第13話 五十年前の惨劇

 冬芽純道宮司死亡の報は、永士と麟太郎によってすぐさま災害対策本部にももたらされた。韮沢部長は消防団長の荒砥、医師の伊予札克己、警察官の忍足らを連れて自ら現場の状況を確認。異様な光景の冬芽神社と、氷の彫像のような姿となった冬芽神社の亡骸に表情を曇らせながらも、決して動揺はせず、これ以上の被害を防ぐために災害対策本部長としての指針を決定。


 その第一歩として、多くの関係者を役場の会議室へと招集し、詳しい事情を知らない若い世代や、村外の出身である警察官の忍足らに説明をする機会を設けることとした。


 会議室には韮沢部長と、消防団長の荒砥、警察官の忍足、現場に居合わせた永士と魁人、麟太郎を中心とした若手の役場職員や消防団員、村外からの観光客を多数宿泊させているという関係から、万年雪旅館の若女将、万年雪六花の姿もあった。


 直接の世代ではないが、村の重要施設である伊予札医院の院長である伊予札克己や、万年雪旅館の女将である万年雪牡丹は以前から事情を把握しているので不参加だ。同じく、五十年前の出来事を直接知る世代には今更説明する必要はないので不参加。この場にいない者達にも当時を知る世代から情報が伝わり、異変は直ぐに村中の知るところになるだろう。本来なら冬芽神社の巫女である深雪の出席も望ましかったが、最愛の父を喪ったショックは大きく、現在は伊予札医院の病室で休息を取っている。


「このような事態を招いてしまったことを、災害対策本部長として申し訳なく思う。雪崩による道路の寸断、通信網の異常、そして冬芽神社で発生した惨劇。これらは全て村の伝承にその名が登場する寒凍霊および、その尖兵である氷鬼の仕業であると考えられる。今更と思われるかもしれないが、今この村で何が起きているのか、可能な限り私の口から説明しよう」


 韮沢が神妙な面持ちで口を開く。麟太郎は何か事情を隠している様子だった韮沢たちに不信感を抱いていた。今も、もの言いたげな不満気な表情だが、隣の永士が肩に触れて首を横に振る。麟太郎の気持ちも分かるが、せっかく説明してくれるというのだから今は話に耳を傾けるべきだ。


「大前提として寒凍霊は実在する。実際、五十年前の今日にも寒凍霊は相巣村に出現し、災厄をもたらした。私は当時五歳だったが、生命を脅かす雪害の数々と死者の復活。幼心に恐ろしい出来事が頻発した恐怖をよく覚えている。当時十三歳だった荒砥さんや、実際に最前線で活動していたさらに上の世代は、より鮮明にその時のことを覚えていることだろう。当時を知る我々はもちろん。その直ぐ後に生まれた伊予札医院長や万年雪の女将の世代も、当時のことを経験で知らなくとも、親世代から惨状を聞かされて育っており、事態の受け止め方は極めて深刻だ」


「五十年前。一体どのような出来事が?」


 永士の質問には、当時十三歳で実体験としてより鮮明に記憶している荒砥が答えた。


「始まりは今回とよく似ていた。最初に起きたのは積雪による交通障害だ。ただし、これが寒凍霊の関与だったのかは定かではない。当時はまだ舗装もされていない悪路だったこともあり、積雪による交通障害は頻繁に発生していたからな」


 頷きを開始ながら、永士はメモ帳にペンで記録を始めた。職業柄、気になる情報は直ぐに書き留めることにしている。


「次に起きたのは死者の蘇り。氷鬼の襲来だ」

「寒凍霊の尖兵。氷鬼という言葉が何を意味するのかずっと疑問でしたが、あれは死者の蘇りのことを指していたんですね」

「寒凍霊が復活に際し、その冬にこの相巣村で亡くなった人間の魂を使役し、氷鬼として蘇らせると考えられている。生前の姿を象ってはいるが、その正体は自在に動き回る氷の人形だ」

「氷の人形。あれがですが?」

「表面に生前の姿がペイントされているようなものだと思えばいい。衝撃で欠損すると、砕けた氷のような断面が露出するはずだ」


 五十年前。実際にその瞬間を目撃している荒砥の言葉には実感が籠っていた。


「氷鬼になった道夫さんと遭遇したお前たちは、すでにその力を目の当たりにしたと思うが、奴らは風雪を自在に操る。それだけでも厄介だが、氷で出来た奴らに直に触れられたら人体なんて一瞬で凍り付く。現場の状況を見るに宮司もそうやってやられたんだろうな。五十年前当時は不運にも災厄の前にも雪の事故が相次ぎ、今年以上に多くの死者が出て、それらが氷鬼となって蘇った。閉ざされた冬の山村を跋扈する死者の軍勢。この世の終わりみたいな光景だったよ」


「そんな危機的状況から、どうやって生還を?」


 五十年前に村は大きな雪害に見舞われたということは永士も聞き覚えがあった。そこに寒凍霊が関与していたことには驚いたが、相巣村は壊滅的な被害を受けるまでには至っていない。当時相巣村は、寒凍霊の猛威を耐え凌いでいる。


「暖火の儀だよ。異常が発生した時点ですでに暖火の儀は開始されていた。それは寒凍霊を著しく弱体化させ、その結果、使役する氷鬼とも何とか渡り合えた。前述の能力は健在だし厄介な相手には違いなかったが、動きは緩慢で、剣先スコップやハンマーで頭を潰せば撃破することは不可能では無かった。当時は今よりも村の人口が多く男手も豊富だったから、暖火の儀が終了するまで必死に抵抗を続けた。その結果、冬芽とうが賢勇けんゆう宮司による暖火の儀は完遂され、一瞬、村中に春を思わせる温風が広がり、氷鬼は瞬く間に融解。寒凍霊も宿主しゅくしゅの体から引き離され、サイレンを思わせる絶叫を上げて消滅した。霊感なんてない俺らの目にも、閃光という形で、何かが解き放たれ、消滅したことを理解出来た。それ程寒凍霊の力は凄まじかったということなんだろうな」


「私もその時のことはよく覚えている。すでに日は暮れていたのにあの瞬間、相巣村はまるで昼間のように明るかった。その光景は村外からも目撃されており、謎の発光現象として当時の新聞記事を賑わせているよ」


 荒砥の口から語られる怪異との激闘の記憶と、それを実際の記録を交えて補強する韮沢の証言はあまりにも衝撃的なものだった。

 氷鬼を目撃した永士たち三人を除く他の参加者からは驚愕と困惑が混じり合った騒めきが起きている。実際に冬芽宮司が亡くなっているし、立場のある韮沢や荒砥の言葉を疑おうとも思わないが、それでもやはり実際に目撃したわけでは無いので、その光景を想像することは難しいのだろう。永士の隣に座る六花も動揺を必死に抑え込むかのように、永士のニットの袖を握っている。


「荒砥さん。今のお話に宿主という言葉が登場しましたが、確か寒凍霊は村で生まれた女性に憑りつくことで現世へと介入するんでしたよね。五十年前の宿主は誰だったんですか?」


 真っ直ぐ見据えてくる永士からの質問に、荒砥と韮沢は渋面を浮かべて顔を見合わせた。答えを持ち合わせながら、明らかにそれを言い淀んでいる。二人の様子を見て永士は自分の想像に確信を強めた。


「なるほど。五十年前に寒凍霊の宿主となったのは、僕の祖母ですが」


 再び会議室を騒めきが支配した。


「永士くん。太助さんから聞いていたのか?」


 常に冷静だった韮沢も、この時ばかりは目を丸くしていた。


「いいえ。祖父は自分の代わりに暖火の儀を見届けるよう僕に頼んだだけです。いずれは真実を告げるつもりだったのでしょうが、その前に病で力尽きた」

「ならばどうして、氷美子さんが宿主だったと?」


「その可能性を想像したのはつい今し方。過去の話を聞きながらですよ。祖父の遺言ということもあって、個人的に寒凍霊の伝承については調べてきましたが、実際に氷鬼と遭遇するまでは、本当にこんなことが起きるなんて思っていませんでしたから。だけど、それが真実だと分かったことで、色々と腑に落ちた部分もあった。五十年前なら祖父は今の僕と同じ二十八歳だ。当事者の一人として、きっと最前線に立っていたことでしょう。祖父は次回の暖火の儀への参加を切望していたが、死期が近づきそれが叶わぬと悟ると、その役割をすでに地元を離れていた僕に託した。普段温厚だった祖父にそこまでさせる執念とは何かと考えました。それで思い出したんです。祖母が亡くなったのは五十年前だったことを。時期こそ暖火の儀の後でしたが、偶然の一致とは思えなかった」


「お前の想像通りだ。こんな時になんだが、流石はミステリー作家だな」


 メモを取りながらそこまで考えていたのかと、荒砥は素直に感心していた。祖父の太助、母親の冬美も聡明な人物だったが、永士も確かに斜森の血筋を感じさせた。非常時ではあったが、永士のような若者が仲間として共に戦ってくれることが心強い。


「氷美子さんに憑りついていた寒凍霊は、暖火の儀の成功によって引き剥がされ、力を失い再び五十年の休眠状態に入った。だが、強大な冷気の力を持つ寒凍霊に憑りつかれたら、短時間とはいえ、体に受ける影響は計り知れない。氷美子さんは生還こそ果たしたものの、結局はその三ヵ月後に……。原因不明の衰弱だったが、寒凍霊が無関係だったとは思えない」


「寒凍霊は祖父にとって、仇ともいえる存在ということですね。しかし、病に侵された自分では三年後の参加は難しいと考え、孫である僕にそれを託した。これはいわば斜森家の宿怨か」

「真意は太助さんのみぞ知るところだが、そう気張るな。余計なことは考えず、この難局をどう生き残るかに集中しておけ」

「そうですね。僕だって次回作の構想を残したまま死ねないですから」


 過去の因縁に囚われた人間は思わぬ暴走をすることがあるが、幸いにも永士にその兆候は見られない。祖父の思いを理解しながらも、あくまでも冷静に自分の意志を持っている。

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