第5話-3 書人は純粋なのか

 食事をご馳走になったロプとジュスティはその後1023に屋敷の中を案内された。


「たくさん部屋はありますが、ほとんどが空き部屋です。好きに入っても構いませんよ。でも、この書庫だけは入らないようにお願いします」


 1023はそう言って、装飾もない茶色い扉に手を当てた。その扉を見てロプは首を傾げた。


「ここはプライベートな部屋ということかしら?」

「いえ、元々は書庫だったんですが、今は空の本棚が並んでるだけです。でも、窓もない部屋なので入らせるのも恥ずかしいと主が仰っていまして」

「ああ、それだけなのね」


 ロプがそう頷いたのを見て、1023は歩き出す。そうしてしばらく歩き、目的らしい部屋の前にたどり着いた。


「こちらがロプさんのお部屋で、その隣がジュスティさんのお部屋になります。何かあれば部屋にあるベルを鳴らしてください」

「ありがとうございます。……ジュスティ、まだ話がありますのでこっちの部屋に来なさいな」


 自分に与えられた部屋に入ろうとしたジュスティをロプが止める。ジュスティは渋々とロプに近づいた。

 2人が部屋の中に入ろうとするも、それを1023の声が止めた。


「あ、あの。主との会話が聞こえてしまったんですけど、お2人はセン姉ちゃんを知っているんですか?」

「……いえ、詳しくはありませんの。ギニーという商人から様子を確認して欲しいと頼まれただけですわ」

「ギニーさんにですか!?」


 ギニーの名前に1023は嬉しそうに顔を輝かせた。それを見てジュスティは首を傾げる。


「もしや1023さんも、ギニーさんのところで商品になっていた書人ですか?」

「はい、そうなんです。ギニーさんの元にいた頃からもセン姉ちゃんとは仲良くしてもらってたんです」


 懐かしそうに目を細めながらそう言う1023に、ロプは少し考えてから、彼女の手を掴む。


「もしよければ、座ってお話してくださらない? センという書人について聞いてみたいわ」

「もちろんいいですよ! 私なんかでよければ」


 1023の言葉にロプたちは部屋の中に入っていく。部屋は3人が入ったぐらいでは狭いとは感じられない部屋だった。広くてふかふかしていそうな寝具に飛び込みたい気持ちを抑えながら、ロプは用意されているソファに座った。こちらもなかなかふかふかしていて、ここでも十分な睡眠がとれそうだ。

 ロプは1023にも座るように促す。1023はジュスティを見るが、ジュスティは座る様子はなかった。1023は申し訳なさそうにしながらも空いていた椅子に座る。

 一応ロプの隣が空いているが、ジュスティは座る様子が無かった。


「僕たちはギニーさんからセンちゃんの様子を見てきてほしいと言われていましたの。数日後に彼がこの町に来るから、センちゃんの様子によっては再会するかどうするかを決めたいと仰っていましたわ」

「そっか。ギニーさんはセン姉ちゃんを特に可愛がっていましたから。後々で商人らしくないとか後悔してる姿をよく見ました」

「そんなに可愛がっていたんですか」

「はい。1000人目の特別な子だからとは言ってたけど、セン姉ちゃんはとても優しい人だったから可愛がってたのかもしれないです。私は途中でギニーさんの兄弟の商人さんのところに移ったので、最近のセン姉ちゃんには会えてないんですけど……」

「え、この屋敷で再会できたんじゃ?」


 ジュスティが聞くも、1023は首を振る。


「私が今の主に買われたときにはもうセン姉ちゃんはいなかったんです。でも他の子に聞いて、セン姉ちゃんがいたということだけは知っています」

「あなたが来た頃には、もうセンちゃんは8歳を迎えて魔導書の姿から変われなくなったということね。……僕は8歳を越えても人の姿をとる書人を多く見ているけれど、この屋敷では8歳を越える子は一人もいないのかしら」

「はい。……8歳の誕生日を迎える子が主に呼ばれて、それから会えなくなった子が多いです。主には人の姿にとれなくなることを察知できるから呼んでいるとは聞いてます」


 ロプとジュスティは目を合わせる。

 1023が何か言おうとしたが、扉がノックされた。ロプが返事をすると、幼い書人が顔を覗かせる。


「しつれいします……。あ、ここにいた。ニミ、もどらないから主が探してるよ」

「あ、そうだった、ごめん。ロプさん、ジュスティさん。私はこの辺で。お邪魔してしまい申し訳ありませんでした。ゆっくりお休みください」


 そう言って1023は呼びに来た書人と一緒に部屋から離れていった。戻って来る足音が聞こえないことを確認してから、ジュスティは口を開いた。


「主、明らかに怪しいですよね」

「そうね。でも、だからと言って僕たちが詳しく調べる必要もないでしょう。僕たちには関係ない事ですから」

「でも、主が探している書人がこの屋敷にいたらどうするんですか」

「……それは、ないでしょう。ここに来る前に貴方が見た夢はいつもの悪夢でしたし、今夜見たとしても僕たちがここに関わってしまったから見る夢でしょうし」

「…………」


 ジュスティは納得していない様子だったが、それ以上言葉は出ない様子だった。ジュスティの様子にロプは肩をすくめる。


「そんなに他人を気にしすぎていたら、後々苦労しますわよ。……さて、この話はおしまい。もう寝ましょう」

「わかりました。では、おやすみなさい」


 そう言ってジュスティは部屋を出て、自分にあてがわれた部屋に向かって行った。

 ジュスティが出て行ってからロプは自分の部屋の扉に鍵をかける。窓も施錠されているか確認し、外から見えないようにカーテンを引いてから安心したように息を吐き出した。着ていた服を脱ぎ、軽装になってからベッドに身体を沈めた。


「……悪いわね、ジュスティ。でも、僕にはそんなことをしている余裕はないの」




 そこは明かりが入らない部屋だった。壁は本棚で埋められているが、その本棚には本は一冊も入っていなかった。

 ランタンの明かりしかないその部屋で、紙を裂く音だけが響いていた。

 目を凝らすと部屋に血塗れの女がいた。彼女は何かに取りつかれたように、手に付着した血が紙を染めることを意に留める様子もなく、本のページを裂いている。

 その女を、ジュスティは知っていた。



「……っ!」


 飛び起きたジュスティは荒い呼吸を繰り返す。しばらくしてやっと呼吸が落ち着いた。

 夢で見た女の顔を思い出し、身体が震える。

 見る夢は全て未来で起きることだ。だとしても、彼女の行動は未来だけで行われた事ではないのではないかと、予想してしまう。


「なぜ、リアトリスさんは……」


 そこまで言いかけた時、扉がノックされ開かれる。


「ジュスティ、起きていますか?」

「あ、主? 返事を待ってから開けてくださいよ」

「まさか鍵をせずに寝ているとは思わなかったのよ。それより、何か夢は見たかしら?」


 ロプの問いに、ジュスティは少し考えてから、見た夢の内容を伝えた。それを聞いたロプはふむ、と考え込むように顎に指をあてる。


「空の本棚……、昨日1023が言っていた、入るなという部屋のことかしら」

「可能性はあるかと。……リアトリスさんの行動は、小生にはわかりません。何故、本をあんなふうに破くのか……」

「理由は僕たちが知ることではないわ。ただ、書人がそんな扱いを受けていると知ってしまっては、貴方は黙ってないでしょうね」


 ロプがため息交じりにそう言う。その事にジュスティは目を丸くした。


「わかりますか?」

「貴方の性格は大体把握しているわ。書人でなくとも気にしてしまうでしょう。僕としては、無視したいけれど、ずっとそれを引きずられては困るわ」


 ロプはジュスティの胸を叩いた。


「僕はとりあえず手伝いをするだけですわ。それを覚えておきなさい。真実を知って、それ以上のことはしないわ」

「わ、わかりました」


 ジュスティが少し申し訳なさそうに眉尻を下げて頷くのを見て、ロプは苦笑を浮かべた。しないと決めていたのに、結局他人に関わることになってしまった。自分はジュスティのような他人にも優しい者に甘いと改めて認識してしまう。




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