ワイバーン
魔物の狂暴化、それは時々起こる災厄のようなものだ。
王国はアリアさんの発生させる結界に守られているとはいえ、それは外からの侵入を拒むというのは前提だが、もちろんその内側で生まれる魔物に関してその力は及ばない。
「ローラン……俺ら大丈夫かな?」
「大丈夫だって」
さて、そんな災厄が起こったとなれば俺たちにも普段とは違う役目が与えられる。
王都に迫る魔物との戦いは主に騎士様たちが担当するのだが、俺たちただの兵士も戦場への招集がされる……まあ前線ではなく、物資搬入くらいだが結構忙しい。
忙しくはあるが命の危険はほぼほぼないと言っても良いだろう。
それなのに隣でルークが怖がっているのを少し苦笑してしまうが、万が一がないとも限らない……絶対なんて言葉ほど当てになるものはない。
「ま、何も心配するなって言えるほど俺は強くないし無責任なことを言えないけどさ。それでも大丈夫だ――騎士様たちが戦ってくれている」
「そう……だな。俺たちは俺たちに出来ることをしよう!」
よし、気持ちを落ち着かせてくれたみたいだ。
俺たちの居る場所からも騎士様たちが戦っているのは見えている……魔物の数は凄まじいが強敵は居ないらしく、どこにも苦戦は見られない。
「やああああああっ!!」
その時、一際凛々しい女性の声が響き渡った。
俺だけでなく他の兵士たち、そして騎士様たち見つめる先に居るのは白銀の甲冑を纏う赤い髪の女性――彼女はライザ様、この国の第一王女だ。
何故王女が戦っているのかという疑問はあるが、あの方はああやって王都を守るために戦う方が性に合っているとのことで、その類い稀なる剣と魔法のセンスを遺憾なく発揮している。
「良いか! この魔物共は大したことはない、しかしどんな小さな隙も奴らに見せるでないぞ。我らの後ろには守るべき民が居ると心得よ。皆の大切な存在が居ると心得よ――さあ、行くぞ!」
なんとも勇ましい女性だが、あの方も民から厚い人気がある。
周りを照らす眩しい太陽のような彼女は、正しくこの国になくてはならない存在と言えるだろう。
ライザ様の言葉に騎士たちが声を上げ、魔物の掃討に気合が入ったようで次々と薙ぎ倒していく。
「すっげえ……やっぱ憧れるぜ。ああやって戦えるの」
「……そうだな」
それから俺たちは自分の仕事をしながら、掃討の終わりを待つ。
この戦いの中……こうして余所見をするのはダメだと思いつつも、俺は城の上層部をチラッと見てしまう。
いつもアリアさんに会いに行く時間は過ぎており、今日は会いにいけなさそうだ。
(まあ出会ってまだ数日程度だし……こんな日があってもおかしくはないから仕方ないか)
寂しがってくれるならそれはそれで嬉しいけれど……ちょっと自意識過剰かもしれないな。
彼女の境遇を辛い物だと考え勝手に同情している身だが、随分とアリアさんに心を許しているなと自分自身に驚いていたその時だ。
「な、なんだあれは……」
その時、空を影が舞った。
ゆっくりと空を見上げると、そこには人よりも大きく……そして翼を揺らすワイバーンの姿があった。
基本的に竜種が住む谷にしか居ないはずのワイバーンだが、おそらく狂暴化の影響でここまで来てしまったんだろう。
「ライザ様!」
「分かっている。アレを魔法で落とす」
しかし、どんなに巨大な魔物が現れても誰も慌てはしない。
目前の脅威を打ち倒すために、俺たちの住むここを守ってくれるあの方たちは全力を尽くしてくれるのだから。
ライザ様の魔法が天から降り注ぎ、ワイバーンの翼を射抜き地面と叩き落とし、そこに騎士様たちの攻撃が襲い掛かった。
「……すっげえ」
まるでさっきのルークと同じ反応をしてしまった。
ワイバーンは苦しそうな呻き声を上げて動かなくなり、それを皮切りに魔物の攻勢が終わったようだった。
「終わったぞ!」
「流石ライザ様に騎士様たちだ!」
「フュリアス王国万歳!」
周りが歓喜と安心に包まれる中、俺はどうして不安が拭えない。
よく分からない……何だろうこの感覚……そう感じたところで、一人の男の子が群衆の群れを飛び出した。
玩具の剣を握っていることから、騎士様に憧れているのかもしれない。
「気持ちは分かるけど事後処理とかあるから止めないとな」
流石に邪魔だと払われることはないが、一旦あの子には落ち着いてもらうか。
邪魔をさせないために俺はすぐ男の子に駆け寄った。
「君、まだ近付いたらダメだ」
「……やっぱりダメ?」
「うん、ダメだよ」
「分かった……じゃあ後で機会があったらお話したい!」
……やっぱ、小さい子って純粋で可愛いもんだな。
俺にもこんな時があったんだろうかと懐かしく思った直後、視界の隅に映るワイバーンが口を開けた……え?
「……な……っ」
死にかけていたワイバーンの口に炎が集まり、それは瞬時に発射されてこちらへと向かう。
死んでいなかったのか、いやそれにしては……そんないくつもの考えが浮かんだのも不思議なほどに一瞬で、そして更にこの状況下で体を動かせたのも奇跡だった。
「あ、おにいちゃ――」
近くに居たあの子を抱き寄せて守る……背中をワイバーンに向けたことで、放たれた火球が徐々に背中を焼きに来る感覚がある。
一瞬だった……一瞬なのにこんな風に動けたんだな俺は。
なんて少しばかり諦めモードだけど、どんなに死にそうになっても必死に意識を保てば人間大丈夫じゃね?
そう思い、俺は必死に迫る衝撃と痛みに歯を食いしばる――周りの悲鳴なんかが混じった音が消え、いよいよかと思ったが不思議なことに何も起こらなかった。
「……うん?」
「あれ……?」
胸の中に居る男の子も目を丸くしており、俺たちは二人揃って何が起きたのか全く分かっていない。
ライザ様を含め、多くの驚いた視線を受けていたが更にまた不思議なことが起こる。
「え?」
空が割れたのだ文字通り……性格には魔法の盾――アリアさんが作る結界が割れ、そこから触手のようなものが伸びてワイバーンを絡め取る。
ワイバーンを縛り付けるだけでなく、引き千切るような勢いで締め付けて行き……そしてバラバラになった。
「これは……なんだ?」
あまりにも惨い死に方に、今起きた異変に関して声を上げる者は居なかった。
周りは何が起きたのか分かっていない。
けれど俺はどこか……今起きた異変に確かな安心を抱いていたんだ。
「……あぁ、まただわ……でも昨日より更に酷くて……胸が痛い。ねえローラン君、どうして来てくれないの?」
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