第6話-4 死霊書
それまではとても平和な日常が続いていた。家族が皆笑顔を見せていて、使用人たちとの関係も良好だった。しいと言えば、息子の友人になればと買った書人が笑うことを忘れ感情をも忘れていることが心配だということだけだった。それでも、息子と駆けまわる書人は表情には出さないが喜んでいるのはわかった。過保護すぎる息子にも心配だが、悪い未来はないだろうと幸せを見ていた。
その幸せが壊れたのは今から十一年前だった。
あの頃、町を覆う壁の一部が壊れ、修理が必要な状態だった。すぐに修理はしたが、決められた出入口以外から人が入れる状態だった。その隙に、忍び込まれていたのだろう。
普段使わない部屋から音がしたと使用人が確認に向かい、そして忍び込んでいる存在に気づいたのだ。捕えようとした使用人を、盗賊は殺した。それがスイッチになったかのように、集まって来た使用人に対しその刃を向けた。
盗賊は複数人いた。彼らは人殺しの腕があるらしい、兵も皆やられてしまった。
このままではまずいと息子と書人を隠し、絶対に出てこないようにと約束をした。
剣を持ち、自ら盗賊たちに向かっていったが、妻を人質にされ、私と妻は殺された。妻は即死で、私はしばらく意識が残っていた。だが、立ち上がり剣を振るうだけの力は残されていなかった。
せめて、せめて息子と書人が生き延びることを願った。そうして、私はこの世を去った。
去ったはずだった。
書人の声がしたと思うと、私の意識が戻った。目の前にいたのは息子と書人だった。
盗賊が襲ってきた次の日は、書人の八歳の誕生日だった。
書人が八歳までに一年ごとに魔法を覚えていくのは知っていた。だが、まさか、まさか書人が死者を蘇らせる魔法を覚えるなんて思ってもいなかった。
書人の魔法は屋敷全体に包んでおり、使用人や兵たちも息を吹き返していた。ただ、死んでから時間が経ってしまった者は意識までは戻っていないように見えた。
自分たちが生き返ったことを息子は喜び、そして書人の能力に目を輝かせていた。いや、輝いていなかったかもしれない。
息子は、その日から狂ってしまったのだ。
身近な私たちがいなくなってしまうという恐怖から逃れられたことが変えてしまったのか、どうなのかはわからない。だが息子は人が死なないことは素晴らしいと言った。突然の死に悔いを残すこともない、残されることに涙する人もいない。
──だから、魔法を町全体にかけてしまおうと。
「自分勝手な考えだわ」
アランから話を聞いたロプはそう一言呟いた。
屋敷の玄関から応接室に通されたロプとジュスティの前にはお茶は用意されてはいない。まるで誰かから隠されるようにこの部屋に連れてこられた。
「その勝手な考えを押しつけられた住民は怒っていても、領主様は何も言わないと?」
「声が聞こえていないというのが正しいな。まあ、わかっているのか、日課だった散歩はしなくなったよ」
アランのその言葉にジュスティはふとラピュのことを思い出す。
「ラピュさんはその中でも散歩に行っているようですが」
「ああ、カシャに会いに行っているんだろう。ラピュがここに来てからの友人だからな。少しでも、彼女を癒やしたいと、謝罪したいと言って」
「謝罪ですか?」
アランはぎゅっと組んだ手を握りしめた。
「カシャは、この町が不死の町になって最初に死んだ人だったんだ。死因は病死でね。前々から苦しんでいたんだが、家族がいない彼女をラピュが何度も訪れて世話をして、私からも援助をしていた。だが、病気から救うことができず、命を落とした。だが、不死者となったカシャは死んでもその苦しみから解放されなかったんだ。身体が痛いと、ずっと苦しんでいた」
そのうち、カシャは殺してほしいと漏らしてしまったのかもしれない。ラピュが助けようとして手を出したのかもしれない。
アランには真相はわからないが、ラピュはカシャの身体を切り刻んだのだ。生きること等できない程にバラバラにした。どれがどの部分かもわからないぐらいに、切り刻んだ。そうすればカシャはもう痛みに苦しまないと信じていたのだろう。
だが、カシャはそのような身体になっても死ななかった。舌も喉も残っていないはずであるのに、悲鳴がカシャから聞こえてきた。
どうやっても死ぬことは許されない。それを皆が知ることになってしまった。
「カシャが生きているとわかったラピュは急いでカシャの元に戻り、カシャの身体を持って屋敷に戻ってきた。ラピュは、ジャンに頼んだのだ。魔法を解いてほしいと。不死者の魔法を使ったのはジャンだったから、ラピュが勝手に解けなかったんだ。だが、あの状態のカシャを見ても、ジャンは変わらなかった。生きているんだから、ラピュは寂しくないだろうと言っていた。……殴ってやりたいと思ったよ」
「……できないのですか?」
「魔法によって蘇ったからか、蘇らせた者を主と設定させられているのか、ジャンに手を出すことができなかったんだ。殴るつもりだったが、身体が動かなかった」
アランは悔し気に顔を顰めてみせる。だがすぐにその表情を消してロプに視線を向けた。
「そして、せめてとカシャの身体を繋げて人の形に戻したんだ。ラピュやジャンの傍にいれば痛みに苦しむことはないからカシャをこの屋敷に住ませるつもりでいたんだが、カシャはそれを遠慮して町の端っこに住んでいる。……あの辺には苦しみや痛みが強い者が集まっていてね。行くものではないよ」
昨日のことを思い出し、ロプとジュスティは思わず身体を震わせた。それに不思議そうに見てくるアランに何でもないと首を振ってみせた。
「それから、この町にいる弟と共にジャンに説得を続けていたんだが、ジャンはやはり聞く耳を持たなかった。弟が私に代わって他の町に助けを求めようと町を出ようとしたが、この町の住民は町から出られなくなっていた。この町はアペト王国と国境を挟んで隣ではあるが、レゲ王国内では端にある町に過ぎない。なかなか他者が来なくて困っていたが、君たちが来てくれた。だから頼む。ジャンを止めて欲しい。私たちにかかっている魔法を、解いてほしいんだ」
そう言ってアランは再度頭を下げた。偉い者がこうして頭を下げてくれるのは滅多にないことをジュスティは知っていた。
「いいでしょう。ラピュさんは聞いてる限りでは僕が探している書人のようなので、報酬としてラピュさんを頂けると有難いです。そうしてくださらないと、無理にでも奪わないといけなくなりますし」
「ラピュを大切にしてくださるなら、勿論いいですよ。……あの子は、ここに来る前は盗まれて酷い扱いを受けていた子のようなので」
「盗まれる? ……書人は図書院で育てられるのでは」
ジュスティの言葉にロプは頷いた。
「普通はそうよ。でも、たまにお金欲しさに図書院に忍び込んで書人を盗んでいく輩もいるの。すぐに貴族等に売られるのがよくあることだけれど」
「ラピュはどうやらしばらく商人の元にいたらしくて。どんな扱いをされたのかはわからないが、笑うことも泣くことも忘れていたんだ。……よくなったと思ったのに、まだラピュは笑うことができない。それをジャンは気づいていない。……こんなことを頼んで申し訳ないが」
「僕たちができるのはあくまで魔法を解くことだと思ってください。貴方の御子息とラピュさんのことまでは期待しないでください」
そう言ってロプが立ち上がろうとした時だった。
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