第13話 答え合わせ
どうやって切り出そう。軽めな提案の方が、いいかな。
『ホテル住まいなんて、お金かかるし、一緒に住んじゃおうよ』
一度、スマホに打ってみて、首を振る。いや、それはいきなりすぎるし。じゃあ、ともかく、どこかでご飯しようかって誘って、そこで聞けばいいか。じゃあ、どこにしよう? いつも通り、ファミレスかな。いや、いつも通りのところだと、いつものだらっとした調子になっちゃいそう。 ちゃんとしなきゃいけないんだし、違う方がいいか。
「あー、もう、どうしよう……」
彩芽が社食の机に頭をかき乱し、うーんと唸り声を上げて突っ伏して、額をゴンとぶつけると、学生時代のことを思い出した。
大学の食堂で、恋の悩みや惚気を誰かしらが持ってきて、よく盛り上がっていたのだが、その時に言われたことがある。
「彩芽この前、先輩に告白受けてたでしょう? 見ちゃったよ」
「私も目撃したよ! 四年生の長身イケメンでしょ?」
「そう、そう。あんまり立ち聞きしたら悪いかなって思って、すぐその場離れちゃったけど、あの後、あんたなんて返事したのよ?」
興味津々な顔をして、みんなからよってたかって、尋ねられたが
「え? 私、告白なんて受けてないよ」
正直に真顔で、答えたら、みんなの目が点になっていた。
「え……。『君が、一番好きなんだ』って、直球で言われてたじゃん」
「あぁ。その先輩と私、同じゼミなんだけど、発表課題があってさ。結構、みんなから評判よかったんだよ。で、そのあと、先輩が『君が一番好きだ』って言ってきたんだよ。だから、あれは告白じゃなくて、発表のこと」
「ん? ……それで、あんたなんて答えたの?」
「普通に『ありがとう。じゃあ、また』って」
あるがままに答えたら みんな引きつらせて「彩芽って、極度の恋愛音痴だったのね」と、心外なレッテルを貼られそうになった。
「いやいや、そんなことないよ。だって、あの人あの子好きなんだろうなとか、ちゃんとわかるもん。だから、私よく男子から恋愛相談受けるわけでしょ?」
「彩芽からその話何度か聞いて、その相談してきた相手の男から、確認したことあったけどさ。そいつら、みんな彩芽のこと好きだったんだって。でも、みんなフラれたって、言ってたわよ」
みんなドン引きしてそういってきていたが、身に覚えが全くなかった。だって、みんな何もそんなこと言っていなかったし。ただ、どこか遊びに行こうよとか、普通にな感じで、特別何かあるという感じではなかった。
自分でいうのもなんだけど、現国の点数は、ずっとよかった。私は、ちゃんと相手の心は読み取れているはずで、逆にみんなが人の心を理解していないだけだ。そんな友人たちなのだから、私の身に起きたことを、ちゃんと理解できているはずがない。今の今まで、そう思い続けてきた。
だけども。これってもしかして……と思いかけて、取り消す。
いやいや、そういうわけじゃない。ただ、私の今まで、恋愛経験値が少なすぎるだけ。今まで、陽斗のことは、うっすらと好きかなと思ってはいたけれど、ここまで自分の気持ちにも素直に向き合えてこなかったから、戸惑っているだけだ。自分の気持ちを突き詰めて考えたら、持て余しすぎて、困っているだけ。つまり、私は、恋愛音痴なんかじゃない。うん、そう。絶対そう。
そうやって、自分を奮い立たせながら、彩芽は再び手の中のスマホを睨みつける。ともかく、早く何か送らなきゃ。
文字を入力して、消して、顔をあげて自分を励まし、また頭を机にゴンとぶつける。それを永遠と繰り返していたら、手の中のスマホが震えて、ドキッと心臓が飛び上がる。勢いよく顔をあげて、画面を見ると、陽斗からポンと新しい文面が加えられていた。
『今日の夜、どっか食べに行かない?』
いつもと何ら変わらない文面。陽斗は特別な意味なんて特に、何もないのだろう。いつもの私だったら、ふーん。くらいの、気にも留めないところだ。だけど、私の気持ちは昨日までとは全く別人になってしまったかのように、変わってしまっている。異様なほど、胸がドキドキして、指先が冷たくなって、嬉しさで震えていた。だけど、いつも通り。落ち着けと言い聞かせて、『いいよ』と、とりあえず送る。この感じだったら、やっぱりファミレスが自然かな。『じゃあ、ファミレスで』と打とうしたら、それよりも早く返信がきた。
『じゃあ、たまには違う場所へ行こう。お台場にでも、どう?』
ひゅっと息が止まって、目を瞬く。
どうして、急に?
打ちかけていた文字を消しながら、手が止まる。お台場といえば、高一の誕生日に連れて行ってくれた場所だ。苦い思い出が掠めて、浮わついた気持ちが元の位置に戻って、ちょっと沈みそうになる。だけど。気持ちを奮い立たせて、深呼吸する。
ちょうどいいかもしれない。もう、あの時に戻ってやり直すことはできないけれど、どんな形であれ、前には進めるようになるかもしれない。頷いてごくりと唾を飲み込み、指先を滑らせた。
『わかった。二十時くらいには行けるように、がんばるね』
送信し終わって、ふーっと顔をあげると、パチリと関口と目がまともにかち合った。いつからそこにいたのか。関口が目の前に立っていて、驚く。慌てて姿勢を正して、咳払いして、反射的にスマホを背に隠していた。関口は少し罰の悪そうな顔をして、頭をかいていた。
「ごめん。驚かせるつもりもなかったんだけど、長いこと百面相していたから声かけにくくて」
「あぁ、うん。大丈夫。昨日は、ごめんね。途中で切り上げちゃって。どうぞ、そっちに座って」
どうぞと向かいの席を指差しながら、笑顔はスマホへと向ける彩芽に、関口がしみじみと苦笑する。
「やっぱり、僕の入る隙はないのかな」
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