4 王城に帰還

 俺は王城に戻るなり、ロビーに向かった。


 王様が、俺たち『異世界人』専用の場所として定めた一室で、常にクラスメイトの何人かがここでたむろしている。


「ん? これは――」


 床の一部がえぐれている。

 誰かがスキルを使って壊したんだろうか。


「こんな乱暴なことをしそうなのは……剣咲辺りか?」


 と、思ったら、


「見てんじゃねーよ!」


 その剣咲らしき声が聞こえてきた。


 一緒に聞こえてくるのは、たぶん山那那由香の声だ。


 那由香は俺に対して好意的に接してくれる、クラス内でも数少ない――というか、ほぼ唯一の貴重な友人だった。


 他の生徒は基本的に苗字呼びだけど、彼女とはお互いに名前で呼び合ってる程度には気を許していた。


「ほら、いくぞ。那由香、俺と色々楽しいことしようぜ? な?」


 どうやら那由香が剣咲に絡まれているようだ。


 他のクラスメイトはおびえたように二人から距離を取っている。

 制止する者は誰もいない。


 仮に邪魔をすれば、剣咲に何をされるか分からないからだろう。


 以前から乱暴者だったけど、特に異世界に来てスキルを手に入れてからは、完全に手を付けられなくなった感じだ。

 ランもそうだけど、何かあればスキルを使って相手を傷つけることも辞さない。


 いや、場合によっては相手を殺すことも――。


 実際、二人はこの世界の人間を何人も手にかけているという噂だった。

 俺たち勇者には不逮捕特権のようなものがあるから、人を殺してもお咎めなし。

 そのせいか、二人は完全に一線を越えているのだ。

 さすがにクラスメイトを殺すことはしていないけど、それもいつタガが外れるか分からない。


 怒らせたら何をするか分からない――。

 それが剣咲だった。


「へへ、誰も助けねーよ。諦めて俺のものになれ。な?」

 剣咲が那由香に手を伸ばす。


「ううう……」


 那由香は大粒の涙を流している。


「やめろ……っ!」


 俺は無我夢中で走った。


 剣咲に対する恐怖はある。

 以前から俺は剣咲に暴力をふるわれた経験は何度もあった。


 だけど那由香の涙を目の前で見て、放っておけるわけがない。


 那由香を助けなければ――。


 そうだ、絶対に助けるんだ。


 俺が得た、この力で……!


 彼らの前まで来ると、二人とも驚いた顔をした。

 まあ、俺は遺跡で行方不明ってことになってるだろうし、な。


 もしかしたら、すでに死んでいると思われていたのかもしれない。


「そこまでにしてくれ、剣咲。那由香が嫌がってるだろ」


 俺は剣咲をたしなめた。


「てめえ……」


 剣咲の表情が変わる。


「時雨ごときが何言ってやがる……舐めてんじゃねーぞ、ああ?」


 歯をむき出しにして怒鳴る剣咲。


 以前だったら、これだけで俺は委縮しまくっていただろう。


 震えて逃げ出していたかもしれない。


 だけど、今はもう違う。


 盗賊たちと相対したときと同じだ。


 俺のステータスは、普通の人間をはるかに上回っている。

 力を得たことが、俺に自信と勇気を与えてくれた。


 剣咲のスキルは詳しく知らないけど『衝撃波を撃つこと』だったと思う。

 身体能力に関しては、通常の人間並み――といっても、平均よりはずっと体力があるし、運動神経もいいはずだけど。


 ただ、今の俺には遠く及ばない。


「舐めてない。那由香に乱暴なことをしないでくれ、と言っているだけだ」


 俺は淡々と彼を諭した。


「……てめえ」


 剣咲の表情がまた変わる。


 怒りから、どこか警戒したようなそれに。

 たぶん、俺が『今までと違う』と感づいたんだろう。


「……ちっ」


 しばらく俺をにらんだ後、剣咲は唐突に背を向けた。


「気分が削がれた。また今度誘ってやるよ、那由香」


 チラリと那由香に視線を向ける剣咲。

 明らかに欲望がこもったその視線に、那由香は青ざめていた。


「大丈夫だ」


 俺は彼の視線から守るように、那由香の前に立つ。


「クソが。今日は許してやるが、そのうち――」


 捨て台詞のように言って、剣咲は去っていった。

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