外の世界
ここまで女性に対して、若干とはいえ怖さを抱いたことはなかった。
魔法の糸によって絡め取られ、更には強く抱き寄せられていることでどう足掻いてもアリアさんから離れられない。
というか魔法云々の前に単純に力が強い。
「あ、あの……アリアさん?」
「なあに?」
「っ……」
グッと覗き込んでくる彼女を見返した時、その瞳の奥に深淵の闇を見た気がした……あまりに深く黒く、そして入り込んだら二度と抜け出せないような怖さがある。
しかし……しかし!
そんなものよりも俺の感覚はぷにぷにと顔に触れる柔らかなモノ、そこに集中して怖さが一気に吹き飛んでいく。
「ねえローラン君、何故昨日は来てくれなかったの?」
「えっと……」
「ねえどうして?」
無表情と笑顔……どちらかと言えば無表情寄りにコテンとアリアさんは首を傾げる。
再び怖さがぶり返してきたものの、そういえばそうだったと俺は諸々の説明をすることに――魔物の狂暴化により来れなかったこと、そして今日は事後処理のため遅れたことを伝えると、アリアさんは安心したように息を吐いた。
「ここに来たくなくなったわけじゃなかったのね」
「当たり前じゃないですか。むしろ俺、会いに行けなかったことが申し訳ないとずっと思っていたくらいですし」
「あ……そうなの」
「はい。それに今日だって遅れてしまったから……えっと、実は結構気にしてたんです」
この言葉には全く嘘はない。
アリアさんは俺の言葉を噛み締めるように頷き、ようやく自らの腕と魔法の糸による抱擁を解いてくれた。
自由になったところで彼女に手を引かれ、いつも座っている椅子へと招かれた。
「……ふふっ、やっぱりこうしてローラン君と向かい合うの好きね」
「そうですか?」
「えぇ。私からあなたに提供できる話題は全然ないのが申し訳ないのだけれどね」
「いやいやそんなことは!」
俺は慌てるように否定する。
けどまあ確かにアリアさんからすればそうだとは思うが……でもそれは彼女の境遇のせいであり、アリアさんが申し訳なく思う必要なんて何一つないじゃないか。
「アリアさん!」
「な、何かしら!?」
「何か楽しいことをしましょう!」
俺は少しばかり暗くなった気持ちを吹き飛ばしたくてそう言った。
これは完全に俺が暗いことを想像してしまったせいだけど……それにしてもこの提案はいきなりだったよなぁ。
アリアさんからすれば何のこっちゃだと思っただけに、凄い勢いで頷いた彼女はスッと俺の隣にやってきた。
「楽しいこと……いいわねしましょう! 何をしようかしら?」
「……ふむ」
いや、いざそうしようとすると迷うな。
ここから出られないのはもちろん、遊び道具なんて物もここには存在していない……考えれば考えるほどここには何もなくて、俺だったら数日で発狂してしまいそうだなと思える。
「ローラン君?」
「……………」
くそっ……暗いことは考えないようにしようって考えたばかりなのに俺って奴はまた下を向いてしまった。
アリアさんは……アリアさんは本当に一人なんだよ。
この何もない場所でたった一人過ごして……出ることも出来ず、誰かと会話さえも今までしてこなくて……本当に、俺だったら死にたくなる。
「ねえアリアさん」
「なに?」
「アリアさんは……本当にここから出られないんですか?」
「出られないわよ? だってそれが私の運命なんだもの」
運命……か。
なあアリアさん、頼むからそんな何でもないような顔で言わないでほしいなんて思うのは……いや、そうだとしたらこの運命を悲しむという風にもなるのか……どっちにしろか。
「でもそれで良いわ」
「え?」
「だってあなたが会いに来てくれるから」
「……………」
綺麗な微笑みでそう言われ、俺は分かりやすく顔を赤くした。
幸いだったのはアリアさんは俺が顔を赤くしても、それがどうしてなのかを分かっていないこと……もしこれが分かっていたら、お姉さんみたいな人だしこれでもかって揶揄われそうだ。
(ま、それもそれで楽しいのかもしれないけどな)
けど……本当に落ち着く空間だここは。
「アリアさんは……なんというか、本当にお姉さんみたいな人です。これは別に女性と接する経験ってわけじゃないんですけど、長らく母とも話をしていなかったから」
「ローラン君……」
「だから普段一緒に過ごす同僚とは違う安心感というか、包容力みたいなのを感じて落ち着くんですよ」
言葉にしてみたが正にこの通りではなかろうか。
まあアリアさんからすれば勝手にいきなりこんなことを話されて困るかもしれないけど、彼女から発せられる空気につい口から漏れたんだ。
アリアさんはしばらく目を丸くしていたが、嬉しそうに微笑みこう言ってくれた。
「ありがとうローラン君。私だってこうしてあなたと出会えたこと、凄く嬉しく思っているわよ――おいで」
「……おいで?」
う~ん? おいでって何だろうか。
「包容力を感じたいのでしょう? ならほら、私の胸に飛び込んできなさいって意味だったの。こうされると嬉しくない?」
「嬉しい……ですけど」
嬉しいけど自分からは難易度高くないっすか……!?
ただ……どうもアリアさんはここ数日で相手を揶揄うということを覚えたらしく、今のはそれだったらしい。
「……ふぅ」
「ごめんなさい、ついね」
ニコニコと謝られたら何も言えなくなっちまうよ。
さて、こんな風にアリアさんと楽しく話しながら時間は過ぎていき、仕事に戻る時間がやってくる。
しかし今日のアリアさんは随分と寂しそうにしてしまい、俺の方がずっとここに残りたいと思わせられるほど……だからなのかアリアさんはまさかの行動に出る。
「私はここを出ようと思ったことはないわ……でも、ローラン君に付いて行きたいって気持ちはあるかもしれない」
そう言ってアリアさんは扉に近付いた。
おいおいまさか……? 驚く俺だったけれどアリアさんはどこか諦めた様子で扉を開き……それ以上は前に進めなかった。
「……ダメねやっぱり」
扉は開いても足が止まってしまっていた。
まるで彼女の体が別の意志を持ったかのように、それ以上先へと彼女を進ませないようで……なるほど、これがそういうことなのか。
「大丈夫ですよアリアさん、これからずっと来ますから」
「本当? 信じて良いのね?」
「はい!」
それはもちろんですよ!
けど……一体どういう原理でアリアさんは外に出られないんだろうか、そしてどうして俺はここに入れたんだろう。
それが本当に分からない……う~ん。
「俺だけがここを認識出来て入ることが出来た……試しにアリアさん、ちょっと俺と手を繋いでくれませんか?」
「手を? いいわよ」
「それで……もし何か体に異常があったらすぐに離れてください」
「あぁそういうことね分かった」
ま、こんなんで簡単に外に出れたら苦労も何もねえよ。
俺はそう軽く考えながらも、何かあったらすぐに対応出来るように気を引き締め……そして、出来心によって一歩を踏み出した。
「……あれ?」
「あら……?」
城の廊下に出た……ね。
扉がバタンと音を立てて閉まった……ね。
俺とアリアさんは手を繋いだまま見つめ合ってる……ね。
「……………」
「……………」
出ちゃったよ。
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