第6話-3 死霊書
ロプとジュスティは少女が歩いて行った方向に足を進める。途中で分かれ道があったが、ロプは呻き声が聞こえない方向を目指して歩いて行った。いつのまにか何も聞こえなくなり、そして町の端まで来たのだとわかった。
町の端には距離を開けて家が建っているが、その家は窓に板を打ち据えて中が見えないようになっていた。よくよく見れば家の外壁に何枚も板が打ち付けられていた。まるで何かを閉じ込めるためのように。
そんな家からさらに離れた家から人が出てきた。それは魔女と呼ばれた少女だった。少女は二人の姿を捕えたが、特に表情を変えなかった。あちらからは声をかけてこないだろうとロプは考え、少女に話しかけることにした。
「はじめまして。僕はロプ・ラズワルド。こちらはジュスティ・ガイラント。今日この町に来た旅人ですわ。お話を伺ってもよろしいかしら?」
そうロプが挨拶をすると、少女は裾の長い上着を摘みお辞儀をする。
「はじめまして、旅人、さん。ラピュ・トレークフライと言う」
「ラピュさんね。率直に聞かせてもらうけれど、貴女は書人なのかしら?」
「……そう」
「僕は書人を探して旅をしているの。貴女が探している書人か確認もしたいけれど、一つ質問よろしいかしら?」
ロプは首を縦に振る。それを見てロプは言う。
「今発動している魔法を解くつもりはないのかしら?」
ラピュは表情を変えなかった。しかしすぐにロプの問いに答えることは無かった。しばらく黙ってから、ラピュは首を横に振った。
「……これ以上、私に話すことは無い。帰る」
「そう。では、もしよければ領主様に、明日旅人が訪れることを伝えてくださいます?」
「……構わない」
そう言って、ラピュは去っていく。その背中を見つめていたジュスティはロプを見下ろす。
「主であれば、実力行使で魔法を止めて連れ去るかと思いました」
「流石にそんなことはしませんわよ。わかっているでしょう?」
「冗談ですよ」
「冗談が言えるほどには余裕が出てきているようでよかったわ。……さて」
ロプは先程までラピュが入っていた家に足を向ける。その家も何枚もの板が打ち付けられていた。それは他の家よりも頑丈にも見える。
ロプが扉を少し強めに叩くと、扉はゆっくりと開かれる。
「ラピュ? どうかしたの?」
そう言って顔を出した少女は、ロプの姿に目を丸くした。
出てきた少女は顔に包帯を巻き、身体も服で隠しており素肌は見えなかった。だが、包帯の隙間から覗く素肌には縫い目がある。
「ごめんください。僕は今日この町に来た旅人で、ロプ・ラズワルドって言います」
「旅人、さん? えっと、私はカシャって言います。その、どうかされましたか?」
「先程ラピュさんと知り合ったのですが、カシャさんはラピュさんとはお友達ですの?」
「えっと、そうです。……あの、道を間違えたのなら、あっちに行けば中心部に行けるので」
カシャと名乗った少女はどこか焦ったようにロプたちが来た方向を指さした。
「いえ、話を伺いたいだけなのです。ラピュさんとは古くからの関係ですか?」
「……っ、その、やることがあるので、すみません」
そう言って、カシャは扉を閉めてしまった。
「主」
「何かしらわかるかと思ったのよ。まさかあんなに拒絶されるとは思わなかったの」
そう言ってロプとジュスティがその家に背を向けて、町の中心部に戻ろうとした時だった。
「いああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
突如カシャがいる家から咆哮のような悲鳴が響いた。驚いた二人が足を止めると、カシャのいる部屋だけでなく、付近の家からも同じ様に悲鳴が聞こえてくる。最初は痛いと苦しいと、言葉がわかるような悲鳴が、ただの獣の咆哮のようなものに変わっていく。
何故あんなに家に板を打ち付けていたのか。それをロプは理解した。声が漏れないように隙間を埋めるようにしていたのだろう。それでも、彼らの悲鳴は抑えきれていないのだ。それだけの痛みが、今も彼らを襲っているのだ。
「あ、主……」
ジュスティがロプの肩を掴む。それに我に返ったロプは逃げるようにそこから離れていった。
翌日。突然でありながらも部屋を貸してくれた宿の主人に礼を言い、ロプとジュスティは領主が住む屋敷に向かった。
ロプの顔色が悪いのに気づき、ジュスティは案じるように身を屈めなんとか顔を覗き込もうとする。
「大丈夫ですか、主。あまり眠れてないですよね?」
「それは、貴方もでしょう。……さすがに、あれは堪えましたわ。姿が見えないだけマシだったのかもしれませんわ」
「しばらく頭から離れられないでしょうね。……領主様は、こちらの話を聞いてくれますかね」
「大変かもしれないわね。でも、僕たちの目的のためにも、ついでにこの町のためになるなら、なんとか止めないといけないわ」
そう言って、ロプは足を止め、ジュスティも少し遅れて足を止めた。目の前には他の町の建物よりも大きな屋敷がある。綺麗に掃除も行き届いている場所だが、どこか近寄り難さを感じてしまう。
だが、ロプは臆することなく、屋敷の敷地内に入る。大きな扉を叩けば、一人の使用人が扉を開けた。
「お客様、でしょうか」
「昨日この町に来たロプ・ラズワルドと申します。もしよければ、領主様にお目通りをお願いしたいのですがよろしいでしょうか」
ロプがそう聞くも、使用人は何も答えなかった。よく見れば使用人の目はロプを見ておらず、あらぬ方に向いている。口は半開きになっており、その肌の色は明らかに生気を失っている。
「おきゃ、お客、さ、おきゃ、なに、か」
先ほどまでとは違い、言葉にならない声を使用人は呟く。ジュスティは思わず扉の陰に隠れた。ロプが息を呑んでいると、使用人の背後から一人の男が近づいてきた。
「失礼、旅人さんと言ってたね。怖がらせてすまなかった」
その男性もまた顔色からは生きていると感じられなかった。緑色の瞳を持つ男は優し気な笑顔をロプに向ける。
「私はアラン・マラキット・レドンテ。この町の領主……いや、元領主だ。君は旅人さんといったね」
「……はい。ロプ・ラズワルドと申します」
昨日の女性の話を思い出した。元領主だと名乗ったこの男はもう亡くなっている人の内の一人だ。
ロプを迎えた使用人の背中をアランが叩くと、使用人はふらふらと屋敷内に戻っていく。
「すまないね。彼はこうして最初に人を迎える役をしていたから、先に命を落としたんだ。そのせいか人らしさがあまり残っていないんだ」
「……この町にかかっている魔法についてわかっているのですか?」
「ああ、すべてではないがな。君は、それを聞くためにきたのかい?」
「いえ、僕は書人を探して旅をしておりますの。ラピュさんが書人と聞きまして、こうして訪れました」
「そうか……それなら、頼んでも構わないだろうか」
アランはロプに向けて頭を下げる。それを見てロプは目を丸くし、隠れていたジュスティも顔を出す。
「我が息子……ジャンを止めてくれないか。このままでは、あの子自身も、ラピュも可哀想で見てられないんだ」
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