第16話 錠前
進水したのは8時頃で、5時間近く船は湾の中を漂っていた。東の海域から現れた「さんふらわあ」級の幽霊船が接近してくる。恐らくベーリング海から戻ってきた船だろう。
甲板には人形が3人出てきている。
「扉はちゃんと閉めたな」
「施錠もきっちり、機関室はそのまま」
予定通りだ。
船がギリギリで横付けされると、人形たちは架橋もせず、太さが人の足ほどあるホースを持ったまま飛び乗ってくる。
作業の様子は物陰になって見えない。船の制御電源も投入されていないので、給油がどの程度済んでいるのかはわからない。
30分ほど経って、ホースを持った人形が1人、幽霊船に戻って行く。
残りの2人の姿が見えない。
給油が終わって操船に入る気だ。
一人は機関室。一人は操舵室。
ガチッ ゴンッ
レバーが引かれたが、施錠された扉は開かない。人形は瓦礫や風化して歪んだものしか壊さない。だから檻は安全地帯になる。新品の船の扉も檻よりは複雑な構造だが、整った形状だから壊せない。彼らの怪力なら容易に破壊できたとしても。
ガチッ ゴンッ
扉に錠前が再現されているが、鍵は模造されていない。模造する理由もない。境界守の観測でも施錠・解錠をした人形は一人もいない。
誰も盗みに来ないし、自分たちが船を所有し操縦していることも理解できてないのだ。
ガチッ ゴンッ
あとは、操舵室に入るのを諦めて機関室だけで運転を試みるのを待つだけだ。機関室の扉を閉めて施錠したような状態にすれば開かないと判断させて閉じ込められる。完璧だ。
カチャッチャリッ
カチッ
鍵を差し込む音と共に錠前が回った。
何が起きたのかわからなかった。
心臓が2拍したところで現象を理解した。
組合も、境界守も、川内船長も、私も、この計画に関わった全員が、こんな基本的なことを失念していた。
彼らは「必要なもの」があったら持ってることを思い出せば模造できる。
扉の向こうの人形は、鍵を持ってることを思い出したのだ。何より、この錠前を作ったのは彼らなのだから、適合する鍵の形状も知らないわけがないのだ。
操舵室のたった一つの出入り口が開かれた。
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