第4話-5 図録

 アンドレアスが3歳になると、新たな魔法を覚えました。それは調査魔法という、周囲にある物を調べられる魔法でした。

 その魔法にマリーは喜び、自分たちの住む町のあらゆるものを探し出すために外に出るようになりました。自分の観察ばかりしなくなり、アンドレアスも少し安心してマリーの後を追いかけます。

 しかし、何があるのかはわかりますが、その物の詳しい情報を知ることができずマリーは図鑑を持ち歩くことになります。


 アンドレアスが4歳になると、鑑定魔法という手に触れた物の名前や用途等を知ることができる魔法を覚えました。

 マリーは持っていた図鑑を捨て、アンドレアスと一緒に改めて町を見て回るようになりました。しかし、知ったたくさんの情報を記述することにマリーは苦労することになりました。


 アンドレアスが5歳になると文章魔法という見た物を文字に置き換えることができる魔法を覚えました。

 おかげでマリーはたくさんの情報を記述する手間がなくなり、利き手を酷使することがなくなりました。


 アンドレアスはマリーのためになるような魔法を覚えました。おかげで、マリーは町一番の物知りとなり、自分を研究者だと名乗るようになりました。

 珍しい物を見つけたらアンドレアスの魔法で「研究」する、そんな生活を続けていました。


 そんなある日、マリーが13歳を迎えた頃に町に研究者という人が訪れました。彼はアペト・アルムスオルス王国にある植物の調査をしにきたと言います。

 研究者が植物を知りたいと聞き、マリーは自分が知っている情報を彼に伝えました。

 アンドレアスでその植物の自生場所を知り、アンドレアスの魔法で知った植物の名前や用途等を、アンドレアスの魔法で記述した書類を用意して研究者に渡しました。

 研究者は興味深げにその書類を見て、その様子にマリーは満足そうに笑顔をみせていました。

 しかし、研究者の言葉が、その笑顔を消しました。


「この植物、わが国では見たことがないな。食用になるというが、どんな味がするんだい? こちらではどう食べられているのだろうか」

「え……?」


 研究者の問いに答えられず、マリーは黙り込みます。その様子に研究者は少し驚いたように書類とマリーを交互に見ます。


「君が調べたのだよね? 食用だと知っているのなら食べたことがあるか、食べたことがある人を知っているのではないのかい?」

「……ない、です。その、書人の魔法で調べたんです。書人は凄いんですよ。図鑑には載ってないこともわかるんです。だから」

「つまり、君はただ書いてあったことを写しただけだということだね?」

「え、いや、違います! 書人の魔法で知ったことを書いて」

「図鑑に書いてあることを写したのと何が違うというのか? ……町の人に君が研究者にもなれる賢い子だと聞いたが」


 研究者はため息をつき、書類をマリーの足元に投げ捨てました。


「君は、まだ研究者ではない。自分で努力して調査し手に入れた知識でないなら、その知識に価値は無い。価値のある知識を手に入れてこそ研究者だ」


 そう言って、研究者はマリーから離れていきました。

 マリーは捨てられた書類を拾い上げ、それを胸に抱きます。


「何よ……何よ、偉そうに……!」


 ずっと、マリーは全てに疑問を持っていました。

 アンドレアスが現れ、彼の魔法のおかげでその疑問は解かれていったと思っていました。植物も、動物も、この町では知らない物はないと思っていました。

 そこまで考えて、ふとマリーは気づきます。自分はまだ知らない物があったのだと。


「マリー!」


 マリーを探しに来たらしいアンドレアスが駆け寄ってきました。アンドレアスはマリーが抱きしめている書類を見て、眉を下げます。


「どうしたの? 研究者って人に何か言われたの?」

「アンドレアス。お願いがあるの。私、書人を研究するわ」


 マリーの言葉にアンドレアスはマリーに会った当初の頃を思い出したのか身震いしました。しかしマリーは気にした様子もなく、アンドレアスの肩に手を置きます。


「協力してくれるわよね? アンドレアス」




 そうして、マリーによる書人の研究が始まりました。

 主に人間との違いを探し出すことを目的として、アンドレアスの身体を触れて見て確認します。

 身体の中を見る魔法を覚えないかとアンドレアスに頼みますが、アンドレアスが6歳の時に覚えたのは物を無駄に傷つけることなく解体できるという解体魔法でした。


「今までの魔法が都合よすぎたのかしら? それにしても、1年に一度覚える魔法ってのも不思議なものね。どうして望みに近い魔法が覚えられるのかしら。白紙だったページも勝手に書かれているし。私が適当に書いたページも1年経てば何もなかったように白くなるし。ここは精神的な問題になってくるのかしら?」

 マリーがブツブツと何か言っている横で、アンドレアスは脱がされていたシャツを着ます。

 毎日研究と称して身体の隅々まで記録をつけられていました。昔されていた観察よりも気恥ずかしさを感じてアンドレアスにとって苦痛でした。


「今日から内部調査の予定だったけど、中止にする?」

「……そうね。今日はやめて、別のことをしにいこう」


 そう言ってマリーは着替え終わったアンドレアスに手を差し出します。


「町の外に行きましょう。解体魔法ってのを覚えたんだから、実際に動物でも解体してみましょう」


 自分以外の研究、そして久しぶりにマリーと外に出られることにアンドレアスは嬉しさを覚え、笑顔でその手をとりました。

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