嵐の前の静けさ
俺は……何だかんだ言って、昔は本当に頑張ったと思う。
『はぁ……はぁ……まだだ! まだやれます!』
『やれやれ、デュガレス様を担当したかったんですがね私は……』
兄と弟だけでなく、家庭教師にも期待はされていなかった。
もしも……もしもこんな環境の中でも、両親が味方してくれたら俺はどんな人間に育っただろうか……たぶん変わらなかった気もするけれど、それはそれで俺にはパパとママが居るんだぞ!? みたいな傲慢なゴミ人間になっていた可能性もあるのかな。
『息子には無理だし、好きに教育をしてくれ』
『デュガレスやリアムのようにはなれないのでしょうからね』
期待されていなかったことは元々分かっていた……こうも言われたことで俺自身折れちまうと思ったんだけど、意外とそうはならずまあそんなもんだよなって感じだった。
結局、人がやれることには限界がある。
届かない高みを目指し続けるのもそれはそれで夢があるが、俺は自分の限界を明確に感じていたからこそ諦めた……その上で、もういいやと開き直って今の自分になったんだ。
『ローラン君、何か困ったことはないかしら?』
『ローラン様、何かお困りなことはございませんか?』
よくよく考えればニアールさんとベスティさん……兄と弟の婚約者は本当に優しくしてくれて、二人が知らない二人の素顔をバラしてやろうかとも思ったんだけど、良くしてくれた相手だからこそ綺麗な思い出のままにしてあげたかった。
兄も弟も婚約者には良い意味でベッタリだからなぁ。
『良いですかローラン様、魔法とは世界の息吹を感じ取るのですよ。それは魔法が使えない者ですら感じ取れるものです……まさか、それさえも感じ取れないと? 赤ん坊ですら感じ取れると言われている外部からの魔力を一切……? だとすればあなたは無能と言う言葉では足りませぬぞ』
ふぅ……これ以上昔のことを思い出すのは止そう。
これも昨日の帰りに兄を見たせいだぞ絶対に……あれから一日経ったんだし、いつまでもウジウジするなんて俺らしくもない。
「もうこれも買ったわけだからな」
今日、アリアさんの元に持っていく予定のスイーツは既に買った。
後はこれを彼女が喜んでくれるのか、はたまた食べてくれるのかという心配があるにはあるけれど、美味しいと評判だし大丈夫……だよな。
その後、城へと向かい俺はいつもの場所と辿り着く。
「……よし」
コンコンと、昨日と同じようにノックをしてから中に入る。
しかし、俺は瞬間的にスッとスイーツの入った袋を持ち上げた……その判断は正しかったらしく、むぎゅっと幸せな感触と共に抱きしめられたからだ。
「いらっしゃいローラン君」
「……どうもですアリアさん」
えっと……いきなりの抱擁とはこれ如何に?
突然抱きしめられたことに困惑と恥ずかしさはあったが……こうされていると昔に母さんにされていたことを思い出す。
切ない? 悲しい? んなわけあるかちょっと思い出しただけだ。
「……まただわ」
「え?」
「あなたのその顔を見ると……胸が痛いわ」
アリアさんは……どこか辛そうな顔をしていた。
何故……何故あなたがそんな顔をする? そう問いかけようとした俺だけど、アリアさんは俺が持っている紙袋が気になったようで、ジッと視線を向けている。
気遣ってくれてありがとうと内心で感謝をしつつ、俺は早速買ってきたものを取り出した。
「これ、外の食べ物なんです。スイーツ……の知識はありますか?」
「甘い物ね。もちろんあるわよ……でもどうして?」
「あなたのために買ってきたんです。アリアさんは食事を必要としないと言ったけど……ごめんなさい勝手に勿体ないって思っちゃいました」
「あ、私のために……それを?」
「はい」
恐る恐ると言った具合に女性に人気のスイーツを取り出す。
これはジンレオという果物を用いて作ったパイなんだが、俺も時々食べることがあるけどマジで美味い。
「これが……食べ物なのね」
「……………」
俺、今ものすっごく緊張してる。
アリアさんは真っ直ぐジンレオパイを見つめ続け……そして俺に視線を戻した。
「私の初めての食事……しても良い?」
「良いですよ。あ、ちゃんと飲み物もありますからね」
「飲み物!」
やっぱり、飲み物も初めてだったみたいだ。
アリアさんは初めての食事ということで緊張していたけれど、一口食べたら手が止まらなかった。
「美味しい……美味しいわローラン君!」
「それは良かったです」
う~ん……やっぱこうして見ていると凄く微笑ましい笑顔だ。
お互いに完食した後、俺としては改めて美味しかったなという感想しかなかったけれど、アリアさんはこんなことを言ってくれた。
「ローラン君に出会って……こんなことまで知れて……私、初めて生まれて良かったって思っているわ。使命に陰りはない……ないけれど、あなたに出会えたことが本当に嬉しいわ」
「……俺も一緒ですよ」
よく分からない上層の配置されたかと思えば、こんな出会いがあったのだから嬉しいに決まってる。
そうだ……こういう時だからこそ、アリアさんに色々聞いてみるか。
「アリアさん、年齢とかって聞いても大丈夫なんですか?」
「年齢……一応私が私と認識してからは二十年ね」
「やっぱりそれくらいなんだ」
「他にはある?」
「聞きたいことなんて山ほどあります……でも流石に、俺にも仕事がありますから」
「……そうね。お仕事があるものね」
アリアさんは顔を伏せる。
その様子が俺が居なくなることに対する寂しさであること、それを理解出来るからこそうっと言葉を詰まらせてしまう。
「これから毎日……休日はともかく、来れる時は必ず顔を出します」
「本当?」
「はい。迷惑じゃないですか?」
「全然そんなことはないわ! 必ず……必ず顔を出してちょうだい!」
「はい!」
別に今の生き方に楽しみを感じていなかったわけじゃない。
でも……こうして誰かと約束をして会うこと、それがこんなにも楽しいだなんてなぁ。
「ローラン君、私も聞きたいことがあるの」
「聞きたいことですか?」
アリアさんは頷き言葉を続けた。
「昨日……あなたの身に何かあったかしら?」
「え?」
「……自分でも分からなかった。何か嫌な予感がしたのよ……心がキュッと苦しくなって、何かが起こるんじゃないかって……あんなのは初めてだった……その時に、ローラン君のことを考えたの」
「……………」
それは……。
勘が鋭いのかどうかは分からないが、俺はアリアさんに心配を掛けたくなくて笑顔で答えた。
「何もなかったですよ。久しぶりに兄とその婚約者に会ったくらいで」
「そうなの……そうなのね」
それにしても、アリアさんは最初に会った時から表情豊かだったように思えるけど、今はもっとそれを顕著に感じている気がする。
これからもそれを見ていけると思ったら、俺はワクワクして仕方がなかった。
また明日もアリアさんと会える。
そう思った俺だったが、翌日……突然モンスターが多数狂暴化し、王都に迫るという緊急事態が発生したのだ。
アリアさんが形成する結界があるとはいえ……俺はルークたちと共に別の仕事を余儀なくされた。
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