寂しさを知る
魔物の狂暴化現象が起きた翌日のこと、流石に突発的な出来事が発生したということで後日は僅かながらの事後処理があった。
騎士様たちに混ざって俺たち兵士にもやることがあるが、正直そこまで大したことはない……ただ、俺としては確認したいことがあった。
「……お、居たな」
用があったのは俺が昨日助けたあの男の子だ。
どうやらワイバーンが口を空けて火を噴く瞬間を見ていたようで、助かりはしたがその後は随分と怖がっていた。
だからあのことがトラウマになっていたりしたらどうしようと思い、少しだけ様子を見たかったんだが……どうやら大丈夫そうだ。
「聞いたわよ? 昨日、危なかったって」
「ごめん……でも王女様も騎士様もかっこよくて、それに僕を守ってくれたお兄ちゃんも!」
……いやぁ照れちまうな。
様子を見れれば良かったので俺はその場から離れ、次の仕事へと向かうのだった。
ちょい話をするのも良かったけれど、元気な姿を見れたのならそれで俺の目的は達成だ。
「……まあそれよりも」
あの時のこと……俺にとってもあのワイバーンの火球でどうなるかってヒヤヒヤものだったけど、それ以上に怖かったのがその後だ。
火事場の馬鹿力かのように火球を放ったワイバーンだが、その後に目も背けたくなるほどの残酷なシーンを見せ付けられた。
「……………」
いくら魔物とはいえ、体をぐしゃぐしゃにされてあそこまで苦しそうに死んだのは……かなり怖い光景だった。
その時、瞬間的に男の子の目線を遮った俺を褒めてほしい。
そのおかげで俺はバッチリ見ちまったわけだが。
「ったく、こういうことはとっとと忘れるべきだよな」
頭をブンブンと振り、嫌な記憶を彼方に吹き飛ばす。
というかそれよりも気になるのがアリアさんのことだったりするんだよなぁ……だって今日もこうして外に出ているせいで、あの人に会いに行く時間は過ぎてしまっている。
それでも少し遅れて警備にはいけると思うので、今日中に会えることはまず間違いない。
「……?」
その時、空が揺らめいた気がして視線を向ける。
何もない……よな? 何故か昨日くらいからあの空が気になって仕方ない……いつも見ていた景色のはずなのに、どうしてこんなに気になってしまうのか……アリアさんが生み出す結界だから?
「……よしっ、とっとと済ませてアリアさんの元に行こう」
俺も会いたいからなと、そう気合を入れるのだった。
そこからは自分でも驚くほどスムーズに作業は進んでいき、昼過ぎには城へ向かうことが出来たのだが……少し、本当に少し面倒なことが……あぁいやいや光栄なことなんだけど起きてしまった。
「むっ、君! 少し待ちたまえ!」
「はいっ!?」
城の入口で俺を呼び止める人が居た――ライザ様だ。
まさかこんな方に呼び止められるとは思っておらず、その場でピンと背を伸ばしてしまうほどにビックリする。
しかも何やら話をしていたのか兄の姿もあって、驚いたようにこちらを見つめている。
「えっと……何か御用でしょうか」
「うむ――実はずっと、昨日のことが気掛かりだったんだ。あのワイバーンの火球……正直、トドメを差し切れていなかった我らの怠慢ではあったが、あの光景はこちらを驚かせるには十分すぎた」
「は、はぁ……」
なんだかとてつもない口数だ……。
これがライザ様の怒涛の攻撃か……なんてふざけたことを考えてないとこの状況は乗り切れそうにないぞ。
「君はあの時、何をしたんだい?」
ライザ様の宝石のように綺麗な瞳がジッと見つめてくる。
まるで全てを見透かすような……けれど、それに不快感なんてなくてどちらかと言えば緊張感の方が強い。
しかし……何をしたと言われても正直分からないというのが本音だ。
「あの……自分でも分からないんですよ。あの時、俺も終わったと思ったら何もなかったので」
「……ふむ」
俺は嘘を言っていない……それが分かるのかライザ様は特に疑うような視線は向けてこない。
「なるほど……君は嘘を言っていないようだ。しかしそうなるとアレは一体何なのか……う~ん」
顎に手を当てて考える仕草がちょっと可愛い。
ライザ様に関しては凛々しいという言葉しか出てこないんだが、こうして近くで見ると印象は変わるものだな。
「ライザ様、俺に答えられることは何もなさそうです。仕事場に向かっても良いでしょうか?」
「あ、それは済まない。ちなみにどこに配属されている?」
「あそこです」
俺は城の上層に指を向けて教えた後、すぐに向かうのだった。
というか王族の方は基本的にあそこには来ないだろうし、聞いてきたところで何もないとは思うが……つうか、最初以外は兄のこと全く気にならなかったなぁ……。
一切休みを入れることなく上層に向かったので、着いた頃にはもう息も絶え絶えだった。
「……あった」
一日空いたけどあの扉は消えていなかった。
俺は息を整え、ノックをしてから扉を開ける……そしてその瞬間、二日目のように体に魔法の糸が巻き付いて中に引きずり込まれた。
「むぐっ……!?」
しかし、あの時のように地面に倒れることはなく……ふんわりとした感覚に受け止められ、どうしようもないほどに心地良さが俺を包み込んだ。
「あぁ……来てくれたのねローラン君」
「……アリアさん?」
俺を受け止めたのはアリアさん……ここには彼女しか居ないので。この部屋の中で俺に触れられるのは彼女しかあり得ない。
一日だけ離れていただけなのに、こうして彼女の声音が懐かしく聞こえるのは俺も会いたかったから……だろうか。
「ねえローラン君? 私ね、また一つ知ったのよ」
「何をですか?」
ニコッと微笑み、アリアさんはこう言った。
「寂しいって感情をね」
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