第4話-7 図録

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 アンドレアスから語られた内容は、信じられない物だった。

 ジュスティは想像してしまったのか部屋の隅で嘔吐し、カランは顔を赤くして両手を握りしめていた。

 マリーは逃げる様子も、顔色を変える様子もなく、ロプと同じように黙ってアンドレアスの話を聞いていた。


「そして……8歳の時に不死魔法を覚えました。死にたく、なかったから」

「……そう」


 ロプは一度目を閉じてから開き、アンドレアスに笑みを向ける。


「あなたは僕の探していた書人の一冊のようですわ。あなたをそのスピンから引きはがして、あなたを求める人に渡そうと思いますけど、よろしくて? あなたをこんな姿にした人の傍にあなたがいたいと願うかしら?」


 その誘いにアンドレアスは驚いたように目を見開いてロプを見る。アンドレアスより先に口を開いたのはマリーだった。


「その子を連れて行くなんて許さないわ! ……でも、代わりにあなたの書人を交換してくださるならその子を連れて行ってもいいわよ。アンドレアスの魔法を失うのは痛いけれど、新たな書人、しかも年齢が高いなんて、研究のし甲斐があるわ」


 マリーの言葉にカランが目を吊り上げ、マリーに向かって拳を振り上げる。だが、その拳はマリーに届かなかった。

 カランが動くより先に、ロプが動いていた。

 マリーより小さな身体を飛び上がらせ、回転で勢いづけた拳でマリーの頬を殴ったのだ。

 マリーは受け身をとることもできず、床に倒れ込む。

 綺麗に着地したロプは翻ったスカートの裾を直し、倒れ込んだマリーに笑顔を向ける。


「誰がお前なんかにジュスティを渡すか」


 笑顔とは裏腹に、その言葉には怒りを隠す様子は見られなかった。

 ロプの行動と言動に手を振り上げたままのカランと部屋の隅にいたジュスティが驚いて固まっている。

 だが、マリーが倒れた拍子に床に転がってしまったアンドレアスに気づき、ジュスティが慌てて駆け寄って抱き上げた。


「アンドレアス! 大丈夫か?」

「……大丈夫だよ。ジュスティ、久しぶりだね」


 アンドレアスがジュスティを覚えていたことにジュスティは驚き、その瞳から耐え切れなかった涙がこぼれる。

 その涙を受けてアンドレアスは苦笑しながらも言う。


「ロプさん、彼女は俺のスピンなんです。これ以上の暴力はやめてくださいね」

「……わかったわ」


 ロプは両手を挙げてマリーから離れた。

 アンドレアスがマリーを見ようとしているのに気付き、ジュスティはアンドレアスの首をマリーに向けた。それに礼を言ってから、アンドレアスはマリーに向かって言葉を発した。


「俺はもう、マリーの求める知識は渡せないよ。これ以上、俺がマリーのそばにはいられない。マリー、もうこれ以上知識を食べるのは駄目だよ」


 そう言ってからアンドレアスはロプに視線を向ける。


「俺はあなたと一緒に行きます。俺を求める人の元へ。……ただ、この姿にはなりたくないから、ずっと本の姿でいさせてもらえますか?」

「ええ。あなたが望むならそうしますし、依頼者にもそう伝えますわ」


 そう言ったロプがアンドレアスに手を伸ばすと、アンドレアスは魔導書の姿に変わった。

 マリーが何かを言おうとしたが、それをカランが遮る。


「マリー。魔導書とはいえ、人に対しての行動は目に余る。そして、俺はお前を誘拐と殺人犯として、町長たちに全てを伝える。……俺はこれ以上、お前を庇う事はできない」


 そうして、カランはその部屋から出て行く。ジュスティとロプが続こうとしたが、マリーの声がそれを遮った。


「なんで、私は間違ってなんかない! 知識を求めるのは、当たり前のことなんだから仕方ないじゃない! それに、何かを犠牲にしなければ得ることが出来ないものだってあるでしょ! 私の研究が新しいものを与えるのよ! 書人を返しなさい!」


 ジュスティが足を止めようとするのをロプが背中を押すことで遮る。

 ロプはマリーを振り返って視線を向けた。


「あなたの研究、書人を調べるのは興味深いことですわ。犠牲がなければ知ることはできない、得る物はない、その考えは賛成いたします。けれど、あなたの知ったことは、書人が身近にある国ではもう周知のことばかりですわよ。そんな知識でお腹が膨れるのなら、外に出て知識を貪った方がマシではなくて?」


 その言葉にマリーの顔色が変わる。ロプはマリーに背中を向けた。


「……もっと世界を見なさいな。図鑑や書人じゃ知れないものばかりよ」


 そう言って、ロプは部屋の扉を閉めた。





 翌日。町の宿に泊まっていたロプは、アンドレアスの本に黒いブックバンドを十字につける。部屋の掃除をしていたジュスティはそれを見て首を傾げた。


「ブックバンドをつけるのですか?」

「ええ。僕以外の人が勝手にアンドレアスの魔法を使わないようにするためのものですのよ。こうすれば、簡単に人の姿になることもできなくなるのよ」


 そう言ってロプは常に肩からさげている革の鞄にアンドレアスを入れた。

 本が一冊程しか入らなそうな大きさの鞄だが、覗き込むと真っ暗な空間だけが見える。


「あれ、これ小生の収納魔法ですか?」

「違うわ。書人の依頼主が用意したもので、ジュスティの魔法とは違って本とお金しか入らないようになっているの。貴方の収納魔法のほうが便利よ?」

「そ、そうですか」


 褒められたことにジュスティは嬉しそうに頭をさする。それから何かを思い出したのか、笑顔をロプに向けた。


「……どうかされたのかしら?」

「いえ、マリーさんが交換して欲しいって言った時、主の口調がいつもと違ってたのを思い出してしまいまして」

「あー……あれは忘れなさい」


 そう言ってロプは顔を隠すように背を向けた。

 忘れろと言われても、忘れられることはないだろう。

 いつもの口調を崩して怒りをみせたロプの姿は、ジュスティを大事にしているのだと感じられるものだったのだから。

 ジュスティによる部屋の掃除も終わり、掃除道具を仕舞った頃に扉がノックされた。ロプが返事をすると、中に入って来たのはカランだった。


「おはよう。宿泊予定が今日までって聞いたから、早めに町を出るかと思って来たんだ」

「おはようございます。後程ご挨拶に向かおうと思ってたのですが、忙しくなかったのですか?」

「今は大丈夫。町長たちが会議開いてる間は何もすることはないよ」


 カランはそう言って、マリーの家から出たあとのことを簡単に説明してくれた。

 家を出たカランがすぐに町長に報告すると、マリーは警備隊に捕らえられた。彼女をどうするかはまだ検討中であるが、今は監禁されているそうだ。


「マリーはアンドレアスを失ったからか魂が抜けたように放心していて、監禁と同時に身の回りの世話もしている状況だ」

「そう。……アンドレアスのことは町長は何かおっしゃってました?」

「いや……マリーの罪はあくまで誘拐と殺人だ。アンドレアスはあくまでマリーの所有物だったということで、お咎めはないかと」

「そうなったのね。では、こちらをマリーさんに渡してくださいます?」


 そう言ってロプは小さな袋をカランに差し出した。それを受け取ったカランは見た目より重く感じるそれに首を傾げた。


「これは?」

「アンドレアスを盗まれたと思われたくありませんので、代金ですわ。賠償金支払いを命じられた時にでもお使いになるといいでしょう」


 カランは小袋の中身を覗き見て、目を見開き、慌てて首を振った。


「さ、流石に高すぎないか!?」

「人身売買だとこんな値段普通ですわよ? それに探していた書人だったわけですし、十分な値段だと理解してくださいな」

「人身売買……君は、見た目に似合わず俺よりも色んな経験をしているみたいだな」

「そうね。しばらく旅をしているから、いろんな知識はあるつもりよ。引きこもりとは比べ物にならないぐらいにはね」


 そう言ってロプはアンドレアスを鞄から出す。その表紙を優しく撫でた。


「もう人の姿にはならないとしても、アンドレアスもこれからいろんな知識を得られるといいのだけれど」

「……本の姿のままでも外の様子はわかるものなのか?」


 カランに聞かれ、ジュスティは頷いて見せた。


「はっきりとはわかりませんが、なんとなく感じることはありますよ。感覚としては寝ぼけている状態ですかね」

「そっか。なら、今も見えてるのかもな」


 カランも表紙を撫でてからロプに頭を下げた。


「アンドレアスのこと、よろしく頼む」

「ええ、勿論。依頼主の元に行くまでだけれど、たくさんの知識を彼にも見てもらうわ」


 ロプは見た目相応の笑顔をカランに向けた。


「それこそ、お腹がいっぱいになるぐらいの知識をね」

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