらしい。リトゥアに入るのは商人ぐらいだよ。おかげで客が減って、こっちも困ったもんだ」


 ロプはジャンに視線を向けるが、ジャンも初耳の様子だった。


「そうか……。どうするロプ? また馬車に乗って別の場所に行くのもいいかもしれないが」

「いえ。リトゥアに寄って行きたいわ。御者さん、ここまでありがとうございました」


 そう言ってロプは御者に銀貨を差し出す。馬車の料金は払ってあるので情報料のつもりだ。

 御者は礼を言い、馬車を走らせて行った。


「さて、レドンテ領主様、リトゥアの情報は全く入っていなかったのかしら?」

「俺を責める口実ができた、みたいに嬉しそうに言うなよ。……国王が変わったっていうのは全く入って来てない。それに国から地方に渡される金の値段は変わってなかった。少なくともレドンテはな。そうなると、リトゥアではかなりの金を貯めてることになるな」


 それとも何か使うことがあるのだろうか、とジャンは首を傾げる。


「まあ、ここで考えていてもどうしようもなさそうね。リトゥアに入る事にしましょう」


 ロプの言葉に皆は頷いた。

 リトゥアは高い城壁で囲まれており、出入り口には兵が2人立っていた。厳しい入国検査でもするのだろうかとジュスティは少し怯えたが、兵はにこやかに挨拶をするだけで何も苦労することなく城壁の中に入る事が出来た。

 城門をくぐるとすぐに商店が並んでおり、外とは違い人が幾人も歩き、店に入って行く。

 屋台に並んでいる野菜類を見て、ジャンはその屋台に近づいて店員に果物をいくつか売って貰う。それをロプたちに一つずつ渡した。


「値段は高いことはない。むしろ思ったより安くてびっくりした」

「業者の話とはまた違いそうね」


 ロプの言葉にジュスティは首を傾げた。


「御者さんの話では、税が上がったと言ってましたよね」

「ええ。別の所で税をとっているのかしら。どう思います? レドンテ領主様」

「……なんでもこっちに話を振らないでくれ」


 ジャンは辺りを見回してから口を開く。


「住民に徴収する税は色んな種類があるが、それにしては住民たちが切羽詰まって働いている様子が無い。疲労困憊だって人もいなそうだ。服装も住民にしては良いものを着ていて、ボロボロの靴を履いている人もいない。俺から見る限りでは苦労はしていない、の一言だな」

「……なるほどね。ジュスティ、勝手に動かないでいなさいな」


 勝手に話しかけようとしているジュスティを止め、ロプは近くを歩く住人に声をかける。


「すみません、少し聞いてもよろしいでしょうか?」


 しかし、住人はロプの声が聞こえていなかったのか足を止めることなく行ってしまった。それはジャンも同じだった。

 どういうことかとジャンが首を傾げた時、鐘の音が辺りに響いた。すると先程まで働いていた住民たちはその手を止め、皆が同じ方向に歩いて行く。その様子はまるで行進するかのようだった。

 自分達がいないもののように歩いて行く住民たちを眺めてから、ジャンとロプは顔を見合わせて頷き合い、住民たちの後を追う事にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る