第4話-4 図録
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マリー・シンシャ。彼女は幼い頃から疑問を持つ子供でした。
何故空は青いのか、何故葉っぱは緑色なのか。何故子供が生まれるのか、何故美味しくない野菜があるのか。
その疑問を両親や周りの大人たちはなんとか答えたり誤魔化したりしてきました。きっとそんな疑問を持つのは幼い頃だけで、成長すればそんなものはなくなると思っていました。
しかしマリーは成長しても疑問が絶えることはありませんでした。むしろ、大人でも答えられない疑問が増えていました。
学校でも授業とは関係ない質問を投げるマリーに教師も困り果てており、両親含めた大人たちはマリーに近づこうとしませんでした。歳の近い子も、普通とは違うマリーから離れていきました。
──ある1人を除いて。
「マリー」
学校帰りの道を歩いていたマリーに声を掛けたのはカランでした。
「何か用?」
「先生が怒ってたぞ。宿題もちゃんとできてないって」
「それをわざわざカランが伝えにきたの? 一応宿題の内容関連のことを書いたのだけど、あの先生には理解できなかったみたいね」
「マリー……一応教えてくれているんだから、先生に失礼なことはやめろよ」
カランが呆れた様子でそう言うも、マリーは不思議そうに首を傾げます。
「教えてくれている? あれはただ自分だけが知っているかのように知識を開けだしてるだけじゃない。先生って言われたいなら、私の質問にちゃんと答えられないようじゃ尊敬も何もできないわ」
そう言って歩き出したマリーをカランは慌てて追いかけます。
しばらく黙って歩いていましたが、カランの家に近づき、そこに立っている人影を見つけてカランは目を輝かせます。
「アメジール!」
彼女の名を呼び、カランはその女性に抱き着きます。それを受け止めて、アメジールと呼ばれたその人は目を細めます。
「おかえり、カラン。今日も勉強頑張った?」
「うん! あとで宿題手伝ってくれる?」
「もちろん」
アメジールは顔を上げ、マリーと目線を合わせます。
「マリーも、お帰りなさい」
「……ただいま」
マリーはじっとアメジールの顔を見て、それから考えるように腕を組みます。
「どうかした?」
「いつも思うけど、アメジールって書人って奴なのよね? 人間と同じにしか見えないけど」
「そうよ」
「書人って勇者様と旅に出てるってお話でよく聞くわ。アメジールはなんでここにいるの? 勇者様といる書人みたいに旅に出たいとか思わないの?」
マリーの問いにアメジールは何度か瞬きをし、それから優しい手つきでカランの頭を撫でた。
「私は、勇者様と一緒に旅をするより、カランたちと家族でいたいって思ったの。主もそれを求めて私を手にしたの。だから私はここにいるわ」
カランは嬉しそうにアメジールに撫でられています。書人と人間という種族が違うにも関わらず、それはまるで本当の家族のようでした。
2人と別れ、自宅に足を向けたマリーはアメジールの言葉を思い出し呟きます。
「主がそれを求めて……そっか」
書人は本であるから、持ち主の望むことをする。持ち主に乞われたからアメジールはカランの元にいる。そうマリーは解釈したのです。
マリーが10歳の誕生日を迎えたある日、両親から贈られたのは一冊の本でした。赤い表紙でタイトルは書かれていない本に、マリーは眉を寄せます。
「何この本。辞典?」
中を見ますが、そこに書かれているのは日記のような内容でした。白紙のページが多いそれにマリーは投げ捨てようとしましたが、父親が慌てて言います。
「それは書人だよ。マリーの友達になれるかと思って買ってきたんだ」
その言葉にマリーの瞳が輝きます。書人の名前を聞いて、マリーはその本に呼びかけました。
「アンドレアス……。起きてくれる?」
その声に応えるように、その本は一瞬で子供の姿に変わりました。まだ白い髪はキラキラと輝き、ゆっくりと閉ざされていた向日葵のような瞳が露わになりました。
「……おねえちゃん、だあれ?」
そう聞いてきたアンドレアスを抱きしめてマリーは嬉しそうにいいます。
「私はマリーよ! よろしくね、アンドレアス!」
その日からマリーとアンドレアスの生活が始まりました。そしてマリーはアンドレアスの観察をするようになりました。
朝起きてから夜寝るまで。学校に行くのも惜しんで、アンドレアスを一日中見ていました。両親はマリーの質問攻めがなくなったからか、その様子に何も言うことはありませんでした。
「……おじさんたちから聞いてたけど、本当に観察してるのか」
そうマリーに声を掛けたのは学校から帰ってきたカランでした。
アンドレアスの仕草を全て記録していたマリーはアンドレアスとノートから目を離します。
「あら、カラン。何の用?」
「マリーが学校に来ないから、一応様子見てきてほしいって先生に言われたんだよ。……まぁ、病気になったとかじゃなさそうでよかったよ」
「私は元気よ。もちろんアンドレアスも、健康体ね」
「その子が書人だっけ? 俺はカラン。よろしくな、アンドレアス」
「よ、よろしくおねがいします」
初対面のカランに少し怯えながらも挨拶を返すアンドレアスにカランは嬉しそうに微笑みます。そして、横でそんなアンドレアスの様子も記録しているマリーに呆れたような視線を向けました。
「アンドレアスの全部をメモってるのか?」
「そうよ。どんな些細なことでも記録しておけば何かわかるかもしれないもん。人間の2歳児のことはわからないから、後で比べられるようにしておかないと」
「そうか……。なぁ、マリー」
カランは先程までの笑顔を消し、少し沈んだ声でマリーを呼びます。マリーは手を止めてカランを見ました。
「何?」
「……こないだ、アメジールが本の姿になったんだ」
「それが? 書人は眠るときは本の姿になるんでしょう?」
「違う。……もう、人の姿をとれなくなったんだって。父さんが教えてくれた」
2人の間に沈黙が流れます。アンドレアスもその空気に居心地の悪さを感じているようです。
「その、アメジールのことはお前も知ってるから、伝えておこうと思って。アメジールとは、もう会えないって」
「……そう。人の姿になれなくなる。とても興味深いわ」
そう言ってマリーは興味を隠す様子もない瞳をカランに向けます。
「アメジールを見せてもらえる? アンドレアスと比べて、何が違うのか比べてみたい。本の姿になったら意志は残ってるのかも実験してみたいな。痛みを与えるとかがわかりやすいかな?」
マリーの言葉の意味がわからず、カランはぽかんと口を開けていましたが、言葉の意味を理解してすぐに眉尻を吊り上げました。
「マリー、何を言っているのかわかってんのか!?」
「わかってるわよ? せっかくの調査の機会を逃したくないし、早くあなたの家に行きましょう!」
そう言ってカランの手をとり走り出そうとしたマリーでしたが、その手をカランが払いました。
「カラン?」
「お前なんかに……お前なんかにアメジールを会わせたくなんてない!」
そう言ってカランは走り去っていきました。残されたマリーは不思議そうに首を傾げました。
「なんで突然怒り出したんだろう。独り占めにしたかったのかな?」
「…………」
アンドレアスは黙っているだけで、マリーの言葉に何も返しませんでした。
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