第4話-1 図録
足音が聞こえてくる。
先程までいた主のものだと思ったが、足音は一人分じゃない。
満足に動かせない視界がはっきりとしてくる。
──嫌だ。
こんなところに来るなんて、主が通すなんて、一体誰だ。
嫌だ。来ないで。来ないで。
目の前の扉がゆっくりと開かれる。
お願いだ。来ないで。
こんな俺を、見ないで。
まだ薄暗い中、ジュスティは書物の姿から人の姿に変わり、胸元を押えながら荒い呼吸を繰り返す。
ジュスティが目覚めたのに気づいたのか、外にいたロプがテントの中に入ってきた。
「ジュスティ? 起きたのかしら?」
「……っ」
ジュスティは返事をしようとするも、言葉が喉に詰まり口から出たのは咳だった。
咳き込むジュスティの背中を撫でながら、ロプはその顔を覗き込む。その顔色は青く、お世辞にも元気そうだとは言えない。
「どうされたの? いつもの悪夢を見たのかしら?」
ジュスティは首を横に振る。しばらく咳き込み、呼吸も落ち着いた頃には辺りは明るくなっていた。
ジュスティはロプが差し出した水で乾いた喉を潤した。
「ありがとうございます。主」
「落ち着いたのならよかったわ。それで? 何かあったの?」
「……いつもの悪夢を見たわけではないんです。その、違う夢を見まして」
「違う夢?」
「はい。……その、部屋の中で身体を動かせられずにいたところ、部屋に近づく足音が聞こえてくるんです。それも複数人。それで、来ないでと、俺を見ないで、と夢の中の小生は怖がっていて」
ジュスティの言葉を黙って聞いたロプは首を傾げる。
「貴方の予言魔法は未来を見れるのよね? つまり、その夢は貴方に今後起きる未来ってことですの?」
「いえ……。小生の未来を見ることもありますが、小生と関わりがある書人の未来を見ることもあります。今回はそっちのような気がします」
ロプは俯いて少し唸ってから、何かを閃いたように顔を上げる。
「その書人が貴方と関係があるとするなら、僕が探している書人の可能性もあるということですわね?」
「確かに、可能性はあります」
「それはこちらとしては嬉しい限りですわ。探している書人の居場所は僕は知らされていなかったのですし、貴方の夢がヒントになるのですね」
「そう、ですね。夢で見るってことは近くにいるのかもしれませんが……」
そう言って、ジュスティは表情を曇らせた。
夢の中の書人がいる部屋に近づいているのは自分たちだった可能性もある。自分たちが書人にあれほどの恐怖を覚えさせる原因となるのならば、出来るのであれば会いたくないと思ってしまった。
2人が訪れたのはアペト・アルムスオルス王国のラモレーという町だ。プィロギー町と同じ程の規模の町であり、ジュスティも目を輝かせて周りを見渡す様子はない。ただ、そんな余裕がないからかもしれないが。
町に入ると、入り口に立っていた男が紙を手に声を掛けてきた。
「すまない……。外でこの子供を見なかっただろうか」
男はジュスティを見て少し怯んだように見えたが、表情を引き締めて紙をジュスティに差し出した。だがそれをロプが奪う。その紙には子供の顔と身体的特徴が書かれていた。
「このような子は見た覚えはありませんわ。行方不明ですの?」
「ああ。4年程前から見当たらなくなってしまったんだ。何か小さいことでも情報があれば教えて欲しい。少ないが報酬を用意している」
「そうですか……。覚えておきますわ。ついでに、僕も探している人がいるのですが、この町に書人はいませんこと?」
ロプの言葉に男は少し考えてから「ああ」と声を上げた。
「確か警備隊に書人と暮らしてたって言ってた奴がいたな」
「本当ですか? その書人は今もいらっしゃるのでしょうか?」
「今は……見た記憶がないな。そいつはこの時間なら町の大きな公園付近の警備に立ってるはずだから行ってみるといい。暗い赤い髪をしているから目立つはずだ。」
「ありがとうございます」
警備の男性に礼を言い、ロプはジュスティの腕を引っ張って歩き出す。警備から離れてから、ジュスティの顔を見上げた。
「ジュスティ、思うところがあるのでしょうが、できるだけ顔に出さないようになさい。いつもとはまた違った迫力がありますわ」
「え」
ロプに言われ、ジュスティは思わず片手で自分の頬に触れる。ロプはジュスティの前に出て、自分の眉間を指した。
「眉間の皺。なかなかの数に深さですわよ。警備の人が怖がって警戒を高めていましたわ」
「……すみません。どうしても、考えてしまって」
やはり表情を曇らせるジュスティにロプはため息を吐く。
「確かに、僕たちが会いに行くことがその書人にとって辛いことだと思うわ。でも、会いに行くことで、その書人の辛い状況を助けてあげられると考えなさい」
「……助ける?」
「ええ。人に会いたくない書人なんて……まあ、いるかもしれませんけれど、同じ書人の貴方に会うことで何か意識の変化があって書人の助けになるかもしれないわ。書人が怖がっている原因がわからない以上、良い方に考えましょう」
なんとかジュスティを元気づけようとしているのを感じ、ジュスティは笑みを零した。その眉間に皺がなくなっているのを見て、ロプも安心したように笑みを浮かべる。
「さ、行きますわよ。確か、町の公園にいるはずの暗い赤髪でしたわね。視点が高いのだから、探すのは任せるわよ、ジュスティ」
「はい、主」
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