第6話-1 死霊書

 その場所は見ただけであれば幸せな空間だった。

 大切な人たちが皆揃っていて、美味しいものも食べられて、温かい布団に包まって眠ることもできる。

 幸せだ。幸せであるはずだった。

 それなのに何故、外からは人々の嘆く声が聞こえてくるのだろうか。何故、こんなにも悲しみが心を覆うのだろうか。何故、すぐそばにいる人の顔が見れないのだろうか。

 わかっているのだ。目を背ける自分が怠惰だということを。




 アペト・アルムスオルス王国の隣国、レゲ・フラーテウス王国に入ったジュスティは思わぬところで国の違いを体感していた。

 国境にある山を越え、しばらく歩いてからジュスティは口を開いた。


「主、とても歩きやすいですね」


 アペト王国の道は草木を退かし簡単に足で踏み固めただけのものであった。おかげで雨が降ったりすると泥濘、場所によっては沼となる。レゲ王国に入ると土の道であることには変わらないが、しっかりと押し固められており、石もちゃんと除けられているのか凸凹もなかった。


「もう少し先に行けば、石を敷き詰めた道に変わりますわよ。もっと歩きやすくなるわ」

「へぇ。アペト王国と違うんですね」

「アペト王国が自然を壊さないのを意識しすぎてるのよね……。だから、レゲ王国は貴方にとって珍しいものばかりだと思うわ。あまりはしゃぎすぎないようになさい」

「は、はい」


 ジュスティが頷いたのを見て、ロプは薄く笑う。それから目の前を見て、指を指した。


「ジュスティ、あれがレドンテという町ですわ。レゲ王国の中でも大きい町の一つですわ」


 ロプの指した方を見ると、確かにそこに円を描くように建物たちが集まった場所がある。町は石の壁で囲まれているようで、ジュスティは首を傾げた。


「町を囲ってるんですか?」

「ああ、アペト王国ではなかったわね。それこそ、魔獣が襲ってこないために町を守る城壁ですわ。高さもあるから、魔獣は中に入れず、町の住人を守れるの」

「へぇ……ってことは、レゲ王国では魔獣はよく現れると?」


 魔獣に追われたのを思い出したのか、ジュスティの顔色が些か青く染まる。それを見てロプは目を細めた。


「そうですわね。アペト王国よりは多いわ。でも、城壁はただ魔獣を防ぐだけじゃないわ。ああやって壁で囲い、出入りできる場所も限られているから、中に入る者を管理できるの。咎人や盗賊が入ったら大変でしょう?」


 そう言ってからロプは空を見上げる。日は既に西に向けて傾いているのが見えた。


「折角町が見えているもの、早く行って宿に泊まりましょう。安心できる場所で一息つきたいでしょう?」


 それに、とロプはジュスティの腕を叩く。


「あの町に近づいて貴方が見た夢、気にもなるでしょう?」

「は、はい」


 足を速めたロプの背中をジュスティは追う。しかしその頭の中は夢のことでいっぱいだった。

 幸せな場所にいながら悲しむ、そんな状況にいる彼もしくは彼女は一体どう生きているのだろうか。

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