アリアの魔法

「これ、凄く美味しいわ!」

「あはは、それは良かったです」


 今日もまた、アリアさんにスイーツをプレゼントしていた。

 アリアさんはどうにもジンレオのパイが大層お気に召したらしく、さっきからパクパクと手が止まっていない。


(排泄とか……どうなんだろう)


 なんて食事時に最悪なことを考えてしまったが、アリアさんはそれすらもしたことがないとのことで……本当にどういう仕組みなのだろうか。

 飯を食えば消化物を外に出す行為が必要になるけど、アリアさんの場合は物を食べても腹の中で消えたりとか……? それはそれで便利な機能ではあるのかな。


「何を考えてるの?」

「何でもないです」


 おっと危ない。

 こんなことを考えているなんて知られたら、きっと嫌われてしまうどころの騒ぎじゃねえぞ。

 その後、特に追及されることはなくおやつタイムは続く。

 ちなみに俺がこうして姿を消していることはルークには当然気付かれていたが、何も言っていない俺の事情を何かしら察してくれているようだ。


『う~ん、なんだかサボってるって感じはしないんだよな。何かあるって気がしてるんだ――話したくなったら話してくれよ』


 こう言われた時、俺はあいつのことをマジでイケメンだと思ったね。

 まあ俺がこうしてこの場所に居るのが悪いっちゃ悪いんだが、今度あいつにも何かお返しをしないとな。


「……ふわぁ」


 大きな欠伸をしてしまう。

 昨晩、アリアさんの現状をどうにか出来ないかと考えて思うように寝れなかったんだ……ほんと、自分で言うのもなんだけど随分と気にしちゃってるもんだ。


「眠たいの?」

「少し……実は昨日、思ったより寝れなくて」

「ふ~ん」


 そう言っているとまた大欠伸が出た。

 この後に仕事があるってのにこれだと……まあ、いざ仕事モードに入れば眠気なんていくらでも飛んでいく。

 そんな風に考えていた俺は、耳を疑う言葉を聞く。


「ローラン君、私の太ももを枕にして少し休まない?」

「……え?」

「私の太ももにおいで?」


 ポンポンと、太ももを叩くアリアさん。

 アリアさんの服装は真っ白なローブ姿なのだが、太ももの部分からスリットが入って太ももが見えている……って、ジッと見るな馬鹿。


「ふふっ、気になってるみたいじゃない? 男の子はこういうのが好きって知識にあるのだけど」

「めっちゃ憧れますね」


 憧れは憧れる……けれど実際にやれるかどうかは別だ。

 アリアさんはそれならとノリノリで俺を待っているが……これは行ってしまっても良いのだろうか。


「そういえばローラン君という男の子は遠慮するんだったわ。なら私が無理やりやるのならいいわね」

「へっ?」


 何をと、疑問に思った時には遅かった。

 魔法の糸が俺の体に絡みつき、そのままアリアさんの元へ連れて行かれてしまった……つまり、不可抗力という形で俺はアリアさんに膝枕をされることに。


「っ……」

「はい捕まえた」


 あ、その言い方懐かしい……ってそうじゃねえ!

 いきなり何をするんですかと、顔を上げた俺を食い止めるのは目の前にぶら下がる大きな膨らみ。


「……すみませんアリアさん。眠気吹っ飛びそうです」

「え? まあそれでも良いわ。はい、よしよし」


 頭を撫でてくるアリアさんはとてもご満悦のようだ。

 ……凄く恥ずかしい行為のはずなのに、この空間とアリアさんが相手だからこそとても落ち着くのが不思議だ。

 決して眠くはならない……ならないけどとても悪くない気分だ。


「ねえローラン君」

「はい」

「……外の景色、とても綺麗だったわ」

「……………」

「あそこからはそこまで見えたわけじゃない……けれど、知識よりも鮮明に見えてしまった。色んな人が居て、色んな魔物が居て……色んな生き物が居るのね」

「……そうですね」


 アリアさんはそれ以上言わなかった。

 おそらくその先に続く言葉を言ってしまったら……止まれなくなると思ったのかもしれない。

 アリアさんは……この人は普通ではない。

 しかしこうして彼女と知り合った数日で分かったこと……それは段々と感性が普通に近付いているということだ。


(……?)


 その時、少しだけ嫌なことを考えてしまった。

 アリアさんは今まで、たった一人で当たり前にここで過ごしてきたわけだけど……俺というイレギュラーの存在によって、外の世界に対する渇望が生まれたのだとしたら……今まで知らなかったことを知ったことで、この鳥かごの中から出たいと思ってしまったのなら……それを抱かせたのは俺になるんだろう。


「アリアさん……」

「何かしら?」

「……………」


 色々と考えたというか、アリアさんの作り出す結界に関しての考察はいくつかある。

 もしもこの予感が当たってしまったなら……この国をずっと守り続けていた物を俺が破壊することになる……まあ、こう考えたとはいえ絶対にそうなる確信もないわけだが。


「ローラン君は良く悩んでくれるわね。それはきっと私のこと……こう思うのはダメなのに、そう考えてくれることがとても嬉しいの。私にとってあなただけが私を知ってくれる人だもの」

「……正直なことを言えば、今まで普通に生きていたからこそ出会ったばかりのアリアさんを不憫に思うんです……たとえそんな気持ちがあなたになかったとしても」

「えぇ……ありがとう」

「お礼なんて言わないでください。結局俺は何も出来ていない」


 何故か分からないが、ここに入れてさえしまえば俺じゃなくたってアリアさんに違う世界を見せられる人間はいくらでも居る。

 ただ……その役目を渡したくはないと思ってるけどな。


「何も出来てないなんてことはないわ……あなたは私に色んなものを見せてくれた。教えてくれた……抱かせてくれた……私に多くの感情を、人とは何かをね」

「……………」

「この気持ちの行き場をどこに向ければ……なんてね」


 一瞬、空気がひんやりとした気がして肩を震わす。

 胸元が大きくて見えないアリアさんの表情……果たしてどんな顔をしているのか気になる。


「アリアさん……ちょっと聞いても良いですか?」

「なあに?」

「……外で過ごせるとしたら、やっぱり嬉しいですよね?」


 嬉しいですか、ではなく嬉しいですよねと聞いた。

 アリアさんは頷き、明るい声でこう言った。


「もちろんだわ。外でもローラン君と歩けたりしたら最高ね!」

「……………」


 ……ふぅ、これはちょい頑張るしかなさそうだな。

 明日からもっと魔法の盾に関して調べながら、そして俺なりに考えてみようか。

 後悔することなく……自分の出す答えに満足出来るように。


「あ、ちなみに私はただ結界を張るだけじゃないのよ? 魔法に関してはお手の物だし、どんな状況にも対応出来ると自負しているわ」

「でも……実際に試してないから分からなくないですか?」

「ローラン君が居れば絶対に出来る気がするわ!」

「……そですか」


 その後、色々とアリアさんの使う魔法を見せてもらった。

 結論としては次元が違った。

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