母親
「……特に何もねえな」
魔法の盾に関して、再び調べようと思って図書館に籠ったが何一つこれといった情報を掴めはしなかった。
前回と同じようなものだが、流石に期待はしていない。
あの魔法の盾はもはや王国にとって当たり前の象徴であり、あれが失われるなんて誰も考えちゃいない。
「……………」
あれがあるから王国は守られている……それは間違いない。
王族の方々や騎士様たちはいずれあの魔法の盾が失われることを想定しているとはいえ……心の奥底では絶対に消えないという自信を持っていることだろう。
「もしもあれが消えるとなったら混乱は必至だろうなぁ……しかもそれを招くのが俺だと分かったら極刑じゃ済まねえかも」
極刑以上のものはないだろうけど、果たしてどんな風に残酷に殺されることやら……想像もしたくないな。
まあ俺の考えが全て合っていた場合と、魔法の盾消失がそれに続くとそうなるわけだが……まだ何も分かっちゃいないのにな。
「協力者を募る……いや、何を考えてんだ馬鹿野郎」
協力者なんて出来るはずがないじゃないか。
そもそも今まで誰にも認識されなかったアリアさんだし、そもそもあの魔法の盾が消えるとなれば誰が助けてくれるというんだろう。
むしろ、全てが公になったらアリアさんを連れ出せる可能性のある俺が消されるだけだ――そうなるとアリアさんは本当の意味で一人っきりになっちまう。
「……参ったなぁ」
俺は見ていた本を閉じてそう呟く。
今日もまた俺はアリアさんに会いに行く……会いに来てくれて嬉しいと言ってくれたあの人の笑顔を見てしまえば、どんなことがあってもその気持ちに応えたいと思えてしまう。
「俺ってこんな優しい人間だったっけ」
自分で自分を優しいなんて言うなよ、そう俺は苦笑した。
それから本を元の場所に戻し、図書館を出て城へと向かう――その道中だった。
「……あ」
腰に剣を携えた一人の女性が歩いている。
一人で居るなんて珍しいなって思ったけど、おそらくすぐにでも合流してどこかに行くんだろう……ていうかまた冒険者としての功績を何か立ててきたのかな。
「目を合わせないに越したことはねえや」
そうは言っても、あっちは既に俺を見ちゃいるが。
まあ良い……このまま気付いていないフリをして歩いていけば、あの俺に無関心な人は決して声を掛けないだろう。
そう思っていたのに。
「母親を見て一声も掛けないの? 冷たい息子ね」
「……はっ、そんなこと言えた立場かよ」
母親? 母親だって?
母親ってのは自分の息子を無視するような人なのか? 兄や弟と違って何もないのは俺に運がなかっただけ……けれどどんな理由があるにせよ無関心に少しでもなるのが母親だって?
俺はキッと睨むように女性を見つめる。
この人はセイライ・ブレス――俺の母親だ。
「なんでわざわざ今日に限って声を掛けたんだ? こっちは色々と考え事してるってのに……いつもみたいに無関心に過ぎれば良いだろ」
実の母相手に語気が強いのは許してほしい。
既に前を向いて歩き出した以上気にしていないとはいえ、こうして声を掛けられてしまうとやっぱり……な。
「久しぶりに見たからね。あなたもお腹を痛めて生んだ息子だもの」
「……………」
長い金髪を揺らしながら母さんは言う。
こう言ったら悲しいけど、俺って本当に母さんや父さんに似ない平凡な顔と能力なんだよなぁ……実は俺って全然違う産まれじゃ? なんてことを考えたけど流石にそれはなかった。
「兵士の仕事をしているんだったわね。ちゃんと出来てるの?」
「……まあまあかな」
「そう」
ほら、会話なんてこれだけで終わる。
母さんはジッと俺を見ているけれど、何も言葉を続けないからやりにくいことこの上ない。
「……………」
「……………」
お互いに何も言わない微妙な時間が続いたが、俺はふと聞いてみた。
「なあ母さん」
「なに?」
「あの魔法の盾……あれは絶対の存在なのかな」
「当たり前でしょう。あれは王国を象徴する存在……消えるなどあり得ないでしょう」
「……………」
やはり母さんもその認識なのか。
類い稀なる才能で父さんと共に爵位をもらい、今もなお現役で活躍する母さんたち……別に失望とかではないけど、一人の女性の手によってあれが保たれてるとは思わないんだろうな。
「あなたは昔も言っていたわね? あの魔法の盾は何故存在するのか、消えてしまわないのかって……何故そこまで気になるの? 何かが起こった時のために備えはされているけれど、気にしている人はあなたくらいのものだわ」
そうだな……それがこの国に生きる人の認識だ。
……やはり俺には何かあるのかもしれないな――俺はアリアさんと出会う前にも、あの魔法の盾に関して気になることはあった……けど、自分に何があるのかは全然分からないのが悲しいんだけどな。
「なあ母さん……俺は人の頑張りってのは認められるべきものだと思ってるんだ」
「それはそうでしょう。努力もしない、何もしない者が評価されないことの逆でしかないわ」
「そうだな……まあ認められることがあり得ないにせよ、俺はその頑張りを称えたいって思う――何も知らず、何も気付けず……けどそれは誰も悪くなくて、ただ運が良くて気付けただけだ」
「何を言っているの?」
首を傾げる母さんの正面に立ち、俺はこう続けた。
「俺は今の自分で良かったと思ってるよ――もしも華やかな道を歩いていたら、俺はあの人に会えなかったと思うから」
「……………」
「母さん、俺は確かに無能で弱者だ……けど、そんな自分を恥じることはもうとっくに止めてる。俺は今を十分に満足してるよ」
それだけ言って俺は母さんの元から離れ、城へと向かうのだった。
歩いていく俺の背中……ずっと視線を感じていたのは母さんだったんだろうか?
「さ~てと、早く行くか」
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