認識されない聖女
聖女とはなんだ、その問いかけに彼女……アリアと名乗った女性はそこからねと教えてくれた。
「あなたが……いえ、この世界の全ての人が私という存在を知らないのも無理はないわ。元々これはそういうものだから」
「そういうもの?」
「えぇ、だって私のことを認識出来る人は存在しないから」
そう言ってアリアさんは胸を張った。
ぷるんと揺れた大きな胸は一旦見ないことにした後、俺は今の言葉を冷静に考えてみる。
「……う~ん?」
「あら、全然分からないって顔ね」
そりゃそうでしょうよと、俺は頷く。
だって聖女っていう存在がそもそも分からないし、世界の全ての人がアリアさんの存在を知らないというのは理解出来るとして、認識出来る人が存在しないというのはイマイチ分からない。
「具体的に言わせてもらえば、私は生まれてから死ぬまで誰にも認識されず一人で生きるのよ。この王国を守り続ける結界があるでしょう? あれに無限にも近い魔力を流し存在させ続けること、それが私がこの世界に生まれた理由であり、そしてそれこそが聖女という存在なのよ」
「……はぁ」
俺……何やら凄いことを聞いた気がする。
ってかめっちゃ重大なことを聞いたし……それ以上に、とてつもなく重たい事実を知ったのではないか?
俺は基本的に頭が良い人間じゃない。
それでも今彼女が言ったことを脳内で噛み砕いた結果、答えは簡単に導き出された。
「あなたは……えっと、アリアさんは――」
「あ……」
「どうしました……?」
「いえ……名前を呼ばれたのも初めてだから思わずね」
こういう時、どんな反応をすれば良いのか分からない。
「名前で良かったですか?」
「もちろんよ。これからもアリアと呼んで? そして私も君のことをローラン君と呼んでも良い?」
「それは全然大丈夫です!」
取り敢えず、名前の呼び方で空気は一旦リセットされた。
アリアさんが俺を気遣ってくれたのかどうかは分からないが、心の中で感謝をしてから言葉を続けた。
「アリアさんは生まれてから死ぬまで誰にも認識されず、この国を守るための……俺たちが魔法の盾と呼んでいるアレに魔力を注ぎ続けるだけの存在で……それが聖女って呼ばれる存在って認識ですか?」
「一度だけの説明でよく分かってくれたわね。ローラン君はひょっとしなくても頭が良いのかしら?」
「いや、普通に自分の中で整理しただけです……俺、兄弟に無能って言われるくらいですから」
って俺の馬鹿!
初対面の人に話すようなことじゃねえだろ……じゃなくて、俺のことはどうでも良い……俺の考えが一切間違ってないというなら、あまりにも残酷すぎないか?
「アリアさんは人間……ですか?」
「私の感覚では人間だと思ってるし、体の作りも莫大な魔力があることを除けば人と何も変わらないもの。ただ……どういう風に生まれたのかは分からないわね――私にはただ、この国のためだけに尽くすという使命のみがあればそれで良かったから」
「……………」
「確かに最初はビックリしたけれど、私にはこの使命があることと人間とはどういうものか、この世界はどんな世界なのか、そしてどのように人は過ごしているのかの知識は頭にあったから。私の存在は誰にも知られることはなく、私もまたここから出られない。この中で自分の使命を全うすること、それだけ分かっていれば大丈夫だから」
なんて……なんて表情でそんなことが言えるんだこの人は。
俺はまだ全てを分かったわけじゃないけど、アリアさんは間違いなく普通じゃない……人間かもしれないけど普通の人間でないことは確かだ。
けど……誰にも知られることなく、ここから出られないだって?
確かにこの部屋はあまりにも豪華で広い……でも、自分の命が続く限りこの中で過ごすとか地獄じゃないのか?
「あら、随分と表情が暗いわね? 私、何か酷いことを無意識に口にでもしてしまったかしら……」
アリアさんは困った顔になり、そっと俺に近付く。
今までずっと近い距離だったのだが、それ以上に近くなってしまったことで俺は咄嗟に一歩退いてしまった。
俺は今まで十八年間生きてきて女性経験はない。
貴族の家出身でも婚約者なんて居たこともないし、俺みたいな悪評付きの子息と一緒になりたいという女性も居るはずがないからだ。
「……コホン!」
そんな悲しいことは頭から追い出し、俺はふと聞いてみた。
「アリアさんは別に酷いことなんて言ってないですよ……おそらく、今あなたが話したことは嘘じゃないんですよね?」
「嘘ではないわ。全部本当のことよ」
「……辛くないですか?」
「辛い……? 辛いというのは悲しいということよね。そんなこと考えたことすらなかったわ。さっきも言ったでしょう? 私はここで使命を全うするだけの存在だと――私はそういう存在なの」
……俺だったら間違いなく発狂すると思うけどな。
けどさっきも思ったことだけど、アリアさんは普通の生まれではないからこその価値観なんだ。
ここにずっと居ることも、使命のためだけに生きるのも、そして誰とも会わずに居ることも。
「……なんだか不愉快だわ」
「え?」
「あぁごめんなさい。不愉快と言うのは違うかしら……自分でもよく分からない初めての感覚なのだけれど、あなたがそんな風に辛そうな顔をしているのを見るのは嫌だわ」
「それは……ごめんなさい」
「どうして謝るの……? でもそうね……理解したわ。私の境遇はあなたたち人間からすれば辛いことなのね」
誰だって俺みたいな反応になると思うけどな。
でも……こうして話をしていて根本的な何かを見逃している気がするのは何故だろうか。
そう思った俺の考えを裏付けるように、アリアさんはハッとするようにこう言った。
「私は今、こうして初めて自分以外の人間と触れ合っている……それがあまりにも新鮮で大事なことを聞き忘れていたわ。ローラン君、どうしてあなたはここに入れたの?」
あ、そうだそれだ俺が聞きたかったことは!
「さっきも言った通り、私は決して認識されないのよ。私が生まれてからずっと、それは変わらなかったし知識として頭に入っている。だからこの出会いは絶対にあり得ないの……ねえローラン君、どうしてなの?」
「いやその……俺も分かんないです」
どうして俺はここに入れたんだ?
それから更に詳しいことを聞いたけど、何をどうしたところでアリアさんはここから出ることは出来ず、この部屋の存在も絶対に誰かが認識することが出来ない。
その証拠に、俺が扉を開いてもアリアさんは近付くことが出来ず……そして俺を探しているのかルークが前を通っても扉の向こうに居る俺を認識出来ない様子だった。
「分からないことだらけね……」
「あの……こうして外が見えてますけど、それでも出る気には……」
「ならないわね。私はここに居なくてはならないから」
それが私の使命だからと、アリアさんは笑った。
正直、まだまだ分かってないことは多い……でも俺は、そんな風に笑うアリアさんにこんな提案をしてしまった。
「あ、あの! もし良かったらこれからもここに来て良いですか?」
それは果たして彼女を憐れに思ったからなのか、それとも……他に何か考えがあったのかは分からない。
俺の言葉にアリアさんは目を丸くしたものの、笑顔になって頷いてくれた。
「もちろんよ! 良かったらいつでも来てちょうだい!」
こうして、俺は誰にも知られることのない女性と知り合ったのだ。
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