第6話-2 死霊書
「この町に用事があるのでしょうか?」
ロプとジュスティが町に近づくと、町の出入口を守る兵にそう聞かれた。ロプは頷いて見せる。
「ええ。旅の途中の休憩も兼ねて探し物を探しに。何か問題でもあるのかしら?」
ロプがそう聞くと、兵は悲しそうに眉を寄せた。
「あまりこの町に入るのは勧められません。……どうしても、入りますか? もう少し歩けばディナルターという村がありますし、離れてしまいますが、別の大きな町でも」
「いえ。この町に探し物があると確信しておりますの。そんなにいけないことかしら?」
ロプの視線を受けて兵は困ったように息を吐き出し、ロプを真っ直ぐに見つめる。
「この町は今呪われております。忌々しい魔女により、酷い有様に変わっております。できるだけ酷い有様を見せたくないのですが、それでも、入る覚悟はございますか?」
その言葉にロプは眉を寄せる。酷い有様、というのが想像つかないが、それ程引き留める状態なのだろうか。
ちらりと横にいるジュスティを見る。ジュスティもまた兵の言う酷い有様にぴんと来ていないのか、判断をロプに任せるように視線を向けていた。
「……ええ、どんな状態でも覚悟はできておりますの。入らせてもらってもよろしいでしょうか?」
ロプの言葉に何を言っても無駄だと兵は判断したのか、入り口を塞いでいた身体を横にずらした。
「それでは、どうぞ。レドンテへようこそ、旅人様」
兵の視線を受けながらロプとジュスティは入り口の門を潜った。潜ってすぐ、兵の言うことを体感することになった。
夕日に染まった美しい町だと思ったのだ。真っ直ぐに伸びる道は石を四角く削り出したもので埋められている。道の端に並ぶ建物も石と木材を組み合わせた家が並んでいる。
見た目はただ美しい町だ。だというのに、酷い異臭が二人を包み込んだ。鉄の臭いと、腐敗臭が混ざっている臭いだ。
「あ、主、なんでしょうこの匂い」
「……過去に嗅いだことはあるわ」
「あるんですか?」
「ええ……ただ」
ロプは何か思うところがあるのか言いよどむ。それを見てジュスティは首を傾げた。
「主? 言いにくいことですか」
「……そりゃ、貴方にとっては辛いでしょうからね。後悔しないなら言うわ」
「………………聞かないでおきます」
二人は臭いを我慢しつつ、人が居る場所を目指して歩き出す。だが、町の中心地に近づくに連れて、耳に何かの声が届く。何かの獣の唸り声にも似たそれにジュスティは肩をすくめ、ロプに近づく。
「あ、主……? 壁に囲まれていれば魔獣が入ってこないから安全ですよね?」
「……本来はそうだけれど、逆に言えば町にいる獣を外に出さないようにもしているのよね」
「や、止めてください主!」
「どちらにしろ、気をつけるに越したことはないわ。貴方の夢から何かあるのだけはわかっていたけれど、それ以上のことはわかっていないし」
そうロプが言った時だった。
「出て行け!!」
男性の声が響いた。
自分たちに言われたのだろうかとジュスティがびくりと身体を震わせるが、声の主らしき人の姿はどこにも見られなかった。
「あっちからね」
そう言ってロプは声がした方に向けて走り出す。ジュスティも少し躊躇ってからロプの後を追った。
しばらく走れば、先程まで見えなかった人の姿が現れ出す。住人たちは二人の姿に物珍しそうな視線を向けるが、その視線はすぐに元々向いていた方に向ける。その視線の先を目指してロプとジュスティは走った。
走っていくにつれて、人の怒声が増えていく。
「出て行け!」
「魔女め!」
「お前のせいでこの町は変わってしまった!」
老若男女問わず、皆が声を上げた。そしてその声を浴びているのは一人の少女だった。
色素の薄い長い髪を三つ編みに結んでいる。その顔はどんな感情も浮かべていないが、儚げな印象を与える、美しい少女だった。
少女はただただ無表情に住人たちの声を怒りを受け、その歩みを止める様子はなかった。
思わず足を止めたジュスティに少女の緑色の瞳が向けられる。その視線にジュスティは息を呑むも、少女は何も言わず視線をすぐにそらして歩いていく。
少女が離れていくと、住人たちも声を止め各々自分の住居らしい家に入っていく。
「あの、すいません」
ロプが近くにいた女性に声を掛けると、女性はロプの姿に目を丸くした。
「あら、もしかして旅人の方? レドンテへようこそ、歓迎したいのだけど……今はそれどころじゃなくて」
「町の入口の兵も言っておりましたわ。魔女に呪われていると……皆さんの言葉から察するに、先程の女の子が魔女なのでしょうか?」
「ええ。……旅人さんはお話が聞きたいのね? うちにいらっしゃいな。大通りにずっといるのはオススメしないわ」
「? わかりました。お言葉に甘えさせていただきますわ」
ロプは立ち尽くしているジュスティを呼び、その女性の家の中に入る。女性に椅子とお茶を勧められ、ロプとジュスティはお言葉に甘える。
「改めて、レドンテへようこそ、旅人さん。本当はもっと美しい町なのよ。今は、こんなだけれど」
「僕たちはこの町には初めて来ましたの。……変わってしまったのはあの子のせいなのでしょうか?」
「ええ、そうよ。あの魔女が、この町をおかしくした。私たちはもう、この町から出られなくなった」
どういうことだ、そうジュスティが聞こうとするも、耳にまた先程も聞いた唸り声が聞こえてきた。それも一つではない、いくつもいくつも、家の外から、どの方向からも聞こえてくる。ジュスティの様子に気づき、女性は苦笑する。
「そうよね、恐ろしいわよね。この声」
「え、えっと、この声は一体?」
女性は一度お茶を飲んでから、口を開く。
「あの声はこの町の住人たちの声よ。先ほどまで魔女に声を上げたものもいれば、自分の姿を見せたくなくて家に篭っている人の声。大丈夫よ、ちゃんと人の声なの」
「人の、声ですか? こんな唸り声を出すなんて、どこかお身体が悪いのでは」
「ええ、悪いわ。良いとは言えないの。何せ」
女性は悲しそうに笑う。
「もう死んでいるはずなのだもの」
「え?」
女性の言葉にジュスティもロプも同音を発する。
「怪我で致命傷を負った者、病気で苦しんだ者、それらで亡くなってもおかしくないというのに……。この町の人間は皆、死ぬことができなくなってしまったの。あの魔女のせいでね」
「……所謂、不死身という奴ですか?」
「そうね。ただの不死身だったらいいのだけれど、死ねないだけで痛みや苦しみはずっと身体に訴えてきているの。それが辛くて、皆ずっと唸っているわ。私はまだ生きているけれど、皆を見ていたら外に出ることも怖くなってしまったわ。皆も、同じ気持ちなのか外に出なくなってしまった」
町に入った時に人に会わなかったが、近くの家には誰かがいたのかもしれない。家の中で苦しみに呻いていたのかもしれない。そう気づいたジュスティは思わず口を手で覆った。
ロプは少し考えてから女性に問う。
「魔女のせいと仰いますが、彼女は突然この町にやってきた人物なのでしょうか?」
「いいえ、あの魔女は十四年程前に当時の領主様が現領主の御子息・ジャン様に与えた者。確か……書人だと自慢げに私たちに言っていたわ」
書人の言葉にジュスティはロプを見る。ロプは女性から目を逸らさず、続きを促した。
「十四年前はこのようなことをする魔女ではなかったのでしょうか?」
「ええ、あの頃はジャン様に引っ張られて駆けまわる、無表情な子供でしたわ。書人だと言われていたけれど、私たちと何が違うのかもわからない子だったわ」
「では、町のこの状況はいつから?」
「十一年程前よ。領主様の屋敷に盗賊が入り込んで、見つかった盗賊は領主様たちを殺したの。使用人も兵も全員。残ったのがジャン様とあの魔女だけだったわ。そのはずだったのに、領主様たちは死んでいなかった」
領主たちは生きていた。不死者となっていた。
それと同時に町の人たちも不死者となっていて、ジャンから書人には不思議な力があると聞いていた町の人たちはあの少女の仕業だと確信した。
そう女性は説明してくれた。
「それで、不死者となった人は普段は痛みに苦しんでいるのだけれど、魔女が近づけば痛みは消えるのよ。でもあの魔女は別にずっと私たちの傍にいるわけじゃなくて、あの時間に散歩するようにやってくるの。少しだけ痛みを忘れさせるだけなら、いっそ殺してやってくれないか思うのだけれどね」
「現領主に訴えることはできないのですか? その魔法を解くようにと」
ジュスティが聞くも、女性は首を横に振った。
「駄目なの。ジャン様はどうしてか呪いを解くことをしない。……前から魔女を溺愛していたジャン様だから、あの魔女の言いなりになってしまっているのかもしれないわ。元々のジャン様は私たち町民に差別もせず対等な者として接してくれる方だったの。あの魔女がジャン様を変えてしまったに違いないわ」
ロプは少し考えてから、椅子から腰を上げた。
「お話、ありがとうございました。この町の状況をよく知ることができました」
「それはよかったわ。……旅人さん、貴方たちはこの町で死んだりしないように気をつけてね」
「ええ……そちらも」
そう言ってロプとジュスティはその家から出た。
外に出ると家から漏れ出る呻き声がはっきりと耳に入ってくる。陽が沈んだことも相まって不気味な雰囲気を町が纏っている。
ジュスティは震えてしまいそうな足を叱咤するように腿を叩き、ロプを見る。
「主、どうしますか? あの少女が書人である事は間違いないようですが」
「……そうね。とりあえず、あの子が行った方向に行ってみましょう。何も目的もなく人に怒声を浴びせられながら歩くことはないでしょうし」
そう言って、ロプは辺りに視線を向ける。どこの家からか、どこの家からもか、唸り声は聞こえてくる。さらに耳をすませば痛みを訴える声も聞こえる。
「ジュスティ、僕はこの町に入った時、臭いが戦場のようだと思いましたの。でも」
ロプは悲し気に目を伏せる。
「ここは戦場よりも悲しいものね」
何せ、死を許されず、痛みと共に生きることを強要してくるのだから。
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