第4話-3 図録

 カランの幼馴染のマリーが住むのは町の景観とは合わない家だった。木造の家が多いこの町にしては珍しくレンガを積んだ家だ。そして手入れがしていないらしく、子供が十分に走り回れそうな広さの庭も草木が生い茂り、家の外壁には蔦が蔓延っている。

 窓にはカーテンが引かれており、中の様子を窺う事はできない。


「……大きな家ですわね。町の長ですの?」

「町長の遠い親戚と聞いているよ。ここはマリーのために用意された家らしい」

「まぁ……なかなか裕福な方ですのね」

「そうだけど……今は家族とは離れてマリーと書人だけがここに住んでいるそうだ。見てわかる通り使用人も雇っていないみたいだね」


 カランが扉の横にあるドアベルを鳴らす。だがしばらく待っても家の主が出てくる様子はなかった。

 カランはため息をつき、何度もドアベルを鳴らした。


「マリー! いるんだろう、マリー!」


 呼びかけは数分ほど続き、やっと扉が開かれた。


「何よ、もう……。うるさいわね」


 現れたのは白衣を着た女性だった。茶色の髪の毛は手入れされていないのかボサボサだ。朱色の瞳がカランを捉え、細められる。


「何よカラン。まだ私の書人を狙っているの?」

「全く狙ってないから安心してくれ。それより、お前に会いたいっていう旅人さんがいるんだ」


 カランの言葉に、マリーの目がロプに向けられる。ロプは帽子をとり一礼した。


「初めまして。今日この町に来たロプ・ラズワルドと申します。書人を探し集める旅をしておりまして、マリーさんが書人と暮らしていると聞いて伺いました」


 ロプの言葉にマリーは眉を寄せる。


「つまり、私の書人を持っていくつもりなんでしょ? そんな奴に書人を見せないわよ。小さい姿で油断させようたって無駄よ」

「僕に依頼した人が求めている書人でしたら、購入も考えさせて頂きますが、それよりもその書人に会ってみないことにはわからないのですわ。僕の書人についても教えますし、お互いの書人を見せ合うってことでお願いできませんでしょうか?」

「お互いの書人? あなたも書人を持っているっていうの?」

「ええ。ジュスティ」


 ロプに手を差し出され、ジュスティはその手を握る。するとその姿は一瞬で一冊の本の姿に変わった。その光景にマリーとカランは目を見開く。

 再び人の姿に戻ったジュスティの手を離し、ロプはマリーに笑みを向ける。だが、ロプが何か言う前に、マリーはジュスティに詰め寄った。


「嘘、あなたが書人だったの!? 明らかに15歳を越えているわよね!? 今何年目!?」

「えっと、28歳になります」

「10年以上も過ぎているですって……!? これは研究のし甲斐がありそう……! えっと、ロプだったっけ!?」


 マリーの視線がロプに向けられる。ロプは変わらず笑顔を見せている。


「ええ。そうです」

「私はマリー・シンシャ。書人について研究しているの。もしよければ、あなたの書人を詳しく見させてもらいたいのだけどいいかしら!?」

「……そちらの持つ書人を見せてくださるのならば、観察ぐらいは構いませんよ」

「じゃあついて来て」


 そう言ってマリーは家の中に入り、どんどん中に向かって行く。ロプはカランに視線を向ける。


「入ってよろしいんでしょうか」

「いいと思うよ。……先に言っておきますが、彼女が失礼なことをしたらすみません」


 後半はジュスティに向けられた言葉だ。ジュスティは少し嫌な予感を感じたのか身震いをしつつも頷いた。

 ロプたちはマリーを追って廊下を歩いて行く。奥に進む度に家の中の暗さが増していく。そうして、マリーは家の一番奥にあるらしい扉の前に立つ。


「散らかっているけれど気にしないでね。それじゃあ、この子が」


 マリーはその扉を開ける。扉から漏れ出る光に暗闇に慣れた視界が焼かれる。そしてその光に慣れ、見えてきた部屋の中のものに、ジュスティは視線を動かせなくなった。

 紙や書類が乱雑している部屋だ。灰白色でまとめられたその部屋にはいくつもの本棚や机がある。部屋の中心には子供が1人横になれる大きさの薄汚れたテーブルが置かれており、その上に彼はいた。

 それは子供だった。向日葵のような瞳は半開きになり、何も映していない。赤い長い髪はテーブルの上に広がっている。口は薄っすらと開いているが、言葉を紡ぐ様子はない。否、言葉を紡げないのではないだろうか。普通の人間であれば、死んでいてもおかしくない。

 何故ならその子供の首の下にはテーブルがあるだけだった。

 ──子供の生首が、テーブルに置かれているのだ。


「──っ!?」


 ジュスティは口を手で押さえ、出そうになった悲鳴を抑え込む。一番後ろにいたカランにもその光景が見えたのか呼吸が荒くなっているのが聞こえる。ロプは無表情のまま生首を見つめていた。

 マリーはその生首を両手で包み込むように持ち上げる。


「これが私の書人のアンドレアス。……ふふっ、すごいでしょう? 身体が無くなってもこの子は生きているのよ? ちゃんと呼吸をしていて、あまりしゃべらなくなってしまったけれど、会話もできるの。書人は人間とは見た目が全く変わらなく見えるのに、こうしてみれば人間とは違うんだってよくわかるわよね」

「……どうしてっ……こんな」


 ジュスティが言葉を絞り出す。その問いにマリーは微笑する。


「私は、書人と人間の違いを知りたかったの。外はどう見ても同じ。それなら中身はどうなのかと考えたの。書人は髪の毛を大事にしているから、大事ではない他の臓器を失くしたらどうなるのかしらっていう興味もあったわ。少しずつ、手や足から無くしていって、臓器も優先順位を決めて無くしてみたわ。最終的に、書人は生首だけになっても生きていられるってことが知れたのは大きいわ。でも、臓器も人間のものと相違がなかったの。不思議よね、どうしてわざわざ不要のものが多い人間の身体に変わるのかしら?」


 マリーはとても楽しそうに自分の研究内容や考えを喋る。その言葉に耐えられず、ジュスティは膝から頽れた。

 本は紙の集まりだ。その為か同じ音である髪を書人は大事にする。髪を切るのは自分を失うようで本能的に避けていた。

 図書院でも見た目を良くするために司書が切りそろえてくれることはあったが、いくら信用している司書の手とはいっても恐ろしいことには変わりなく、幼い書人たちの中には泣いている子もいた。

 だが、だからって髪以外の身体を無くしてもいいとは思ったことはない。そんなことは一度もないのだ。


「マリー!!」


 カランの怒声に、ずっと喋っていたマリーが驚いて身を震わせる。カランはジュスティとロプの横を通り抜け、マリーの肩を掴んだ。


「痛っ、なによ急に!」

「お前は何をしたかわかっているのか!? 幼い子を、こんな姿にするなんて……!」

「はぁ? 私の物に何をしようが私の勝手でしょう!? あなたに何か言われる必要はない! 何であなたに怒られなきゃいけないの!?」

「……っ、お前は……っ!」


 カランが言葉に詰まっている中、黙っていたロプはマリーを無視してアンドレアスと目線を合わせた。


「アンドレアス、聞こえていますでしょう?  僕は書人を探して旅をしておりますの。あなたが僕が求める書人か知りたいのですが、お話はできまして?」


 ロプの言葉にアンドレアスの瞳が揺れる。少し間を置いてから、その口が動いた。


「……できるよ。何が、知りたいの?」


 まだ幼い声だ。あまり話さなくなったからか掠れた声だ。ロプは驚いた様子もなく答える。


「あなたの書に書かれている魔法について。……あなたがこうなるまでの話も教えてくださるなら助かりますわ」


 アンドレアスは少し考えてから語りだした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る