第5話-2 書人は純粋なのか
2人がトオシンの町に辿り着いた頃には既に日が暮れていた。
2人がかりで今日泊まれる宿を探したが、どこの宿も満室であった。
「まあ、国境に近い町ですし、想像はついておりましたけど、一人用も全く空いていないとは思いませんでしたわ」
困ったようにロプはため息をつく。
町の中心地にある公園にいるのは2人だけで、町人たちは皆すでに家に帰っているようだ。この時間でもやっている食事処にも顔を出したが、客は全てロプたちと同じような旅人や観光客ばかりだった。住民に頭を下げて泊めてもらうこともできないようだ。
「どうしましょうか。町から出て野宿しますか?」
「そうするしかありませんわね。明日であれば空くと言っていた宿もありましたし、今日だけ我慢しましょうか」
そう言ってロプとジュスティが公園を後にしようとした時だった。
「あ、あの……」
背後から声を掛けられ、2人は驚いて振り返る。木に隠れるように1人の少女が顔を覗かせているのが目に入った。そしてその少女の真っ白な髪の毛にロプは目を丸くした。
「旅人さん、泊まる場所が無くてお困りですか?」
「え、ええ。そうですが」
ジュスティの言葉に少女は笑顔を見せ、木の裏から出てきた。
「もしよければ、私が仕えている屋敷に泊まりませんか? 今日は客人は来ていないし、主に頼めば快く許してくれますよ」
「え、いいんですか?」
「はい。困っているなら見過ごせません」
「どうします? 主」
ジュスティに問われ、少し考えたのちにロプは頷いた。
「では、ここはお言葉に甘えましょう。僕はロプ・ラズワルド。こちらはジュスティ・ガイラントですわ。僕たちは旅をしておりますの」
「ロプさんとジュスティさんですね。私は1023と呼ばれています。では、屋敷まで案内しますね」
そう言って歩き出した1023の後ろをロプとジュスティがついて行く。
「1023……それが名前、ですか?」
「本名はちゃんとあるんですけど、商人さんからそうつけられてから主の元についた後もこの名前で定着しちゃって。呼びにくければニミって呼んでもいいですよ」
「……いえ、1023で大丈夫ですわ。貴女は、書人ですわね?」
ロプの言葉に1023は目を丸くする。
「書人を知っているんですか? あ、いや、旅人さんでも知ってる人はたまにいるんですけど、珍しいなって」
「僕は書人を探して旅をしておりますから」
「それは、ちょうどいいかもしれません」
そう言って1023は足を止め、2人のほうに身体を向けた。
「主の住む屋敷にいる使用人のほとんどは書人なんですよ。だから、もしかしたらロプさんが探している子もいるかもしれません」
その言葉にロプとジュスティは顔を見合わせた。
「使用人の全てが、書人ですって?」
「ええ。主は書人を集めるのが趣味らしく、皆集まってますよ。それが珍しいと来てくださる旅人さんもいるくらいですし」
「集まっているって、図書院と同じような様子だということでしょうか」
「そうですね。私は、図書院にいた期間が短かったらしくて、図書院とは比べられないですけど」
そう言って再び1023は歩き出した。ジュスティとロプは1023に聞こえないように声を潜める。
「そういうこともあるんですか?」
「個人が、というのは僕も初めて聞きましたわ。でも、ギニーさんがお得意様と言っていたし、よく書人を買う人なのでしょうね。彼女も、名前が番号ってことは、ギニーさんの商品だった可能性もありますわ」
ロプはそう言ってから肩をすくめる。書人を購入しようとすればかなりの金額になる。沢山の書人を集めているのならどれだけの金持ちなのだろう。
しばらく歩き、1023が仕えている屋敷に辿り着いた。そして、その大きさにジュスティは上を見上げ、開いた口が塞がらなくなっていた。ロプは思った通りだと目を細め、1023を見る。
「貴女の仕えている人は、この町を治めている貴族だったのね」
「正しくは、前町長の奥様だと聞いてます。今の町長である息子さんとは別で暮らしているそうですよ」
「そうなの。貴族って家族と離れて暮らすことが多いわね」
そう会話しながらロプと1023は屋敷に向かって行く。しばらく呆けていたジュスティはそれに気づき、慌てて2人の後を追った。
屋敷の中に入ると、何人かの白髪の子供たちがいた。子供たちは扉を開けて入ってきた1023を見て目を輝かせた。
「ニミおかえりー!」
「おかえりなさい。……あれ、お客さん?」
「旅人さんだよ。泊まる場所がなくて困ってたの。主は?」
5人ほどの子供たちに囲まれて1023が優しく微笑む。その様子を見ていると、近くの扉が開き、一人の初老の女性が顔を出した。
「騒がしいようだけれど、どうしたの?」
「あ、主。散歩に行ってたニミが旅人さん連れてきたの」
1人の子供の言葉に女性は1023に視線を向ける。1023は女性に笑顔を向けた。
「泊まる場所が無くて困っていたんです。もしよければ、ここで泊めてあげたいのですが、よろしいでしょうか」
しばらく無表情で1023を見つめていた女性だったが、その表情が柔らかくなる。
「そうだったのね。人助けができるなんてとてもいいことよ」
そう言ってから女性はロプとジュスティに近づく。
「旅人様、初にお目にかかりますわ。私はこの子たちの主であるリアトリス・ベイリーと申しますの。泊まる場所がないのであれば、こちらでお部屋をご用意いたしますわ」
「ありがとうございます。僕はロプ・ラズワルド。こちらはジュスティ・ガイラントと申します。今日はお言葉に甘えさせて頂きます」
リアトリスが差し出した手をロプが握った。リアトリスはすぐに書人たちに指示を出し、指示を受けた書人たちは動き出す。そんな書人たちを眺めてから、ロプはリアトリスに視線を戻した。
「1023から聞いていましたが、書人を集めているのですね」
「ええ。人間にない書人の美しさに惚れ込んでしまいまして。書人を扱う商人が来たらついつい買ってしまって、大所帯になってしまうのですわ」
「その商人とは、もしかしてギニーという商人でしょうか?」
「あら、お知り合いですの?」
「今日街道で知り合ったんです。それで、僕たちがトオシンの町に行くと知ると、彼が目をかけていた書人を探してほしいと言われてました。1000という番号が振られていたそうですが、この屋敷にいましたか?」
ロプの問いにリアトリスは懐かし気に目を細める。
「ああ、1000は確かに私の屋敷におりましたわ。ですが、もう人の姿がとれなくなり、他国の図書院に寄贈したのですわ。私には魔導書は必要ないですし、読む方がいるかもしれない場所にいる方が彼女の幸せだと思いましたので」
「……そう、でしたか」
そのことを聞けばギニーが残念がるだろう。せめてどこの国の図書院に寄贈したか聞こうとしたが、ロプの言葉を遮るように書人の1人が近づいてきた。
「主様、夕食の準備ができました」
「わかったわ。ロプさんたちもいかがかしら? それとも、食事は済ませていまして?」
「いえ、宿を見つけてから食べる予定でしたのでまだ食べてません」
「では、ちょうどいいですわ。いつも1人で食べていますので、よければお付き合いお願いしてもよろしいかしら?」
「お邪魔でなければ是非」
ロプの返答にリアトリスは嬉しそうに微笑んで食卓へ案内する。
すれ違う人も、料理を運び飲み物も提供するのも全員が白髪の書人ばかりだ。ロプは水を一口飲んでからリアトリスに問う。
「ここにいる書人は皆、白い髪のままの子が多いですね。8歳以上の子はいないんですか?」
書人は生まれた時は白い髪を持っている。そして8歳を迎えると根元から色が染められていくのだ。
「ええ、そうですね。8歳を迎えた子は皆、人の姿をとれなくなりましたの。皆魔導書の姿のままとなり、1000と同じように他国の図書院に寄贈しましたわ」
「……皆が、ですか?」
「ええ。そうですわ」
ロプは表情を変えなかったが、ジュスティは眉間の皺を増やした。
確かに、8歳から15歳までの期間で人の姿をとれなくなることはある。だが、8歳というまだ幼い歳で人の姿をとれないというのはロプもジュスティもあまり聞いたことがなかった。
何かあるのではないだろうか。そう疑惑を抱えながら、食事会は開かれた。
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