歪む空

「……さ~て、何を買って行こうかなぁ」


 早速明日、どんな食べ物をアリアさんに買って行こうかと迷う。

 別に今日買うのではなく明日なんだけど、この選択には大きな意味があると思っている。

 だってそうだろう? アリアさんの感覚では食事を摂るということが今までなかったし、摂ろうと万が一なっても食べ物がなかった……ということはつまり、俺が選ぶものがアリアさんが生まれて初めて食べる物になるからだ。


「……むぅ」


 食事なんて食えれば何でも良いとは言わないが、今まであまり贅沢を言ったことはない。

 婚約者の居る兄や弟と比べ、女性と食事に行ったことの回数もたかが知れているので好みなんかも分からない……これは難題になりそうだぞ。


「ルークとか隊長とかだと肉ばっかになるんだが、流石に女性相手にそれはレベルが高い……そうなるとやっぱりスイーツになるか」


 女性は甘い物が好きだって言うし、それで行こう!


「おっすローラン! こっちも終わったぜ」

「よし、じゃあ帰るか」


 お互いに本日のお勤めが終わり、一緒に外に出ようとした時だ。

 何やら騎士の姿が多いなと思っていたが、普段であれば絶対にお目に掛かれない人たちがそこには居た。


「あれは……って!!」


 隣でルークがこれでもかと驚いている。

 とはいえ俺も内心ではマジかよって気持ちではあるが、遠目からなら見ることもあるのでそこまでの驚きは……いやあったわ。

 俺たちの視線の先――そこに居たのはこの国の王であるアレウス様と第二王女のフィリア様だった。


「たぶんあれじゃないか? アレウス様とフィリア様はよく一緒にああやって城を回って騎士様たちを激励してるし」

「あぁそっか! つうことは……俺たち下っ端はなさそうだなぁ」


 それは仕方ないだろうと俺は苦笑した。

 あの人たちは良く接する騎士たちはもちろん、貴族からも頼りにされ信頼も厚い……王に対してこのような言葉を使うのは似合わないかもだが、間違いなくあの人が統治する国に生まれて良かったと思えるほどだ。


「……つうか分かりやすい反応だな」

「だなぁ」


 俺たちの視線はアレウス様とフィリア様……ではなく、フィリア様を見つめている貴族と騎士たちに向いた。

 さっきも言ったがフィリア様は他の王女様方と同じく、国の至宝と呼ばれているほどに美しい。


「鼻の下を伸ばして何か期待しているみたいだけど、無駄なのにな」

「だなぁ……って、俺たちはさっさと帰ろうぜ」

「おうよ」


 とはいえ、しっかりと頭を下げておくことは忘れない。

 その場から歩き出してすぐ、アレウス様のよく通る声が俺の鼓膜をこれでもかと震わせた。


「国を守るため、民たちを守るために我々は最善を尽くすのだ。あの空に浮かぶ魔法の盾の存在、それに驕ることなくな」

「はっ!」

「無論です! たとえアレが今この瞬間失われたとしても、全てを守るために我らは居るのですから!」


 やれやれ、気合の入っているものだな。

 しかし……アレウス様の言葉とは裏腹に、今喋っていた騎士の言葉に重みを一切感じなかった。

 彼はあの魔法の盾が失われることを疑っていないし、そもそも存在して当たり前なんだと思っている……アリアさんの話を聞いた後だと、素直にそうだなと頷けないのも確かだ。


「……?」


 特に表情に出たわけでもないはず……それなのに、視線を感じてチラッと見たらフィリア様が俺を見ていた。

 まあ俺を見ていたというよりこちらの方角を見ていたというのが正しいだろうが、あまり気にすることなくルークと共にその場を去った。


「じゃあルーク、また明日よろしく頼む」

「おう! また明日な!」


 アリアさんと出会い、仲良くなった同僚たちとの変わらぬ日々……まさか仕事場が変わってこうも楽しくなるとはなぁ。

 このまま美味い飯でも食ってそのまま寝ちまえば、気持ち良く寝れそうだと思っていたのに……。


「うん? そこに居るのはまさかローランか?」


 背後から聞こえた声に振り返る。

 聞き覚えのある声だとは一瞬思ったけれど、聞き覚えがあるどころの話じゃなかった……だってそこに居たのは俺の兄だから。


「……………」

「やはりローランだったか」

「ローラン君?」


 兄――デュガレスと、その婚約者のニアールさんだ。

 正直くっそめんどくさい出会いに舌打ちをしたくなったものの、傍にニアールさんが居て安心する。

 出来損ないとはいえブレス家の人間だからこそ、俺のこともニアールさんは気遣ってくれるので、それもあって兄は彼女の前だといつも口にする汚い言葉がなくなるからだ。


「家を飛び出して随分と経つが、あまり顔を見なかったな。その様子だと元気にしているみたいじゃないか」


 ほら、二人っきりだとこんなことは絶対に聞いてこない。

 大好きな婚約者の前で仮面を被りたくなる気持ちも理解出来るので、俺からすれば疲れさせてごめんねと鼻で笑ってやりたいくらいだ。


「元気だよ。兄さんが気にするようなことは何もないって」

「ローラン君、家に行っても会えないから心配してたの。元気にしているようで良かった」

「ありがとうニアールさん」


 あぁうん……この人は本当に良い人だ。

 もちろん俺は兄が面白くなさそうにしている顔を見逃してないけど、ニアールさんの手前それは黙っておく。

 感謝してくれよ兄さん。


「デュガレス様、少しあちらのお花を見ても良いかしら?」

「あぁ、大丈夫だよ。いってらっしゃい」


 ニアールさんが少し離れた瞬間、兄は顔色を変えた。


「全く、こうしてニアと一緒に居る時に貴様を見るとはな」

「懐かしいなその顔。兄さんにピッタリだ」

「貴様……家から離れて口は達者になったようだ」


 それだけ成長したと思ってくれよ。

 俺もたぶん捻くれてるとは思う……でもまだ小さい頃は兄や弟に何か言われる度にビクビクしてたんだから本当に成長したよ。


「父と母も貴様のことは一切話していない……それだけ、お前という存在は必要なかったんだ」

「そうかよ。まあだから家を出たわけだけど?」

「せめて生まれだけに感謝し、蔑まれようがみっともなく身分に噛り付くと思ったんだがな」


 それはそれで楽な生き方だし、干渉しなければ両親もおそらく何も言わなかっただろう……でも、そんな生き方は嫌だった。

 さて、兄は果たしてどんな顔を俺にさせたいんだろうか。

 きっと悔しがれとか、辛そうな顔を見せろとか思ってるのかもしれないなぁ……でも残念、俺は今の生き方が最高に楽しいからさ。


「ではな愚弟、出来れば二度と顔を見ることがないのを祈る」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ」


 そうして俺は兄に背を向け、歩き出した……しかし、何かが空気を斬る音を聞いた。


「?」


 今のは間違いなく後ろから聞こえた……振り向くと、俺に手を向けたまま驚いた顔の兄が佇んでいる。

 なんだその顔は……もしかして今、俺に何かしようとしたのか?

 兄はフルフルと頭を振ってニアールさんの元に向かったため、何をされたのかも分からなかった。


「……ま、良いか」


 ったく、面倒な出会いだった……そう思いながら空を見上げ、俺はおやっと首を傾げた。


「……魔法の盾……つうかアリアさんの作る結界ってあんな模様だったっけか?」


 穏やかな色と文様で王国を包み込む結界……それが少しだけ歪んだように見えたのは気のせいか……いや、気のせいかもしれない。

 だって今見ていたら何も変わりないって思えたから。





「変だわ……何故か胸がキュッとした気がする。これは何……? まるで自分の大切な何かが傷付けられそうになったような……おかしいわね。私にそんなものは……ふふっ、まさかここでローラン君が思い浮かぶなんて……これも彼と出会えたおかげなのかしら? あぁ……また一つ、人を知れたわね」

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