第6話-5 死霊書

 話が終わるのを待っていたかのように扉が開いた。入って来たのはふんわりと軽そうな茶色い髪を持つ青年だった。青年はロプに視線を向け、口元に笑みを浮かべた。


「こちらにいらっしゃいましたか、お客様。使用人からお客様がいらしていると聞いて探しましたよ。父様がお相手しておりましたか」


 青年は扉を閉め、アランの隣に立ち笑顔を向けてくる。しかしその笑顔はどこか恐ろしくジュスティには感じられた。


「自分はジャン・マラキット・レドンテと申します。旅人様と伺っておりますが」

「ええ。紹介が遅れて申し訳ありません。僕はロプ・ラズワルドと申しますの。今はとある方に頼まれて書人を探して旅をしております」

「書人、を?」

「ええ。なので」


 ロプは立ち上がり、ジャンににっと笑って見せる。


「貴方の所有しているラピュさん、彼女は探している書人に違いありません。譲っていただけますか?」


 ロプの言葉にジャンの表情から笑顔が消えた。垂れていた眉がつり上がり、恐ろしい表情でロプを睨みつける。


「出て行け! お前なんかにラピュを渡すか!!」


 憤怒するジャンにロプは可笑しそうに笑って見せる。


「おや、書人を大切にされているのですか? あんなことをしているというのに」

「お前に何がわかる! 誰か! この旅人を捕えろ!」


 ジャンの声に呼応したのか、部屋の外から駆けてくる足音が近づいてくる。アランはジャンを止めようと口を開くが、ジャンのせいでか声が出ない様子だ。応接室内を見回してからロプはジュスティに近づく。


「ジュスティ、外に出るわ。ラピュを探すの」

「え、ですがどこから?」

「窓があるでしょう」


 そう言ってロプは駆け出し、躊躇いもなく窓を開けてその体を宙に投げうった。ジュスティは何か言いたげにするも、そんな時間も惜しいと気づき、アランに向けて簡単に頭を下げてからロプの後を追った。上手く地面に着地してジュスティは先に走り出していたロプの後を追う。


「主! お怪我は!?」

「勿論ないわよ。……ジュスティ、手」


 そう言ってロプは視線を前に向けたままジュスティに向けて手を差し出した。ジュスティがその手を取ると同時に、目の前に兵が現れたのが見えた。


「吹き飛ばすわ」


 ロプがそう言った瞬間、兵たちが巻き起こった風により吹き飛ばされていく。倒れた兵を案じるジュスティの手を引き、ロプは足を止めずに駆け抜けていく。


「主、一体どこに逃げるんですか?」

「逃げはしないわ。僕はただラピュを探しているの」


 ロプがそう言った時、視界に長い髪が見えた。ロプがそちらに視線を向けると、隠れるように植え込みの裏に回る人が見えた。


「いたわ」


 ロプはそう言って、ジュスティの手を強く握った。その瞬間、ロプが身体強化の魔法を使ったのをジュスティは感じた。ロプはジュスティから手を離し、大きく跳躍した。ジュスティ二人分もの跳躍を見せたロプは逃げようとしていたラピュの目の前に降り立つ。


「貴女に話があるの。逃げないでいただけるかしら?」


 ロプの姿に回れ右して逃げようとしたラピュだが、そちらにはジュスティが立っていた。ジュスティは両手を広げ、ラピュを通さないと身体で示して見せる。


「ラピュさん! このままでいいと思っているんですか!?」


 ロプが何か言う前にジュスティがそうラピュに問いかける。ラピュは息を詰まらせたように黙り込むが、逃げられないとわかってか口を開いた。


「……。ジャンが、それを望むなら。ジャンがそれで泣かないなら」

「でも、ジャン殿はそれで幸せなんでしょうか? 町の人だって幸せに見えますか? それに、貴女はカシャちゃんを助けたいんじゃないんですか!?」


 ラピュは目を見開き、ぎゅっと拳を握りしめたのが見えた。

 彼女は思うところがある。それを知るには十分だった。

 もう少し説得すれば彼女は変わるかもしれない。そう感じたが、ロプはジュスティの背後から駆けて来る音を聞いた。

 そしてロプとラピュが見ている先にジャンが駆けつけた。探していた自分たちを見つけた安堵の色に目が色つくが、ロプたちに挟まれているラピュの存在に気づきすぐに怒りの色に染まった。


「貴様ら! ラピュに近づくな!」


 そう叫んでジャンは持っていた剣を鞘から抜き、振り向いたジャンに向けて振り下ろそうとする。その刃がジュスティを襲う前に、地を蹴ったロプがジュスティが帯刀していた剣を抜き、ジャンの剣を受け止めた。ロプの動きに驚いたのか目を丸くするジャンを見つめながら、ロプはジャンの剣を払う。ジャンがロプに向かって剣を振るうが、ロプは驚く様子もなくその剣を再び受け止めた。ジャンは力で押してくるが、それに気づいたロプは剣の角度を変え、ジャンの剣の軌道を変えた。


「うわっ」


 体勢が崩れ思わず悲鳴を上げたジャンの足をロプの足が払う。地面に倒れたジャンの剣を持つ手を踏みつけ、ロプはジャンの首のすぐ横に剣の切っ先を刺す。


「まだまだ未熟ですわね。とりあえず、少し頭を冷やしたらいかがかしら?」


 ロプが倒れたジャンを見下ろし、その剣を振り上げようとするが、ロプの手をラピュが掴んだ。


「やめて、……これ以上、ジャンに酷い事しないで」

「……これぐらい酷い事をしないと、この人はわかってくれないわ」

「もう、大丈夫、だから」


 首を振るラピュを見てロプはジャンの手を踏んでいた足をどけ、ジャンから離れる。それを待ってからラピュはジャンの上体を起こした。


「っ……ラピュ、ありがとう」


 礼を言うジャンをラピュは無表情を崩さずに、ただその声だけが悲しみの色に染まっていた。


「もう、やめよう。ジャン。魔法を解こう」


 ラピュの言葉にジャンは目を見開く。


「な、何を言ってるんだラピュ。そんなことしたら皆が悲しむし、ラピュだって」

「……もう、やめるよ。見ないフリはもうしない。ちゃんと向き合おう。アラン様たちは、カシャも、もう皆死んでるって。だから、皆をもう眠らせてあげようよ」


 そう言葉を紡ぐラピュは耐え切れなくなったのかその瞳から涙がこぼれていく。そうして、耐えられなくなったのか、ラピュはその無表情を消し、悲しみに顔を歪め声を上げて泣き出した。

 ラピュのその姿をジャンは呆然と見ていた。それから自分の手を見つめ、それからその手で頭をぐしゃりと掴んだ。


「俺は……そうだ、俺は……俺はただ、ラピュが泣くのを見たくなかったのに、ラピュの笑顔だけ、見たかったのに……」


 自分がしたことに今更気づいた。自分がしたことは誰も笑顔にさせることができないと今更知った。大好きな人たちが泣かないようにしたいと、願っていただけだったはずなのに。


「……ごめん、ごめんラピュ。……ごめん」


 繰り返し謝罪の言葉と涙がジャンから漏れてくる。

 泣き暮れる二人を、ロプとジュスティは見つめることしかできなかった。

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