第7話 災害対策本部

「本日午後二時三十分頃に発生した大規模な雪崩の流入により、相巣村から二・五キロの地点で村道は完全に寸断。村の設備での除排雪は困難であり、反対側からの除排雪作業を待つ他ありませんが、先程届いた情報によりますと、雪崩の発生地点周辺は吹雪による悪天候に見舞われており、二次災害を警戒して現在は接近困難とのこと。被害規模の確認も追いついておらず、復旧の見通しは立っておりません」


 相巣村役場整備部土木維持課・課長であるすみ勝由かつよしからの報告に、会議の参加者達は一様に目を細めた。突如発生した自然災害に対して、現状では明るい材料は何もない。


 相巣村役場には村道で発生した雪崩に対する、緊急の災害対策本部が設置されていた。公共施設である中央広場で開催される暖火の儀の関連で出勤していた麟太郎ら整備部の職員や、急遽招集された課長、部長クラスの職員、地元消防団の団長、被害確認で初動調査に動いた相巣村駐在所の忍足巡査らが名を連ねている。


「よりにもよって、村長不在の中でこのような事態が起きようとはな」


 災害対策本部の本部長を務める、白髪交じりの韮沢にらさわ泰寛たいかん総務部長が困難を前に渋面を浮かべる。本来なら災害対策本部長は、相巣村の首長たる二連木にれき周弘ちかひろ村長の役職だが、間の悪いことに二連木村長は本日、村の観光PRイベントのため、観光推進課の職員や、村の観光協会の会長である万年雪旅館の主人らと共に青森市内に赴いている。雪崩に発生によって当然、村長らの帰宅も困難となり、青森市内の二連木村長と連絡を取り合いながら、総務部長である韮沢が現場の指揮を執り行うこととなった。村長たち以外にも、今日は休日のため、私用で村外に出かけていた職員や消防団のメンバーも多く、災害対策本部は少人数での運営を余儀なくされている。


「人的被害の状況については?」


 韮沢の問いに、総務部防災課所属の女性職員、湯谷ゆたに寒露かんろが報告した。


「現在のところ、雪崩の直撃を受けた車両等は確認されていません。路線バスが無事に到着したのは不幸中の幸いでした。ただし、村の孤立状態が続けば体調を崩す住民が増加する懸念がありますので、休診日ではありましたが、伊予札医院には急遽、医療体制を整えて頂くことになりました。高齢者へのケアを含め、福祉課とも連携していく所存です」


 湯谷の報告に、初動で現場を確認した忍足巡査と、福祉部高齢者福祉課の女性職員、里中さとなか柊子しゅうこが頷いた。


「降雪量が増加する予報もあるし、帰宅困難となったスキー客や観光客も多数存在する。避難所として公民館の解放も進めておくとしよう」


 困難に直面しながらも、韮沢総務部長の判断は早い。指示を受け、一部の職員は早速、役場と隣接する相巣村主会場の避難所として解放すべく動き出した。韮沢総務部長は勤続三十三年のベテランで、雪害の多い相巣村でこれまでも多くの災害に対処してきた。空振りでもいい。予断を持たずにしっかりと対処する姿勢は心強い。困難な状況にありながらも混乱が最小限に収まっているのは、韮沢総務部長の人柄と手腕によるところも大きい。


「韮沢部長。中央広場で開催予定の暖火の儀に関してはどのように。こういった状況ですし、やはり延期ですか?」


 整備部計画課の職員として偶然役場に待機しており、雪崩の初期対応に関わることになった麟太郎も会議に参加していた。五十年に一度の重要な行事とはいえ、今は雪崩発生の一大事だ。当然本日の開催は中止。後日に延期されるものだと麟太郎は考えていたが。


「いや。暖火の儀は予定通りに開催する。どのような状況下であっても、暖火の儀だけは完遂せねばならない」

「伝統を重んじる気持ちは理解出来ますが、今はそのような場合ですか?」

「私もそのように思います」


 麟太郎の意見に、防災安全課の湯谷寒露が追随する。伝統は確かに大事だが、人命に関わる災害時にまで優先すべきものではない。現実主義者で的確な判断を下す韮沢総務部長らしくない判断だ。若手職員や警察官の忍足は麟太郎の意見はもっともだと頷いたが、奇妙なことにベテランの職員、消防団員からは一貫して同意は得られなかった。


「暖火の儀の完遂は村長からの指示でもあり、私もその考えを尊重している。雪崩の発生で村が陸の孤島と化した今だからこそ、暖火の儀は必要不可欠なのだ」

「韮沢の言う通りだ。麟太郎。村の年寄り連中も、延期よりも開催を望む」

「ムネさんまで」


 韮沢総務部長の発言を支持したのは、相巣村の消防団団長を務める六十三歳の荒砥あらと宗孝むねたかだった。荒砥と麟太郎は親戚関係にあるが、そんな彼もが麟太郎の意見を一蹴した。


「これは総務部長ではなく、災害対策本部長としての指示だ。どうか私を信じて、芹沢くんには無事に暖火の儀が開催出来るよう尽力してもらいたい」

「……韮沢部長がそこまで仰るのなら、これ以上は何も言いません。整備課として、暖火の儀の開催に努めます」


 釈然としないが、何か考えあってのことだろうと、麟太郎は韮沢総務部長の判断に従うことにした。今この瞬間も、ベテランの職員や消防団の荒砥は何やら目配せで通じ合っている。暖火の儀とはあくまでも地域の伝統行事だとばかり思っていたが、これではまるで、本当に寒凍霊の襲来を恐れているようではないか。自分達の知らない何かが存在している気がしてならなかった。

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