楽しそうなアリアさん

「……………」


 アリアさんと出会った翌日、俺は職場に赴く前に王都でも有名な図書館にやってきていた。

 ここには王国だけでなく、各国の英知が集まってくる場所だ。

 ある程度の知識と情報が集まるこの図書館ではあったが、どれだけ探しても王国での聖女に関する物は何も見つからない。


「……やっぱりないのか」


 アリアさんが言っていた誰にも認識されないという事実……嘘と思ったわけじゃないけれど、あれはやはり本当のことらしい。

 この図書館に存在する無数の本をほぼほぼ把握している受付の女性の元へ向かい、それとなく聖女に関することを聞いてみたが……。


「聖女というとミラステア法国のことでしょうか? それならばあちらの棚にありますよ」

「……ありがとうございます」


 礼は言ったものの、俺が欲しいのは王国の聖女に関することだ。

 それとなく言葉を濁しながら王国に関する歴史、法国のように聖女が居た歴史はあるのかと聞いてみても、そのような歴史はないと……本当にアリアさんに関する情報はどこにもない。


「……はぁ」


 しかし、こうして調べているとため息が尽きない。

 その理由は単純で……俺が勝手にアリアさんのことを可哀そうだと思っているだけに過ぎない。

 会ったのは二回、会話をしたのは一度だけなので全てを信じているわけではないのだが……それでも彼女が嘘を吐いているとは思えず、だからこそこんなにも考えてしまうんだ。


「でも……だとしたらどうして俺は……」


 あの部屋に……アリアさんに会えたのだろうか。

 正直、今でも俺はアリアさんを含め城のみんなが俺を揶揄っているだけなんじゃないかって考えもあるにはある……だってそうだろう?

 俺は別に特別な人間じゃないし、特殊な力を持っているわけでもない。

 それなのにそんな俺が誰も知らないアリアさんと存在……真実であるならば、この国にとってなくてはならない存在を知っていることになるのだから。


「でも冷静に考えたら、城の人が俺を揶揄って楽しむ理由もないよな……まさか家の方からそんな命令が?」


 いやいや、それこそあり得ないだろうと首を振る。

 両親はおそらく俺に興味がないし、兄と弟は困る俺を見て楽しいかもしれないけど、あいつらがそんなことに時間を使うとも思えない。

 しばらく考え続けた結果、やはり俺だけが見えている特別なことだと思うことにした……もちろんまだまだ調べたいことはたくさんだけど、アリアさんは嘘を吐いていない……その直感を信じるだけだ。


「……魔法の盾……アリアさんが言っていた結界か」


 図書館から出て空を見上げれば、そこにはもはや俺にとっても……そして王国の人にとっても当たり前の景色が広がっている。


(……そういえば昔……随分と気になったことがあるんだよな)


 まだ両親との間に会話が生まれていた時、俺は空に浮かぶ魔法の盾について聞いたことがあった。


『ねえ、どうしてあれはずっと空にあるの?』

『あれはそういうものだ』

『あれはそういうものなのよ』


 両親だけでなく、俺の知り合った人々はあの魔法の盾を当たり前に存在する物だと考えており、何故あれが特別王国だけに存在しているのか疑問にすら思っていなかった。

 でも俺は……どうして王国だけがってふとした時に考えるのを止められなかった記憶がある。


「それもまた異端のように思われたこともあったっけ」


 まあ、今となってはどうでも良いことだ。

 しばらく魔法の盾を眺めた後、俺はすぐに城へ向かい……そしてあの扉の前に立った。


「……ふぅ」


 何だろう……やけに緊張してしまうな。

 まだまだ俺にとって未知に空間であることは確かなので、緊張するのも仕方ないがそれ以上に、アリアさんがあまりにも綺麗すぎて緊張する。

 王女様たちも国の至宝と呼ばれるほどに美人だが、俺からすればアリアさんはそれ以上にも見える……たぶん、一切の穢れがない宝石のように思えてしまうからか?


「……つっても、あまり中に居ることは出来ないからなぁ」


 この中に入っている間、俺の姿はなくなってしまう。

 そうなると時折顔を出してくれる隊長やダレンさん、そしてルークを心配させてしまうし……ま、仕事をサボるわけにはいかないからまた少し話をするだけになりそうだ。

 コンコンと、ノックをしてから俺は中に入った。

 そして……。


「あ、いらっしゃいローラン君!」

「あわ……あわわっ!?」


 中に入った瞬間、素っ裸のアリアさんが俺を出迎えた。

 それは正に初めて出会った時の再来だったが、俺が視線を背ける前に彼女はぴょんと飛び跳ねるように接近し、そのままニコニコと佇む。


「あの……服を着ていただけると……っ」

「あら……そういえばそういう常識が外にはあったわね。ごめんなさいすぐに着るから!」


 この人……やっぱり常識が欠片もねえ!


(いや、常識としてはあるんだろうけど……そもそも人と接したことがないからなんだろうな)


 そう考えるとやっぱり……彼女は気にしていなくても、こっちの方がちょっと悲しい気分になってしまう。

 程なくしてアリアさんは真っ白なローブに身を包んだ。


「これで良しっと……けれど、男性は女性の裸を見たら喜ぶと知識にはあるのだけどね」

「それは人それぞれかと! 確かに嬉しいかもしれないですが、そもそも肌は人に見せびらかすものじゃないですよ」

「そうなのね……分かったわ。でも……ふふっ♪」

「どうしました?」

「いえ、こうして誰かと喋るのが楽しいと思ったのよ。相変わらず外に出たいとは思わないし、自分の使命を違えようとも思わない……けれどこのやり取りには楽しさを感じているわ」


 人によっては誰とも関わりたくないという人も居るだろう。

 王立学院を出て魔法研究に没頭する人の中には、自ら他人との関わりを一切断つような人も居るらしいが……俺はそのことを勿体ないって思う。

 まあ自分から実家との繋がりを切った俺に言えたことじゃないが。


「でも……夢じゃなかったのね」

「アリアさん?」

「……抱きしめても良いかしら?」

「え?」


 そ、それは一体……どういうこと?

 困惑はもちろん頷くわけにもいかない……というのに、少しばかり切なそうなアリアさんを見た時、とてもじゃないが首を横に振ることは出来なかった。

 大丈夫だと頷いてすぐ、アリアさんは俺を抱きしめた。


「私は今まで、誰とも接することがなかった。ずっとずっと、同じ時間を一人で過ごすだけだったからね。けれど誰かと話をすることの新鮮さ、それを楽しいと感じたの」

「アリアさん……」

「あなたがどうしてここに入れたのか分からないままだけれど、もしもこれが奇跡だとするなら……私はそれがとても嬉しいわ」


 ただ会えたことで嬉しい……そう言われたのも初めてかもしれない。

 温もりと柔らかさ、花のような香りに包まれて俺の顔は真っ赤……それでも離してほしいと言えなかった。

 だってそれくらいにアリアさんが楽しそうにしていたから。






 聖女は愛を知ってはならぬ


 聖女はただ、この国を守るためにその力を使うのだ


 聖女は愛を知ってはならぬ


 聖女は誰かのため、そんな想いを抱いてはならぬ


 聖女は生まれてからその力を使い果たすまで、決してその生き方を変えてはならぬ


 だがそれも心配の要らぬこと


 何故なら聖女は誰にも認識されず、誰とも出会うことすらないのだから

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