第5話 給油

「錨下ろせ!」

「錨良し!」


人間同士の取引では等価交換が原則で、片方による一方的な収奪は、収奪される側が人間だと海賊、魚なら漁業、草なら農業となる。

では、収奪が灰色人形からだと何と呼ぶのだろうか。


人形は世界中の生物を食い尽くしたが、今は光を食って生きてるので必要な物はない。

人形が人間みたいな活動をしてるのはただの真似で人形自体に何か見返りがあるわけではない。


石油リグをなぜ灰色人形が管理しているのか、その経緯自体は知らない。運転し、清掃し、補充品を補充し、部品を交換し、修理する。彼らの教典に言わせれば「私を助けるため」なのだろう。


灰色人形の仕事は全てが無償奉仕だ。だからこっちも対価は払わない。払いようがない。


石油精製施設の港にタンカーを停泊させると、給油装置のホースがクレーンで降ろされる。

中身は軽油一本。爺様方に言わせれば非常に贅沢だそうだ。精製過程ででる重油や揮発油がどうなってるのかは不明だ。


ホースをタンカーの給油口に接続するがこれは搭乗員側の作業だ。


「ホース接続よーし!」

「赤旗振れ!」

「赤旗よーし!」


人形達は赤旗を体内で模造できるが、生者はそういうわけにはいかない。元々は別の用途だったらしい紅白旗だ。

人形は言葉を理解するのが困難なので、コミュニケーションも視覚頼りだ。おかげでこっちも燃料をかすめとることができる。


「満タンよーし!」

「白旗振れ!」

「白旗よーし!」


満タンになったらクレーンに向けて合図すると給油が止まる。ホースを外すとクレーンがそのまま回収するので、錨を上げて離岸する。灰色人形が使うフェリーの給油手順を真似するだけだ。


石油と檻以外で灰色人形に生存者が依存してるものはないが、石油供給は生命線だ。

しかし、灰色人形は供給調整をしていない。

来るものは拒まず無条件で満タンにする。

石油がなくなっても人形は困らない。

困るという観念が成立し得ない。

仮に調整してもいつかは枯渇する。

石油が枯渇した時何が起きるのか。


陸地には食うものも燃やす物もない。

農地の成果は微々たるものであてにできない。

漁船に大昔のように帆を張ろうにも、マストにする大きな棒も、帆にする布もない。

飯の煮炊きはどうする。

冬が来たら何で暖をとる。


爺さんたちは、今の世界を「終末後」と呼ぶが、俺たちからしてみれば終末はこれから来るんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る