3 那由香の憂鬱(クラスメイト視点)


 王城のロビーには、今日も数名のクラスメイトがたむろしている。


 残りは王都で遊んでいるか、自分のスキルを磨くために訓練をしているかだろう。


「時雨くん、帰ってこないな……」


 山那やまな那由香なゆかはロビーの端の席に座り、物憂げなため息をついた。


 長い黒髪を三つ編みにした、おとなしそうな美少女だ。


 クラスメートの夜天宮時雨が遺跡探索の一員として出発し、行方不明になってから、もうすぐ二日が経つ。


 他の探索メンバーは全員、王城に戻ってきているが、いずれも気楽な様子だった。


「ねえ、時雨くんをみんなで探しに行こうよ!」


 彼女は一度、クラスメイトたちに訴えかけた。


 だが、ほとんどの人間は面倒くさそうに、


「はあ? 時雨なんてどうでもいいだろ」

「そのうち帰ってくるって」

「はぐれる方が悪い。自業自得」


 と、誰も取り合ってくれなかった。


 仕方ないので那由香一人で遺跡の近くまで来たが、やはり一人では不安で、結局遺跡に入らずに帰ってきてしまった。


「あたしは……駄目だ……」


 自分の心の弱さが嫌になる。


「どうした、一人か? ん、泣いてねーか、お前」


 一人の少年が近づいてきた。


 剣道部の剣咲けんざきだ。


 那由香は彼が苦手だった。

 彼の濁った目には、自分に対する強烈な欲情が宿っているように思えてならない。


「一人なら俺に付き合えよ。前から誘ってやってるだろ? な?」

「ご、ごめんね、私、ちょっと用事が――」


 用事がある、というのは嘘だった。


 ただ、こうやって断らないと、二人きりになれば何をされるか分からない。


 きっと彼の欲望の餌食になるだろう。

 だから、できるだけ近づかないようにしているのだが、剣咲は存外しつこいのだった。


「お前、いつもそうやって断るじゃねーか!」


 剣咲の表情がこわばった。


 那由香はびくっと身をこわばらせる。


 今日の彼は、いつにもまして威圧的だった。


「この俺がお前みたいな地味な女を選んでやったんだぞ! それを断るってのか、ええ?」

「嫌……嫌よ……」


 那由香は涙ながらに首を振った。


「くそがぁっ!」


 剣咲のスキルが衝撃波をまき散らす。


 ごっ……!


 床の一部が削れ、破片が待った。


 ロビーの中にいたクラスメイトたちが驚いたようにこちらを見る。


「見てんじゃねーよ!」


 剣咲が怒鳴った。


「ほら、いくぞ。那由香、俺と色々楽しいことしようぜ? な?」


 ぬるい息が吹きかかる。


 那由香は震えながら後ずさった。


 剣咲がそれを追うように距離を詰める。

 と――、


「そこまでにしてくれ、剣咲」


 背後から声がした。


「那由香が嫌がってるだろ」


「えっ……?」

「お前――」


 振り返った那由香と剣咲は同時に驚きの声を上げる。


 そこに立っていたのは一人の少年。


「時雨くん……!?」






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