第17話 訓練生
扉が開かれきる前に川内船長が私に目配せしながら操作盤の奥を指差す。
船長は両手を操作盤に置き、肩の力を抜いて気怠そうにする。
これが海賊が相手だったら、降伏するフリをして隙を見て殴って取り押さえるようなこともできる。だが、人形に暴力は一切通用しない。
一人が犠牲覚悟で人形を押さえつける、なんてことも不可能だ。
暴力では絶対にかなわない。
「遅かったな訓練生。早く出航させないと晩飯に間に合わないぞ」
川内船長は人形に呆れたように話しかけた。
「っも、申し訳ありません!本日は、よろしくお願いします!」
お前は訓練生でこっちは教官なのかよ。
入って来た人形は190cm近い巨漢で顎髭を生やした強面の男だった。例によって灰色のコートを着ているが、他の連中と同じ程度にぶかぶかしている。
「塩井訓練生!次はお前が一人でやるんだからな!よく彼の手順を見ておくんだ!」
「よろしくお願いします!」
その想定で大丈夫なのか?そもそも川内船長は船の学校とか出ていない。全部独学だ。それは私も同じだ。そういうものが破滅以前にあったのかさえ知らない。人形の方は即座に対応したということは学校か何かを出てる可能性がある。話の辻褄が合わなくなったらどうなる?
エンジンが動き出す振動が伝わり、計器類の電源が投入される。もう1人は機関室に入った。問題はこの“訓練生”と合わせて2人の動きしか把握できていない。ホースの人形は返却し次第、乗船するのだけは事前調査時に観測されている。そして、その役割はついにわかっておらず、従ってあと1人と船内で鉢合わせする可能性がある。
「よーし。訓練生!やってみろ!」
「りょ、了解!」
“訓練生”は言葉こそ初々しいそうだが、表情も手順も全く淀みがない。操舵から機関の遠隔調整までなんでもひとりでこなしていく。当たり前だ。訓練生ではなく本来はこの人形が船長なのだ。
私たちにはそもそも彼がどこに向かって船を進めてるのかもわからない。こちらからは全く指示を出していないので、取り決めのようなものがあるのだろう。
「私と塩井は機関室を見てくる!訓練生は予定通り航行を続けてくれ!」
「了解!」
人形に相対して気遅れすることは何より厳禁だ。逆に気遅れしなければ多少変な設定でも切り抜けられる。正直生きた心地はしない。
なんとか操舵室を出たが、事態は想定外を突き進んでいた。
終末の船泥棒 中埜長治 @borisbadenov85
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