第6話-6 死霊書

 日が暮れた頃、一度屋敷から出ていったラピュはカシャを連れて戻ってきた。カシャはロプたちの姿に警戒の色を見せたが、ラピュの言葉にその色は消えた。


「魔法を解くことにした」


 ラピュの言葉にカシャは目を見張る。ラピュはカシャの手を握り、頭を下げた。


「ごめんね。カシャには酷いことをした。私がしたことが、カシャをさらに苦しめた。最期に、謝りたかった」

「……ううん。気にしてないよ。ラピュは私の願いを叶えてくれただけだったもん。だからね、ラピュ」


 カシャは包帯で巻かれた腕をラピュの身体に回す。


「泣くことはないよ。痛くて苦しかったけど、ラピュといれる時間が伸びたのは嬉しかったから」


 カシャの言葉に、ラピュは無表情のまま頷き、カシャの身体を優しく抱きしめた。

 その様子を離れた場所で見ながら、アランは隣にいるロプに声を掛けた。


「ありがとう、ジャンを我に返してくれて」

「思ったより苦労しなくて安心しましたわ。……誰でもいいからジャンを殴れていたら、それで済んでいたみたいですわね」


 ロプの言葉にジャンが顔を顰めさせる。だが何も言い返せないのかジャンから何か言うことはなかった。そんなジャンにロプは視線を向ける。


「約束ですから、ラピュは僕が貰って行きますわ。文句はありまして?」

「……ないです」


 それだけ返すジャンにロプは肩をすくめて見せた。


「僕は明日にはこの町を出ます。その時にラピュを迎えに来ますから、だからって逃げたりはしないでくださいませ」

「わかってる。もう逃げるつもりはないさ」


 その言葉には迷いはないようだ。ロプはそれに安心し息を吐き出す。ラピュとカシャは別れの挨拶が終わったのかジャンに視線を向けてくる。それを受けてジャンはラピュに近づき、その手を握った。


「……父様、皆、最期まで迷惑をかけてしまってすみません。俺たちはもう真実から逃げない。……だから、さようなら」

「さようなら」


 ジャンとラピュがそう言った瞬間、二人の魔法が解けた。解けた瞬間、崩れる音が響き、アラン達が立っていた場所には白骨しか残されていなかった。ジャンはアランの骨を拾い上げ、ロプを見る。


「申し訳ないが、皆を埋葬したい。手伝ってくれないか?」

「数が多いものね。仕方ないわ」


 そう言ってロプは隣に立つジュスティの背中を叩く。ジュスティも頷いて、残された骨を集め出した。

 たくさんいた使用人たちの骨を拾い集めた頃には時計の針が深夜を示していた。ジャンからの勧めで、ロプとジュスティは屋敷に泊ることになった。

 質の良い寝具でまとめられたベッドに横になりジュスティは珍しくすぐに眠りにつくことができた。

 そしてその日もジュスティは夢を見る。近いか遠いかもわからない未来の夢。いつも見る夢だと、思っていた。だが。

 ジュスティの夢に変化が起きていた。




 朝食を頂いているのはロプとラピュだけだった。ロプは目の前に座ったラピュに首を傾げて見せる。


「貴女の主人はどうしたのかしら?」

「……わからない。なんだか忙しそうにしてて、ご飯は先に食べていろと言っていた。そっちは?」

「ジュスティのこと? 彼も気付いたら先に起きてたみたいなの。まあ、日課の筋トレしてランニングにでも行ってるのかもしれないわ」

「そう」


 短く返し、ラピュは千切ったパンを口の中に入れる。その姿を眺めながら、ロプは言う。


「これから貴女は僕たちと旅をすることになるけど、人の姿のままがいいとかあるかしら? 望むなら書の姿でいることもできるわ」


 ロプの言葉にラピュは無表情を崩さずに言う。


「……書の姿のままは、嫌」

「そうなの?」

「昔、一年ほどずっと書の姿でいることがあった。すごく、身体が凝ったからもうしたくない」

「……そう」


 書の姿のままだと身体が凝るのかと知らない知識にロプは目を丸くする。ラピュはコーヒーを一口飲む。


「他に、旅に必要なものはある?」

「書人の場合だとそんなにないんじゃないかしら。寝る時に毛布とかはいらないでしょうし、多くないなら好きな物を持って行けばいいわ。詳しいことはジュスティに聞くのがいいわ。ジュスティの方が書人同士で聞けることも多いでしょうし」


 そう言ってロプはパンを口に入れる。ラピュの言葉が帰ってこないことに不思議に思い視線を向けると、ラピュの手は止まり、じっとロプを見ていた。


「どうかされたの?」

「……ジュスティは、書人?」

「あら、言ってなかったかしら。そうよ。彼はロプの書人よ」

「……結構な年齢、なのに?」

「ええ。珍しいでしょう」


 ラピュはほうと息を吐き出す。


「書人でも、長生きできるのか」


 そう小さく呟かれた言葉にロプは何度か瞬きをした。


「ラピュは長生きしたいのかしら?」

「……したい、というわけではない。したいのかもしれないが、いつこの姿になれなくなっても仕方ないと思っている」


 その言葉にああとロプは納得した。

 十五年を生きれば書人は大体人の姿になれなくなる。ラピュは十九歳だと聞いている。だからこそ、自分にいつタイムリミットがきても可笑しくないのだとわかっているのだろう。

 ロプがラピュに向けて口を開こうとした時だ。部屋の扉が音を立てて開けられた。驚いてロプとラピュがそちらを見ると、そこにはジャンとジュスティがいた。


「おはよう……ジャン、忙しいみたいね」

「おはようロプ。大丈夫だ。忙しいのはもう終わった。頼みがあるんだロプ」


 ジャンはロプに近寄り、勢いよくその頭を下げた。


「俺も、旅に連れて行ってくれ!」


 突然の頼みに、ロプは目を丸くする。ジャンの言葉に補足するようにジュスティが言う。


「ほら、主。ラピュさんの主であるジャン殿もいれば危険が近づいても対応方法が増えるじゃないですか。ラピュさんもジャン殿がいた方が安心するでしょうし、悪いことはないですよ」


 ジュスティの言葉にロプはジュスティを睨む。突然のジャンの行動にジュスティが何か噛んでいるのだろう。


「ジャン、あなた一応領主でしょう。突然いなくなるなんて問題があるのではなくて?」

「大丈夫だ。レドンテのことを叔父さんにお願いした。むしろ、俺は今回酷いことをしてしまったのだから、領主の座につく器じゃない。俺はただのジャン・マラキットとしてロプについて行く」


 忙しそうに見せてたのはそれか、とロプは頭を抱えた。その様子を見てラピュが首を傾げた。


「人が増えるのは駄目か?」

「……僕はあまりぞろぞろと人を連れ歩きたくないだけですわ」

「なら、私が書の姿になればいい」


 ラピュとしてもジャンの言葉を断るつもりはないようだ。ロプはジュスティに視線を向ける。ジュスティもロプに輝いている視線を向けてきている。

 ロプは息を吐き出し、ジャンに指を向けた。


「わかったわ。許すわよ。でも、足は引っ張らないでくれるかしら?」


 ロプの言葉にジュスティとジャンが目を輝かせた。


「やった! やったなジュスティ!」

「はい! ジャン殿が一緒で心強いです!」

「二人とも、いつの間に仲良くなったのかしら」


 そう呆れながら、ふとロプはラピュを見る。ラピュは変わらず無表情であるが、どこか嬉しそうに綻ばせているようにロプには見えたのだった。

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