聖女ってなんぞ?

「……………」

「おい、どうしたんだ?」

「はひっ!?」


 朝、ボーッとしていたら昨日の騎士様が声を掛けてきた。

 突然背後から声が聞こえたせいでビクッとしてしまい、騎士様はやれやれと肩を竦めたが……すぐに彼は真剣な表情になった。


「その反応……まるで俺がかつて、不可思議な何かを見て夜眠れなくなった反応に似ている……まさか何か見たのか!? お化けでも見てしまったのか!?」

「あ、いや……あの……」


 あぁうん。

 やっぱこの人すんごい怖がりだわ……俺よりも騎士様――ダレンさんの慌てぶりが凄くて逆に落ち着いた。

 しかし……俺としてはいまだに昨日のことが理解出来ていない。

 だってそうだろ? 二人は俺と違って本気で扉が見えていなかったみたいだし、その中に入ったら物凄い美人の女性が居たとか言っても面白がるだけで逆に頭のおかしさを疑われるだけだ。


「何でも……ないっす」

「そうか。まあこうして知り合ったのも何かの縁、困ったことがあれば何でも言うと良い」

「……ダレンさん、優しいっすね?」

「俺は騎士以前に貴族だが、騎士として民を守る立場になったからこそ弱き者を気に掛けることが増えただけだ。ローラン、人には向き不向きというものが存在する……力のある俺の言葉が君に届くかは分からんが、君は君のままに職務を全うすると良い」

「……はい!」


 か、かっけえ大人だぜ。


「まあ、そうは言っても何も心配はないだろうだな――王国にはアレがあるのだから」


 そう言ってダレンさんは空に指を向けた。

 雲一つない空に目を凝らせば、魔法陣のようなものが薄く揺らめいておりこの王都だけでなく、王国を包み込んでいる。


「あれこそ我がフュリアスを守る魔法の盾――天に座する神からの贈り物とされている代物だ」


 そう、このフュリアス王国が不思議な力によって守られているというのは有名な話だ。

 あれは外部からの悪意を通さず、魔物すら通さない。

 そのおかげである意味不可侵の国として機能している……それがこの平和の理由と言っても良い。


「神からの贈り物……ですか」


 そしてこの空に漂う盾とされるものは神からの贈り物とされている。

 何故そう呼ぶようになったかは単純で、あれがどうして存在しているのかその理由が説明出来ないからだ。

 しかしたとえ説明出来なくとも、アレが国を守っているのは確かでありフュリアスだけに齎された奇跡の力として……説明出来ない事象を神からの贈り物と言っているだけに過ぎないんだ。


「あれがいきなりなくなったりしたらどうなるんですかね」

「仮にそうなった時の俺たちだ。王の言葉にもあるだろう? あれは確かに神からの贈り物だが、それが失われた時に我々が己と国を守れる強さを持つことが大事だと」


 本当に、良く出来た国の在り方だと誇らしく思う。

 この国は守られている……けれど、外側の悪意をある程度遮断出来るとはいえ内側の悪意は……まあ今更かそれは。


「それじゃあまた君を連れて行くが……もうお化けネタは良いからな?」

「あはは……分かってますよ」


 そうして、俺はあの場所へと向かった。


 ▼▽


「……………」


 さて……俺は忠実にこの場の警備という任務を熟している。

 しかし目に入るのはやはりあの扉……これ、もしかしたらダレンさんとかルークが結託して、俺を怖がらせるために実は見えてるけど見えてないって言ってるんじゃないかって、そう思ったけどたぶん本当に俺しか見えてないんだろうな。


「……色々と調べたけど、ここに扉はないはずだし……何よりここから向こうはちょうど外……部屋がある隙間なんて考えられない」


 でも……昨日は確かにこの扉の向こうに部屋があって、すっごい美人の女性が素っ裸だった……思わずごくっと唾を呑む。


「いやいや……これはあの女性に興奮したとか、また見たいとかそんな見え透いた欲望じゃない!」


 これは……そう! もしもこれが原因で災いが起きた時、どうにか対処しないといけないからだ!

 でも……やはり何とも言えない気持ち悪さと恐怖はある。

 それでも俺は好奇心に突き動かされるように、扉に手を掛け……ゆっくりと開けたその時だった。


「……え?」


 僅かに開いた扉の隙間から何かが現れ、それは容易に俺の体へと巻き付いた。


「な、なんだこれ……!?」


 これは……紐のように見えて紐じゃない魔法の糸!?

 そう認識した時、俺はその場で踏ん張ることも退くことも、そして声を上げることさえ出来なかった。

 あまりにも強い力で中に引き込まれ……そしてまた、俺はあの女性と再会するのだった。


「昨日ぶりね」

「……あ」


 昨日と全く変わらない見た目……やっぱりとても綺麗な人だ。

 俺と同じくらい……いや、俺よりも僅かに年上くらいだろうか……ということは二十歳くらい?


「驚いてるわね。でも私の方が驚いているの……だってあなたはここに来た初めての人だから」

「初めて……?」

「そう――初めて私が会った人であり、初めてこの目で直接見た他人でもあるわ」

「……は?」


 女性が指を動かすと、俺の体は不思議な力によって浮かび上がる。

 丁寧に立たされ、俺の正面に立つ女性はとても楽しそうに俺を見つめている……っ。


「どうしたの? どうして下を向くの?」

「いや……その……」


 昨日と違い、ちゃんと彼女は服を着ている。

 しかし……ここまでの美人にこんな至近距離で見つめられるというのはあまりにも心臓に悪い。


「……えっと……あなたが綺麗と言いますか」

「綺麗……私が?」

「はい……」


 何を真面目に答えてんだよと思いつつも、俺は嘘を吐けるほど器用ではないし……というか嘘を吐けない何かがあるんだよこの人には!

 女性は俺の言葉を噛み締めながら、ふむと顎に手を当てた。


「この見た目は綺麗なのね……初めて言われたから分からなかったわ」

「……………」


 何だこの人は……さっきから妙に会話がおかしい。

 初めて言われたというのはともかく、初めて見た他人というのは一体どういう意味だ……?

 首を傾げ続ける俺に、彼女はパンと手を叩きこう言った。


「こういう時、自己紹介をするのでしょう? 私はアリア・リブ・フュアリス――この国の聖女をさせてもらっている者よ」

「あ、これはご丁寧にどうも……俺はローラン・ブレスという者です」


 お互いに頭を下げ、俺たちは自己紹介をした。


「あの……つかぬことをお聞きしますが」

「なにかしら?」

「……この国の聖女ってどういうことですか?」


 一応、実家に居た頃にこの国の歴史については勉強している。

 一般常識はもちろん、貴族だからこそ知れることもある程度は頭に入っているつもりだ……けれど、聖女というのは初めて聞いたぞ。

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