第14話 死の巡礼、再び(前編)

セーラー服を黒くフォーマルに仕立て上げた様な制服の背中から伸びる紅蓮の翼が空気を焦がし、闘争の気配が強者たる2人の間に奇妙な均衡と共に漂う。少女の勝気な性格を反映したように燃え盛る炎に負けず劣らずの紅色に染まるツインテールは和装の女性から放たれる風に靡き、まるで飛び立たんとする鳳凰の如き印象を見る者へと与えていた。


「可笑しかなぁ。しっかり通信は封鎖できとるんやろねぇ?ミーナはん?」

『私の異能、『電脳遊戯』は問題無く発動している。この場に『狂乱の不死鳥』が訪れた理由が不明。』


空中をまるで確固たる床がある様に木履ぼっくりを履いたスラリとした足で踏みしめ、涼やかな水色の着物を身に纏った中禅寺ちゅうぜんじはその眉を不思議そうに下げ、耳元へと手をやれば虚空へと響く何者かの声。

此処では無い何処かからか電波に乗って飛ぶその声が小声で、何らかの手段でこの場においての通信の一切を封鎖している旨を感情を伺わせぬ無機質な声で彼女へと告げれば、強化された聴覚で声を捉えた焔の顔が不快げに歪む。


「チッ、未登録の電脳系異能行使者? 随分と調整局を舐めてくれるじゃないの……!」

「あらあら、人のプライベートな会話は盗み聞きするもんやないよ。あのおっかないお母さんからそういうマナーは習うてへんの?」

「それこそ───私のプライベートに踏み込んできてんじゃないわよ!」


空に屹立する風の支配者を引き摺り下ろさんとその紅蓮の両翼を羽ばたかせる不死鳥が、上半分を崩壊させ途中階層を剥き出しにしたビルのコンクリートを打ち砕きながら空へと飛翔する。

豪ッと炎が獲物を求めて荒れ狂う音を伴い、揺れる真紅の鋒を迎撃するは不可視の斬撃。膨れ上がる炎へと中禅寺が指を向ければ、その動きに追従するかの様に無数の斬撃が殺到し不定形の炎を突き抜けながら、不遜にも空中に立つ風の支配者へと追い縋らんとする不死鳥を切り刻まんと猛威を振るう。


真空の斬撃の嵐と紅蓮の炎の波の拮抗。凄まじい熱と炎に弾かれた斬撃が撒き散らされ、一瞬にして打ち捨てられた廃墟群は地獄へと変貌する。

指向性を持って放たれた炎の槍と風の斬撃が激突し、対消滅を繰り返す空中を彩るは緑と赤の二輪の花。


スカートの裾を翻し炎を纏う健康的な脚が空中へと躍り出た勢いのままに蹴りを放てば、それをとても人体との衝突によって聞こえたとは思えぬ轟音と共に受け止める大気の壁。

激突の余波の衝撃波が吹き荒れる中、真紅の瞳と深緑の瞳が交差し───


「確かに強かやけど……年季が足らへんねぇ!」


己の張り巡らせた大気の防壁の内側より、着物の袖の涼やかな水色を残像として引きずりながら鋭く突き出される掌底。

空気を削る音と共に迫る其れを焔は腰を捻り、間一髪で自らの顔の上を通り過ぎる一撃を見ながら顔を引き攣らせる。だが次の瞬間、その端正な少女の顔は鮮血と共に消え失せる事となった。


掌底の為に引き伸ばされた中禅寺の腕が纏うは不可視の真空の刃達。如何に避けようとも必ずその身を切り刻む事となる見えざる絶死の一撃は、回転する真空の刃によっていとも容易く少女の首から上を削り取り、炎よりも赤き鮮血を撒き散らしながらその首から上を失った華奢な体躯は炎を纏いながら地面へと落下する。


嗚呼、だがしかし。“この程度”で死ねるのならば───彼女は猛者犇く法務省において、最強の名を冠して居ないだろう。

瞬間、地面より立ち昇る巨大な火柱。先程までの炎が蝋燭の先で揺れる細やかな小火とすら思えるほどの熱量と共に上空へと目がけて迫る其れを、空中を滑る様に動き回避する中禅寺の着物の袖が僅かな黒煙を上げ、彼女は顔を顰める。


燃え盛る炎より出でるは燃えながら流れ落ちる鮮血を振り払い、何事も無かったかの様に火柱の中心から歩み出る少女。

不死鳥は死して尚、その業火より再びその身を蘇らせる。幾度傷を負おうがその度に火力を増して蘇り、敵を屠り続けるが故に『狂乱の不死鳥』。チロリと舌を出し、口元の血を舐め取りながら彼女は笑う。


「痛いじゃない……!貴女と違ってこの先長い人生、乙女の顔に傷が残ったらどうしてくれんのよ!」

「嫌やわぁ、最近の子は年長者への敬意がなっとらんくて……!」


パチンと焔が指を鳴らせば、火打ち石を打ちつけた様に指の間で踊る火花達。

そこへ彼女が己の指先へと息を吹きかけると同時に、空中へと風に乗り転げ出た火花達はその身を業火へと転じさせる。


揺れる炎は羽へ、酸素を燃やし尽くさんと荒れ狂う炎の鋒は嘴へ。燃える尾羽が放つ火の粉を残像としてその場に置き去り、轟音と共に未だ上空に座す中禅寺へと数十の火の粉より転じた不死鳥達が殺到すれば、負けじと彼女も触れた物を切り裂く幾千もの刃と化した猛風でそれを迎撃せんと手を振るい、弾かれた業火と吹き荒れる斬撃の風が空中を地獄へと彩った。


焔は指先より不死鳥を放ち続けながら、背後にて立つその少女へと声を発する。

感情の感じられぬ顔に炎による陰影を刻み、その澱んだ眼には踊る炎がまるで鏡に映されたかの様に鮮明に踊る少女の左手は鮮血に濡れており、擦り切れた白と黒のワンピースは戦闘の余波で煤けている。どう考えてもこの戦場にはそぐわぬ人物であったが焔が投げかけるその声には確かな信頼と一抹の心配の色が見てとれた。


「調整官、よく通信の封鎖に気付いたわね……!あんな方法で私に緊急事態を伝えるなんて思いもしなかったわよ!」

「……何のことか分かりかねますが。」


やや焔より身長の低いその少女──即ち、朱羽亜門の有機義体が感情の乏しい顔で問うのを見た焔はその顔に苦笑を浮かべる。全く可愛げの無い謙遜があった物だ。科学に干渉する異能で外務省のエージェントの反応を偽造し、廃棄区画一帯の通信を封鎖したレジスタンス側の策略に彼がいつ気付いたのか……否、もしかしたら気付いてすら居なかったのかもしれない。

彼の凡ゆる任務において発揮されてきた超常的とすら言える勘。理屈は無く結果だけを導き出す彼の特性がこの場面に活かされた可能性は充分にあるのだ。


「アンタ、自分の本名を言ったでしょ。」

「……!」

「私の名前でアンタの名前を縛ってる以上、私達の間には繋がりが生じる……つまり、アンタが名前を名乗れば世界の何処に居ても私は分かるわ。そして今のアンタに命じられた任務は『諜報任務』!その状況下で本名を名乗る事は有り得ない……。つまりこの状況下で本名を名乗るという事は私に宛てた緊急事態の知らせ!」


少女の額に汗が垂れる。無表情の中で少し目が泳いでいる様にも見えるが、それもそうだろう。戦闘用では無い有機義体を用いた諜報任務で立て続けに起きたイレギュラー。如何に歴戦のエージェントたる『無能無敗』とてその心労は尋常の物では無い筈だ。其れに気付いた焔はその全身を燃え上がらせながら笑顔で告げる。


「良くやったわ、調整官!そこで休んでて。後は──お姉ちゃんに任せなさい!」


魔神たる天威喪音の娘である赫羽焔。そして同じく天威喪音の寵児たる朱羽亜門。彼女の齢は僅か15なれど、その肩書きは法務省異能調整局第一課課長。だが、それ以前に彼女はこの生まれて数年のクローンと名で結ばれた姉弟きょうだい。弟が敵の策略を看破し、そして己に助けを求めたのならば───後は勝つだけだ。


「ええ加減に……鬱陶しいわぁ!」


押し寄せる不死鳥を手に纏った風の刃で振り払い、その端正な顔に苛立ちを浮かべる中禅寺。

だがその苛立ちは直ぐに焦燥へと転ずる事となる。地上より鏑矢を放ったかの様な鋭い音を立てて上昇するは煉獄の炎を両翼に湛えし不死鳥。まるで最初の衝突の焼き増しの様に──しかし、その数十倍の熱が込められた炎を纏った脚から放たれる一撃が眼にも眩い炎の輝きと共に、上空で彼女の真空の防壁と激突したのだった。





ッスゥゥゥゥ……。いや、まぁそうなんですよね。うん。全部作戦通りって言うか……。

そう、名前の繋がりを利用した高度な作戦を俺は用意周到に押し進めていたのだ……って、


んな訳ねーだろうが!そんな知恵がある訳ないだろ!名前聞かれて咄嗟に言える名前があれしか無かっただけだわ!後なんだよお姉ちゃんって。

非合法ロリを姉に持った覚えは無いぞ。というか、焔課長の弟になるって事は……母親が『アレ』になるって事だからね。それなら試験管の溶液が両親でいーよ俺は。


そんな現実逃避気味の思考を俺が脳内で繰り広げている頭上では、正に異能力バトルのお手本と言っても良い激戦が繰り広げられていた。

和装の麗人が放つ不可視の斬撃を避けることもせず、鮮血を周囲に撒き散らすも己の血を燃料とし業火の大剣を作り出し振るう制服の少女。両者とも当たり前の様に上空に浮く中で炎と風が織りなす戦闘は遠目から見る分には非常に煌びやかであり、俺が前世で夏は良く見ていた花火を思い起こさせる美しさだ。


流れ弾が無けりゃな!


上空にて振るわれた炎の大剣へと繰り出された掌底が纏うは真空の刃。轟音と共にその二つが衝突すれば、ベクトルがズレた真空の刃が炎を纏って地面へと雨の様にばら撒かれる。その落下地点は俺がいる上半分が切り落とされた廃ビルも例外では無い。強者の戦闘はその余波だけでも必殺となりうる事を、俺は灼熱の斬撃が胸を貫く事で身をもって体験したのだった。



轟音と共にその二つが衝突すれば、ベクトルがズレた真空の刃が炎を纏って地面へと雨の様にばら撒かれる。その落下地点は俺がいる上半分が切り落とされた廃ビルも例外ではない。俺が普段の身体と比べて幾分動きにくいこの身体を勢いよく転がし一際大きな瓦礫の影へと身を寄せれば、篠突く雨の様に降り注ぐ炎を帯びた斬撃達が瓦礫を砕く轟音が響き渡る。


クソ、これなのだ。最強論議に名を連ねるレベルの異能行使者が刃を交えれば、その余波だけで俺は余裕で死ねる。

とっとと決着をつけて頂きたい所なのだがそうもいかない。と言うのもこの2人、非常に相性が悪いのだ。


中禅寺丹羽の異能【風来刃舞ふうらいじんぶ】は自在に風を操り天空を支配する事が可能な強力な物であり、原作でも序盤から主人公の仲間として登場するキャラでありながら終盤までしっかり主戦力として使えるという無課金勢にとっての救いの女神であった強キャラなのだが、今は俺の直属の上司である非合法ロリこと赫羽焔とてそれに張り合える程の異能を持っている。


異能、【不死鳥塵炎しなずどり・じんえん】の持ち主である彼女は鉄すら余裕で融解させる炎を操るだけで無く、不死鳥という文字通りに不死身なのだ。それも絶命する度にその火力は上がっていくというクソ仕様。

ストーリー上で入手するとあるアイテムが無ければ理論上、無限に強くなり続ける敵キャラにあるまじき彼女との負けイベを何とかしてクリアせんとする猛者達暇人も居たのだが、結果的にゲーム内数値最大の攻撃力を誇るスーパーフェニックスロリを作り出しただけであった。


それ程の強さを持つ二名だが、この両者が戦った場合千日手なのだ。

中禅寺は焔課長を殺せず、焔課長の纏う炎はその性質上、真空を纏う中禅寺の防壁を突破する事は出来ない。そして戦闘が長引けばレジスタンス側の『最強』が出張って来かねず、そうなればますます戦火は拡大し……という末路になるのだ。


元より、この二名の戦闘は原作より逸脱している。恐らく俺がいなければ順調にレジスタンス側の作戦は遂行され、密入国を果たした神聖ライヒ=ユーロ同盟の傭兵達を中禅寺が迎えに来、た……?なんかおかしいな。こんな大物が態々、傭兵の送迎……?


まぁいいや。そんな事を今は考えるべきじゃ無い。俺は降り注ぐ瓦礫や風の斬撃が織りなす戦場音楽を聞き流しながら、為すべき事を考える。俺が為すべき事。それはこの両者の戦闘に介入し、中禅寺丹羽を撤退させる事。レジスタンスの幹部の最強格で有り、俺の右手以外の四肢を奪った女。それを撤退させる。……ふむ。


まぁ、前もやったな!なんか最近価値観がバグって来た感じがするぞ!俺はそんな自分に嫌気が差しつつも、地面に転がる傭兵達の荷物を漁り始める。え?傭兵達はどうなったかって?折角はんなり姉御の真空斬撃で毒ガスから解放されたのに、麻痺が解ける前に戦闘の余波で……全く不運な奴らである。


さて、そんな事より荷物を漁った結果俺の手元にある物は以下の通りだ。

医療用のナノマシン噴霧器。傷口に噴射する事で一時的に剥がれ落ちたり損傷した皮膚の代わりとして傷を覆い、回復を助ける物。まぁ応急処置用だな。

もう一つは125年式光学式拳銃。マガジンの代わりにバッテリーを用いてビームを放つ拳銃で、この世界では一般的な拳銃。

後は……軍用ナイフ。俺が下っ端クローンの時にも使ってた量産化された良質なナイフだ。手に程よく馴染む重厚感とシンプルな構造が俺的には気に入って居る……。


え、これだけ?これだけで今からレジスタンスの幹部の相手すんの?

……しかしよく考えれば、前に奴と戦った時に俺は1人だった。戦闘のせの字も知らず、この世界の不条理に打ちのめされていたひよっこ。だが今の俺はどうだ?チート能力持ちのロリ上司に、数年間で積み上げた死に戻り戦闘のノウハウ。

この戦闘向きでは無い有機義体をハンデとしても有り余る戦力と言えるんじゃなかろうか。


前が酷すぎただけだな!数ヶ月間の戦闘が初陣とかチュートリアルがバグって居るとしか思えない。

それと比べれば、この戦闘はぬるま湯みたいなもんだ。柄じゃないが、無くした四肢のリベンジってのも良いかもしれない。


んじゃ、まぁ。いつも通り死んで死んで死に尽くして───生を手に入れようか。

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