第5話-5 書人は純粋なのか

 トオシンの町中にやってきたロプはすぐに宿で部屋を借りた。昨日もやってきたロプたちを宿の主人は覚えていたらしく、声を掛けてきた。


「昨日はすまなかったね。結局他に宿は取れなかったかい?」

「ええ。でも、リアトリスという方の屋敷に泊めさせていただきましたので野宿は避けることができましたわ」

「リアトリス様……ああ、あの方か」


 宿の主人の言葉にはどこか悲し気な色が見える。それに気づき、ジュスティが首を傾げた。


「リアトリスさんに何かあったのですか? 元気そうな様子でしたが」

「いや、あの人は元町長の奥さんだったけれど、昔娘さんを亡くしてからおかしくなってしまったんだ。元町長も、今の町長の息子さんも頑張ったんだが、リアトリスさんを元に戻せず、離れて暮らさざるを得なくなったと聞いているよ」

「……そうだったんですか」


 2人はそれ以上を聞くことはせず、借りれた部屋に向かった。

 部屋の中のベッドに身体を沈めたロプを見ながら、ジュスティは割り切れない様子で口を開いた。


「主、なぜ1023ちゃんにナイフを返したんですか? リアトリスさんのしたことは許せませんが、1023ちゃんが人に危害を加えることを良しとしたのは、小生にはわからないです」

「……ジュスティ、1023さんは何故あの時外にいたのでしょう」


 質問に質問で返されてジュスティは眉を寄せた。


「あの時とは……小生たちと初めて会った時ですか?」

「ええ。あの子は外に出る必要はなかったでしょうに何故あの場所にいたのかしら」


 言われてみれば確かに不思議だ。しかも夜の時間になぞ、用事もないはずだ。


「……頼まれごとをされたとか?」

「もしかして、逃げようとしてたんじゃないかと、ちょっと思ってしまったの。あの子は既にリアトリスによって仲間が殺されていることを知っていたみたいだったから、自分もそうならないようにって。それを、僕たちの困ってる顔を見てやめてしまったとね。……もう確認はできないことですけれど」


 その言葉にジュスティは息をつめた。自分たちのせいで、1023はリアトリスから逃げ出せなくなった。逃げられないのならば、殺される前に殺す。そう決意したから、1023はナイフを持ってあの部屋に向かったのか。

 ロプはため息をつき、両腕で顔を隠した。


「1023さんの邪魔をしてしまったのなら、1023さんが選んだ道を返してあげようと思ったのよ。それが、彼女の髪を汚す行為になってしまっても、彼女がそれを選ぶなら僕たちがそれを止める権利はないわ」


 ジュスティは反論をしようと口を開けたが、言葉は出てこなかった。何度か開閉を繰り返した後、口を閉ざし、もう一つのベッドに身体を倒した。




 翌日、トオシンの町から少し離れた道でギニーと再会した。ロプは隠すことなく真実を伝えるとギニーはセンちゃんがもう亡くなっていることに涙するが、残っている書人が心配だからすぐに屋敷に向かうという。


「ロプさんたちを乗せていけなくて申し訳ない。流石にお2人も、また戻りたいとは思わないでしょうし」

「お気になさらず。僕たちは大人しく自分たちの足でレゲ王国に向かいますわ」


 ロプの言葉に後ろにいるジュスティも頷いた。


「ギニーさん、他の書人たちをお願いします」

「勿論。信用できる方に渡るように努力します。……先程も、ラモレー町で優しそうな方に書人が渡りましたからね。任せてください」

「そうなんですか。ラモレーで?」

「ええ。なんでも、最近書人に出会って、久しぶりに書人と暮らしたいと思ったのでちょうどよかったと言ってくださいました。当初依頼を貰った方はもういなかったので無駄足になるかと思いましたが、有難いことです」


 ジュスティはそんな人がいたのかと首を傾げている横で、ロプは何かがわかったのか深く頷いた。


「それはよかったですわ。ギニーさんの目に任せますわ」

「ありがとうございます。では、お2人とも、良い旅を!」


 そう言ってギニーは手綱を操り、トオシンに向かって馬車を進めた。

 それを見送ってから、ロプはジュスティを見る。


「さて、これから国境を越えるわ。アペト王国よりも書人の認知度は上がるけれども、このような事件がなくなるとは限らないわ。もし嫌なら本の姿でいてもいいけれど」


 ロプの言葉にジュスティは首を振った。


「いえ、構いません。……逃げる方が小生は嫌です」

「他人を気にせず旅をする方が楽ですわよ?」

「困ってる人を無視するのも嫌ですね……」

「全く、我儘ね」


 ロプはそう言って微笑する。


「でも、そこが貴方の良い所なんですわね」


 その眼差しは眩しいものを見つめる時のようで、ジュスティは不思議そうにその目を見つめ返す。


「えっと……ありがとうございます?」


 礼を言うタイミングではないと思ったが、それ以外に言葉は思いつかなかった。

 そうして2人は、次の町へ向けて足を踏み出した。



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