第3話-1 書人は人と歩めない

 森の中を通る道が朝焼けに染まっている。木々が日の光に当たりその緑を輝かせている横で、自分の背丈ほどある木の棒を持っているロプが息を吐き出した。白銀の髪が日に当たって煌めく中、ロプは木の棒を邪魔にならなそうな場所に捨て、木で隠すように建てたテントに近づく。


「ジュスティ、朝ですわよ」


 テントの中を覗くと稲穂のような色の表紙の本が置かれていた。

 ロプがテントの中に置かれたトランクから物を出している間に、その本は人の姿に変わった。

 目が覚めたジュスティは欠伸を一つしてからロプに笑顔を向けた。


「主、おはようございます」

「おはようございます。初めてのテント泊はよく眠れたかしら?」

「眠れはしましたが、身体がちょっと痛い気がします」


 ジュスティは長く伸びた髪の毛を慣れた様子で櫛で梳かし、一つのお団子にする。テントの外に出たジュスティは大きく伸びをし、朝の空気を肺一杯に吸い込んだ。


「僕も野宿するためのものはテントぐらいしか持っていないのよね……。次の町で買い揃えようかしら」

「他に必要なものがあるんですか?」

「僕は寝袋があれば欲しいわ。貴方も、毛布はいらないにしても寝る時に敷くマットは欲しいのではなくて?」

「あ、はい。できれば欲しいです」


 ロプはトランクから出した固いパンをジュスティに一つ差し出した。


「凝った料理はできませんけれど、簡単な調理道具ぐらいは揃えたいですわ。品ぞろえがいいお店があればいいのですけどね。……さて」


 ロプは手慣れた様子でテントを畳んでいく。それをジュスティはパンを食べながら眺めていた。

 綺麗に畳み、トランクに入れようとしているロプに食べ終わったジュスティが近づく。


「主、ここにテントを入れてしまったら他の物が入らないですよね?」

「そうだけれど、他に入れ物はないわよ?」

「いや、小生の魔法を使いますと」


 ジュスティは何もない場所に手をかざす。すると何もなかったそこに突然白い穴が開いた。


「この中に収納できます。容量は家一つ分くらいだと思って下さい」


 ロプはその穴をしばらく見てから、ああと頷いた。


「これが収納魔法ですのね。夜に貴方を読ませて頂いたので魔法の存在は知っていましたが……」

「ええ。6歳の時に覚えた魔法です。司書様が買い物の時に量が多くて大変そうだったので手伝えたらなと」

「……貴方の魔法って、生活が楽になる魔法ばかりですわよね」


 そう言いながらも、ロプはその穴の中に小さく畳んだテントを入れていく。


「取り出す時はどうすればいいのかしら?」

「取り出したいものを思い浮かべて手を入れれば出てきますよ。生き物だけは入れられませんが」

「そうなの。入り口は変えられるの?」

「ええ。好きな所に作れます」

「なら、トランクの中に入り口を作るようにしましょう。便利な魔法は欲しがる人もいますからね」


 そう言ってからロプはジュスティの言葉を思い返す。収納できるのは家一つ分だと言っていた。つまり、家をこの中に入れて持ち歩けるということでは、と。普通の野宿よりも快適な夜を過ごせるのでは、と。試したい気持ちも芽生えるが、流石にその気持ちは閉まっておくことにした。




 ロプとジュスティが訪れたのはアペト・アルムスオルス王国にあるプィロギーという町だ。この町はジュスティの生まれ故郷のビップル村やロプが誘拐されかけたイディア村よりも人が多く、建物を見ても文明の違いがわかる。

 そんな町を見て、ジュスティは目を輝かせている。自衛もかねて、ジュスティにはできるだけ無表情になるようにとロプは言っていたが、今のジュスティに恐怖を覚える人は少ないだろう。


「ジュスティ、せめて勝手に離れたりはしないでくださいね」

「わ、わかってますよ。でも、主。あの食べ物きになります。彩り綺麗ですね! あそこに並んでる服も珍しいものですね。主の服も見たことがないものでしたが、あの服もなかなか」

「少し黙っててくださる?」


 興奮冷めやらない様子のジュスティにロプははぐれないようにと手を繋ぐ。物があれば首輪つけて縄を括りたいなと思ったのは内緒だ。

 あちこちに視線を向けていたジュスティだが、一点に目を留める。それに気づいたロプはその視線を追った。

 ジュスティの目線の先には一人の少女がいた。茶色い髪を持つ少女はロプたちを見ていたようで、視線が合うとこちらに駆け寄ってきた。


「こんにちは。旅の人ですか?」


 少女の目線はジュスティに向いている。ジュスティがロプに視線を向けるが、ロプが頷いたので口を開いた。


「ええ。先ほどこの町に来たばかりです」

「そうですか。……あの、突然ですみませんが、アレクっていう男の子知りませんか? 私より身長は高くて、紺色の髪を伸ばして三つ編みにしてて、爽やかな水色の瞳を持ってる子なんです」


 ジュスティは記憶を探るが、当てはまる子を知らなかった。横で聞いていたロプが口を開く。


「長い髪、なのですね? 年はいくつですの?」

「年は14歳です」

「そう。……ちなみに、そのアレクって子は幼い頃は髪が白かったりしたかしら?」


 ロプの言葉に少女は驚いたように目を見開く。


「え、ええ。そうよ。小さい頃病気で髪が白くなってしまったと言っていたわ。何か知っているの?」

「……ううん。アレクって子に心当たりはないわ」

「あの、もしよければ小生たちがここにいる間だけでも探しましょうか?」


 立ち去ろうとしたロプを差し置いて、ジュスティがそう提案する。ロプが何か言う前に、少女は目を輝かせた。


「本当ですか!?」

「はい。探すくらいならできますし。小生はジュスティ。こちらはロプです」

「私はコリウスです。誰も探すのを手伝ってくれなくて、嬉しいです!」


 コリウスと名乗った少女は嬉しそうにジュスティの手を握る。ロプはこっそりとため息をついてからコリウスに身体を向ける。


「誰も探していないって言いますが、どういうことです?」

「は、はい。3日前にいなくなってから皆最初は心配してたんですけど、アレクの保護者の人が『アレクは自分の意思で町を出て行った』と言うんです。それで皆は納得してるんですけど、私はそうは思えなくて」


 町を出て行ったのが本当であれば旅人が出会っているかもしれない、そう考えてロプたちに話しかけてきたのだろう。


「……アレクって子が住んでいた場所はどこかしら? ちょっと気になることがあるのですけれど」

「えっと、町から少し離れた場所に建っている茶色い屋根の家です。私、案内しますので、少し待っていてください!」


 そう言ってコリウスは近くの店に向かって走っていく。その背を見送りながら、ジュスティはロプに声を掛けた。


「主、なんとなくですけど、アレク君って子はもしかして」

「もしかしなくても、書人の可能性が高いわ」


 男の子が髪を長く伸ばしているなんてことは滅多に見ない。しかもその髪が幼い頃は白かったというのならば、書人の可能性が高いだろう。


「本当にそういう病気があったのかもしれませんけど、年齢も偶然が重なったとはいえ偶然すぎますわ。実際に確認してみたほうが早いでしょうね。……貴方が安請け合いしなければこんなことにはならなかったのに」

「す、すみません。でも、困っていたら助けたくなりませんか?」


 ジュスティの言葉に少しの間を置いてから、ロプは答えた。


「僕は、ならないわ」



□ ■



 コリウスの案内の元、2人はアレクが住んでいたという家に辿り着いた。

 家の扉を叩くと、現れたのは30代の男性だった。男性はコリウスの顔を見ると、困ったように眉を寄せた。


「コリウス、何度来てももうアレクは去ったと言っただろう」

「そんなの信じられない。今日は何か手がかりがないか、隠し事してないか調べさせてもらうよ」


 コリウスの言葉に男性はため息を吐く。そしてロプたちの存在に気づいたようで、声を掛けてきた。


「えっと、コリウスの友人にしては見かけない顔だな。どちら様で?」

「突然の訪問失礼いたしますわ。僕はロプ。こちらはジュスティ。……ジュスティは書人ですの」


 ロプの言葉に男性は目を見開き、ジュスティの上から下まで観察するように視線を動かす。


「書人……? にしては、歳をかなり経っているようだが。むしろ君の方が書人らしい」

「ふふ。よく間違えられますの。よければ、話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」


 ロプの言葉に男性はコリウスを見る。コリウスは首を傾げた。


「しょびと……? 何の話をしているの?」

「……他者にその話はしたくない。すまないが」

「アレク君に何かしら頼まれているのかしら? でも、教えておかないとこの子はずっとこの家を訪れるわ。最悪、家探しするかもしれないわよ」


 男性はぎょっとしてコリウスを見る。コリウスは否定する様子もなく、真っ直ぐに男性を見ていた。

 男性はため息をつき、3人を家の中に招いた。

 家の中は広い部屋なのだが、壁を隠すように並んだ本棚が発する圧によって狭く感じてしまう。

 3人に椅子とお茶を勧め、自分も一口飲んでから男性は自己紹介をした。


「私はガイア・マーチャント。アレクとここに暮らしていた小説家だ。それで、アレクのことだが」


 ガイアはその膝に紺色の表紙の本を乗せていた。

 それを一瞥してから、ロプはコリウスに言う。


「コリウスさん、少し黙っていてもらってもいいかしら。ここから先のことは簡単には信じられないでしょうけど、本当のことだから、否定しないでほしいの」


 ロプの言葉にコリウスは訝し気に眉を寄せたが、黙って首を縦に振った。

 コリウスの様子にガイアは決意を固めたのか、膝に乗せていた本をロプに差し出す。


「本人には内緒にしてほしいと言われていましたが、この子が、アレクです」


 アレクと呼ばれた本を見て、ロプとジュスティは予想があっていたのだと頷いた。


「やはり、アレク君は書人でしたか」

「はい。この国では書人の存在を知られていないので、普通の人間として過ごしていました」


 この世界には5つの国がある。その中でもロプたちがいるアペト・アルムスオルス王国というのは田舎国だと言われているぐらいに、他国に比べて文明の発達が遅い。情報が届くのも遅いためか、書人の存在も知れ渡っていなかった。現に、ジュスティの故郷である図書院があった村でも、書人たちはただの孤児であり、人間とは違う存在だとは村人のほとんどは知らなかったようだった。

 ガイアからアレクだった魔法書を受け取り、ロプは中身に目を通していく。ジュスティはガイアに目を向けた。


「……小生はこの国の図書院でしばらく過ごしていましたが、アレク君という子は知りません。他国から来たのですか?」

「ええ。自分の出身がレゲ・フラーテウス王国の首都であるリトゥアなんです。この国に移住を決めた時に、アレクを譲ってもらいました。家族……兄弟のように過ごしていたんですが、3日前に人の姿にならなくなってしまって」

「な、何を言っているの?」


 黙っていたコリウスだが、耐え切れなくなったのか口を開いた。ジュスティが止めようとするも、コリウスの言葉は抑えきれないようだった。


「アレクがこの本? そんな嘘をついて何のつもり? 旅人さんもなんでそれを信じられるの? なんでそんな嘘を吐くの? まさか、本当はガイアがアレクに何かして外に出られないようにしたんじゃないでしょうね!?」


 興奮しているのか、椅子から立ち上がったコリウスは息を荒げながらガイアを睨みつける。

 アレクを眺めていたロプはため息をつき、ジュスティに手を差し出す。


「これは、見せた方が早いでしょう。ジュスティ」

「……仕方ない、ですかね」


 ロプの手をとったジュスティの姿が一瞬で魔導書の姿に変わった。その光景にコリウスは目を見開いている。ガイアも驚いたようにジュスティの魔導書を見ていた。

 2人が理解したと判断して、ロプはジュスティに人の姿になるように言う。するとまた一瞬で魔導書が人の姿に変わった。


「このように、人の姿になれる魔導書のことを書人というのです。魔導書はこの世に現れてから人と同じスピードで成長していきますが、おおよそ15歳までには人の姿をとれなくなります。……ジュスティは異例で、20歳を過ぎても人の姿をとれますが」

「小生にも何故長生きしてるかわかりません。でも、アレク君は普通の書人と同じように人の姿をとれなくなっただけで、こうしてここにいるんです」


 ジュスティはそう言ってロプの手にあるアレクを見る。魔導書になっても意識が残っているかどうかはわからない。だがもし残っているのならば、コリウスには信じて欲しいと思っているだろう。

 だが、コリウスは首を横に振った。


「嘘よ。……そんなの、信じられない!」


 そう叫ぶように言い捨て、コリウスはガイアの家を飛び出していった。


「コリウスさん!」


 ジュスティもそれを追いかけて走っていく。その背中にため息をつき、ロプはアレクの魔導書を閉じる。


「申し訳ありませんわ、ガイアさん。騒がしくしてしまって」

「いえ……。アレクも、信じてもらえないと思ってたからか、自分の正体については内緒にしてほしいと常日頃から言ってました。早いうちに、伝えておけばコリウスも傷つかなかったでしょうに」


 そう言ってから、ガイアは1通の封筒をロプに差し出した。


「申し訳ないですが、これをコリウスに渡してくださいませんか?」

「これは?」

「アレクから、もし書人だと知られた時に渡してほしいと言われてたものです」


 自分が受け取る必要もない、そうロプは断ろうとしたが、ガイアの意思も強いらしく、差し出した封筒を下げようとしない。ロプは仕方なく、その封筒を受け取った。



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