第3話-2 書人は人と歩めない

 コリウスを追って家を飛び出したジュスティは、町から外れた場所にある大きな樹の下にコリウスの姿を見つけた。


「コリウスさん」


 ジュスティが近づいて声を掛けたが、コリウスは抱えた膝に顔を埋めたまま反応がなかった。

 ジュスティがその横に座ると、くぐもったコリウスの声が聞こえた。


「……好きだったの。アレクのこと」

「好きだった?」

「うん。大好きだった」


 コリウスとアレクが出会ったのは、アレクがガイアと一緒にこの町に来た時だ。年が近いということでよく遊ぶ仲になり、それはいつしか恋心に変わっていた。

 そして、10歳の頃にコリウスは勇気を出して想いを告白したのだ。アレクも同じ想いであれば嬉しいなと思いながら、そうではなくても、少しは意識してもらえたらいいなと思いながら。

 だが、返ってきたのは告白の返事ではなかった。


「コリウスは、僕が皆と同じ人じゃなくても、そう言ってくれる?」

「え? コリウスは人でしょ? どう見ても」

「……ごめん。今すぐに返事ができないから、待っていてくれるかな」


 その言葉を信じて、コリウスはずっと待っていた。意識してくれたアレクが何か変わってくれると信じて。だが、アレクとの関係は今までと変わらない友人のもので、そして突然、アレクは姿を消した。


「アレクは、伝えようとしてくれてたのかな。私と違う、ショビトっていう存在だって。なのに、私は特に何も思ってなかった。変なこと言い出すなってぐらいにしか思ってなかった。……ねぇ」


 コリウスは埋めていた顔を上げた。涙でぐちゃぐちゃになった顔をジュスティに向ける。


「ショビトって、一体なんなの? 私たちと違うのに、なんで私たちの傍にいるの?」


 その問いに、ジュスティは答えられなかった。

 書人という存在については答えられるが、何故人間の傍にいるのかという問いに、納得のいく答えを持っていないのだ。

 沈黙が流れていたが、2人に近づく足音が聞こえてきた。目を向けると、ロプが歩いてきていた。


「ここにいましたか。見当違いのところを探してしまいましたわ」


 ロプはコリウスの前に立ち、ガイアから受け取った封筒を差し出した。


「ガイアさんから。アレク君から貴女への手紙だそうよ。書人だとバレた時に渡してほしいと言われていたそうですわ」

「え……」


 震える手でコリウスは封筒を受けとる。しっかりと封された手紙に四苦八苦しながらもできるだけ綺麗に開け、中に入っていた便箋に目を通した。 


『コリウスへ

 突然の手紙でごめん。そして、これを読んでいるということは、僕はもうただの魔導書になってしまったんだろう。

 最初に、君は興味がなかっただろうけど、僕は普通の人間じゃないんだ。魔導書が人の姿をとった存在が僕なんだ。見た目が人間と同じだから、君は実感できなかっただろうね。

 僕は君とずっと一緒にいられることはできない存在だったんだ。

 君から告白をしてもらった時、本当はすごく嬉しかった。僕だってコリウスが好きだった。でも、僕は人間ではない。君とずっと一緒にいることができないんだ。だから、いつか来るお別れを君が悲しむのがすごく嫌で、僕は返事ができなかったんだ。本当にごめん。

 そんな僕にも、君はずっと一緒にいてくれた。たくさん遊んでくれた。それが何よりも嬉しかった。そして、そんな僕が君とずっと一緒にいられないこと、一緒に大人になれないことがすごく悔しかった。

 僕はコリウスが好きだ。愛してる。それは嘘じゃない。でも、こんな僕じゃ君を幸せにできない。だから、君は僕よりもずっと一緒にいてくれるような優しい人と大人になってくれ。そんな人と家族を作ってほしい。

 それで、もしよければこんな僕もいたんだってたまに思い出してくれると嬉しいよ。

 今までありがとう。大好きだよ、コリウス。』


 コリウスは最後まで黙って手紙を読む。その瞳から流れる涙が手紙に落ちないように拭いながら、1文字1文字を丁寧に辿っていく。

 その様子を見届けて、ロプとジェスティはコリウスから離れた。

 コリウスから声が聞こえない位置まで歩いてから、ジュスティは振り返った。


「一緒に歩けないって、辛いですよね。主」

「そうですわね。……まあ、長生きしている貴方には言われたくないかもしれませんけど」

「あはは……。確かに小生の存在を知ったらアレク君に嫉妬されますね」


 数秒程コリウスに向かって目を閉じてから、ジュスティはロプの後を追った。

 書人は人間と同じ時間を歩けない。その規則を外れた自分だが、夢で見た未来ではロプとの最期がわかっている。あんな未来を変えてこの人ともっと歩いて行きたい。

 そう改めて誓い、ジュスティは一歩踏み出すのだった。



□ ■



 翌日。

 旅に必要なものを購入し、別行動していたジュスティを探していたロプは、腕を組んでジュスティを睨んでいた。


「好きに買いなさいとはいいましたけれど、旅に必要のないものを買うのは許しませんわよ、ジュスティ」

「で、ですが主!」


 ジュスティは大きな箒を抱きしめるように握る。


「こんな使いやすい箒、他では手に入れられませんよ! 旅先で借りた部屋を綺麗に掃除して返す方が貸してくださった方も喜びますし、必要ですよ!」

「その大きさだと武器にもなるでしょうけれど、明らかに大きすぎて邪魔よ。掃除道具を買うにしてもコンパクトなものにしなさい」

「どうせ収納魔法にいれていくからいいじゃないですか!」

「やって来た時にそんなもの持ってなかった旅人がどこからか持ってきた隠すこともできない大きなものを持っていたら興味を惹かれるでしょう。そんなに買いたいなら、僕はこれから貴方をずっと魔法書の状態で持ち歩くわよ」


 ロプとの口論に負け、ジュスティは泣く泣く箒を元の場所に戻す。ロプは他にジュスティが買おうとしていた掃除道具を確認し、店員に金を渡した。


「ほら、貴方の服も見たいのだから行くわよ」

「服も必要ですか?」

「上着くらいはいるわ。貴方、着の身着のまま来た状態なのだから」

「それもそうでしたね……」


 諦めきれない様子で肩を落としているジュスティにロプは眉を寄せ、その脛を蹴った。


「痛っ!?」


 脛を抑えるためにしゃがみ込んだジュスティの耳元でロプは声を潜める。


「この町ではもうそれでいいけれど、次の町からはちゃんと用心棒のように表情を隠しなさい。ただでさえ僕たちは目立つのだから、困った人たちに絡まれないようにしたいの」

「……主の格好はだいぶ目立ってますが」

「僕の趣味に問題でもあるかしら?」

「いえ、なんでもないです」


 ロプはジュスティを置いて歩き出す。幼い姿というのもあるが、令嬢のような恰好というのもこの町では溶け込めずに目立っている。

 格好の標的だと寄って来るものも多いだろう。それを払うのが強面を持つ自分の役割だということだ。


「……柄じゃないんですけどね」


 できるだけ人とは仲良く過ごしたい。たくさんの人と交流したいとジュスティは思う。だが、ロプはそれを求めていないようだ。

 ロプの背中を追いかけるためにジュスティが立ち上がると、視界の隅に見知った顔を見つけた。そちらを見るとそこにいたのはコリウスだった。

 コリウスはジュスティに向かって頭を下げてから、人混みの中に隠れていった。

 彼女はもう心の整理がついたのだろうか。そう考えていると、ロプの呼ぶ声が聞こえてくる。

 彼女が同じ速さで歩ける人が見つかるよう祈りつつ、ジュスティはロプの元に向かった。



 

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