第3話 (身内には)アマイモン

異能調整局のビルの上層階には高位の職員専用の居室が存在している。


大抵の職員は自分の家を持っているが、俺の場合はクローンであるが故に家もなく、はんなり姉御によって一族郎党(クローンの兄弟達をそう呼ぶならば)皆殺しの憂き目に遭っているので主に此処で生活している。

しかし、一介のクローン兵士が法務省の高位スタッフとは出世したもんだ。そんな事を考えながら、部屋の壁に備え付けられた機械に青色のカードをスキャンさせる。


西暦2◼︎◼︎◼︎年の住宅にはキッチンが存在しない。置いてあるのは電子レンジの親戚みたいなこの機械だけだ。『甲金フーズ監修!ハンバーグデータセット』とファンシーなフォントで印字されたカードのパンチ穴が既にこのカードをこれ以上使えない事を訴えていた。結構高かったのだが、消費する時は一瞬だ。名残惜しい様な気分でそれをゴミ箱に放っていると、部屋に響く電子音が『調理』が終了した事を知らせた。


食用3Dプリンターによって作成されたハンバーグを口に運ぶ。前世ならばファミレス等で良く食べていたハンバーグだが、今の日本では目も眩む様な高級食だ。尤も大戦に貢献した企業や家系の上層部はもっと美味い物を食っているのだろうが。

そんな事を考えながら、雑にナイフで取り分けたハンバーグをソースと共に口に運ぶ。部屋の窓から眼下に広がる『理想郷』は赫赫たる夕日に照らされ、狂気の様な美しさを演出していた。


無数に乱立するビル。天を舞う国民監視ドローン達。ホログラムで虚空に投影される聞こえの良い政府のプロパガンダと、レジスタンスに対抗する為に未成年へ国防軍への入隊を促す広告達。

クローンなんて物が有るのだから、もういい加減に国民徴兵を止めたらどうなのだろうか。そこら辺は色んな利権が絡み合って複雑なのだろう。

何となくテレビをつけてみれば、此方でもにこやかなレポーターが我が国の偉大さを褒め称える事に表情筋を総動員していた。


『──ンドの占領統治政策も順調であり、現地の3等国民達は日本政府への謝意を示す集会を自発的に行うことで世界へと我が国との友好をアピールしています!』


「は、それは何よりだ。」


よく言ったもんだ。現地の住民による抵抗運動は『謝意を示す集会』か。恐らくその集会に参加した奴等はこの世界には既に居ないだろう。

この国はいつだって命の単価が安い人間を欲している。それは俺も例外では無いが、少なくともタダでは無い事が救いか。食べ終えた食器を分解用ダストシュートへと放り込み、部屋に備え付けられた椅子にもたれ掛かる。


全く、この国はディストピアだ。平等を謳う広大な家畜小屋。プロパガンダと利権を牛耳る企業の広告が天を舞い、路地裏では社会から溢れた人間が怪しげな薬やらを売り捌く。

異能を得ようとも、異界の存在を認識しようとも、人の本質は変わらない。


俺らしく無いセンチメンタルな気分に浸っていると、左腕に嵌めたデバイスに通信が入る。なんだ、人が頭の良さそうなモノローグを気持ちよく垂れ流してるところに水を差す不届き者は。勧誘とかだったら怒鳴りつけてやろうかな?


「やーあ、亜門調整官。元気にしているかな?」

「は、お陰様で。局長、何か御用命でしょうか?」


あっぶねぇ!化けもん怒鳴りつけるところだった!通信画面に映し出されたのはどう見ても小学生低学年程の体格をした少女。

美しい金髪を彼女のサイズに合わせて仕立てられたスーツの上に垂らしているその様は、一見すれば背伸びしたがっている可愛らしい幼女にも見えなくは無いのだが、その目を見ればその存在がそんなものでは無いのが分かるだろう。そのワインレッドの目は只管に誰かを貶め、それを見て高笑いをすることしか考えていない人格破綻者の目であり、正しく『悪』その物の様な目であった。


「いや、君の右手の面倒でも見てやろうと思ってね。君に残された数少ない生身の部分だ。メンテナンスは欠かせないだろう?」

「そのご提案は非常に嬉しいのですが、生憎と用事がありまして……」


こんな腹黒合法ロリに付き合わされてたまるか。暫く俺は出動の予定は無いし、それに今日は銀行に預けた金を確かめてニヨニヨするという崇高な使命に費やすと決めているのだ。

ああ、通帳の0の数が俺の高飛び後の安寧さを示している……!


だが、そんな俺の堅実な人生設計を嘲笑うかの様に少女は愉快げな表情で告げる。


「じゃあこう言おうか。『局長命令だ、亜門調整官。』今すぐに局長室に来たまえ。」


……。


こんの腹黒合法ロリがァァァァ!!!俺が上司に逆らえない事を良い事にニヤニヤしやがって…!

だがまぁ、一応この少女……いや、本当は少女なんて年齢なのでは無いので此処は本名である『天威喪音アマイモネ』と呼ぶ事にしようか。


彼女、つまり天威局長は俺の上司である以上に恩人でも有る。彼女は無自覚ではあるだろうが俺の高飛び計画においての最大の障害を消してくれたのである。


クローン兵士。正式名称『乙式量産型兵士』。その体内には魔術的、科学的なロックが多数設けられており、決して反抗などが出来ない様になっている。

もしもその状態で俺が高飛びなんぞしてしまえば、その行動の意思を見せた時点で俺はそれこそハンバーグの様に肉の塊となって死を迎える。

いや、俺の能力上死なないがどちらにせよ俺の高飛び計画においての最大の障害である事は間違いない。


だが、その障害は俺の身柄が国防軍から法務省へと移行する際に解消された。

これまで対異能戦の最前線で戦ってきた国防軍は法務省異能調整局が気に入らず、異能調整局は商売仇になりかねない国防軍を警戒している。


つまりは仲が悪いわけだ。

その中で国防軍によるロックやらをガッチガチに固められた俺という存在をそのまま雇うわけには行かないという事。獅子身中の虫になりかねないからね。

で、そのロックを解除される代わりに俺は彼女の沙汰により直属の上司である第一課課長に『名』で縛られる事となった。


異能調整局最強の武闘派、赫羽焔課長。赤いツインテールの彼女の異能はズバリ、『フェニックス』。

原作において中ボスの役目を担っていた彼女は鉄すら一瞬で蒸発させる程の炎と、脅威的な再生能力を持つ作中でも5本の指に入る強さを持つキャラであり、『Fallen God』をプレイしたプレイヤーからは「ツンデレフェニックス」の名で親しまれていた。


なんと敵キャラでありながら攻略が可能なキャラであり、ストーリー終盤にとある事情によって異能を失い、調整局から追われる身となってからは主人公に対して渾身のツンとデレを披露してくれる、前世でも中々に人気の高いキャラだった。


そして話を戻すが、俺は彼女によって名で縛られている。俺が六桁の番号の代わりに与えられたのは『朱羽亜門』という名。

天威局長によれば、この『朱羽』という名字にフェニックスの意味を込める事で俺の魂自体が課長の異能に縛られる事で、課長の命令に対しては絶対遵守となる、らしい。

此処ら辺はよく分からなかった。そんなに前世でも細かく設定資料とか読み込んだ訳じゃないから仕方がない。


で!此処で一番大切な事は俺に設けられた縛りは、ストーリー終盤において課長の異能消失と共に消え去るという事だ。

勿論、課長の異能が消えた時点で俺の縛りが解ける事は周知だろうが、何らかの手段が講じられる前に俺はこの世界からはおさらばという訳だ。

如何に覇権国家日本といえど、その勢力が外宇宙にまで及んでいるわけではない。後は溜め込んだ金を使って悠々自適なバカンスという事だ。見よ、この完璧な人生設計。


だが、そんな事を考えていると少しぼーっとして居たらしい。局長から催促の声が飛んでくる。


「返事が聞こえないぞー?亜門ちょ、う、せ、い、か、ん♪」

「はっ!」

「よろしいよろしい。君は他のクローンと違って話しがいがあるね。待ってるよ。」


通信を切った俺は溜息を一つ吐き、自分の部屋を後にするのだった。







「おやおや、随分とまた酷使したもんだねぇ。前回刻んだシジル(刻印)がもう薄れてるじゃないか。」


ツツ、と俺の背筋を撫でる指の感触に俺は思わず声をあげそうになる。が、そんな事をしてしまえばどう考えてもこの金髪腹黒合法ロリの思う壺なので、歯を噛み締めて我慢する。

そうそう、説明をし忘れて居た。現在、俺を半裸に剥いて背伸びをしながら俺の腕やら背中を弄くり回している、一見すれば可愛らしい幼女は原作でも超重要人物である。


それが何かって?そう、『ラスボス』なのだ。

『FallenGod』において、日本という国を背後から牛耳り主人公達と最後に対面する事となる全ての黒幕。それこそが、この幼女『天威喪音』なのだ。

いや、先程から幼女幼女とまるで俺が犯罪者の様に連呼しているが、実のところ彼女は人間ではない。


魔神である。


人類が異能を認識した直後、或いは直前。世界各地に『ポータル』と呼ばれるこの世界ではない異界に繋がるゲートが自然発生した。

大抵のポータルは何のことはない、無害な物だったが、それは裏を返せば一部のポータルは危険だったということだ。


【怪異】


ポータルから現れた人類、というよりは生命体に対して敵対的な生物の総称であり、その大半は多かれ少なかれ超常的な力を持っている。

そして彼女はその怪異の中でも極上の部類に入り、破壊衝動を理性で捩じ伏せている存在、即ちそれが『魔神』なのだ。

作中でその存在は限られた数しか登場して居ないが、その特徴として異能ともまるで違う力である『魔術』を行使すると言うことだ。


分野によって得手不得手はあるものの、魔神の行使する魔術はどれも世界の法則を乱しかねない物ばかり。

それは彼女も例外ではない。


「こらこら、こんな魅力的なレディと二人きりなのに気をそぞろにするんじゃ無いよ。この時間を楽しみ給え。」

「は、申し訳ございません。」


いっっっった!こ、コイツ爪で掘りやがった!俺の四肢で唯一無事な右手にはサイバネティクス化が施されて居ない。故に、彼女の魔術による補強をシジルと呼ばれる刻印を刻み込む事で行っているのだが、爪でやる必要は無いだろ。


クローン標準搭載の死亡済み表情筋のおかげで顔はピクリともしないが、心の中ではジタバタとのたうち回っている。とっととラスボスらしく主人公に撃破されろ。この世界がRTAであることを深く望む!あと何がレディだ。ツルッ!ペタッ!ツルッ!の動く平野が何を言ってるのか俺には理解に苦しむね。


「今なんか凄く失礼なこと考えなかったかい、君?」

「とんでもございません。私の様な一介の職員にこの様な補助を頂けるなど……感謝の極み」


とんでもあるわ。サラッと思考を読まないでほしい。……読めてないよね?

急に不安になってきたが、思考が読まれているとするならばとっくの昔に死に戻っている筈なので、その可能性はないのだろう。


いや、それにしても確かに不思議だ。それなりに実績をあげているとはいえ、俺はあくまで一省庁の中の上級スタッフでしかない。彼女もカモフラージュとして異能調整局の局長なんてやっているが、実態としてはこの国のトップだ。こんな所でクローンの右腕弄って何が楽しいんだか。まぁ、助かってはいるんだが。


「ん、こんなもんだろう。あまり無茶をしない様に。」

「ありがとうございました。ですがこの国の安寧の為、無茶をせざるを得ない立場でして。」

「ンンン゙!そ、そうか。それもそうだな。帰ってよし!」


……なんでこの幼女頬染めてんの?こっわ。まぁいいや。銀行口座に並ぶ0の数を眺めながらニヨニヨする作業に戻るとしよう。俺は一礼してから、遅れてしまった本日の予定を取り戻すべく自室へと急ぐのだった。







『Fallen God』


即ち、堕ちた神。其れ等は総じて魔神と呼ばれる。


彼女がこの世界に降り立ち、一国の裏に根を張ったのはただの気まぐれにすぎない。悠久に近い己の生涯のほんの少しの暇つぶしとして世界でも滅ぼしてやろうかと思っただけだ。

弱者が貧弱な能力を振り翳し、争う彼等が大戦と呼ぶ物にほんの少し介入してやるだけでその国は勝利した。


ああ、本当につまらない。超常の可能性なぞ見飽きた。命と共に燃え盛る炎も、時すら凍てつかせる氷も、不死を断つ風刃も全て、全て既知のものだ。

そろそろ直接滅ぼしてやろうか等と考えていた頃であった。彼女がほんの少し開発を手伝ってやったクローン兵士が、この世界で『強者』と呼ばれる者を撤退させたと聞いたのは。

最初はありえないと断じた。そのクローンの開発をほんの少しとはいえ手伝ったのだ。そのスペックは全て熟知している。だが、だが。その戦闘ログを見た時。

彼女がこの世界に来てから───否、彼女が世界の外にいた時から蝕んでいた退屈が少し、ほんの少し彼女を蝕むのを止めたのだ。


彼女にとって既知であり、ありえないと断じたものがあり得ている。

着物を着た女が繰り出す風の刃、吹き飛ばす瓦礫の雨。その全てをそのクローンは避け続ける。右足が、左腕が断たれようとも全身で跳躍し、手にした支給品の何の変哲もないナイフを振りかざす。

幾千幾万の絶死を超え、左足を断たれたクローン───否、『彼』の振るったナイフは、確かにその女の着物を貫き、その左腕へと突き立った。


この時の彼女の歓喜は想像を絶するものだった。無いと断じた事が有ったのだ。既知が未知となる久しい感覚。そして、なによりも彼女を激らせたのは彼の瞳だった。


死を無限回に煮詰めたような深く深く澱んだ瞳。だが、その目には確かに先へと進まんとする確固たる光が宿っていたのだ。

それからは早かった。国防軍に圧力をかけ、手慰みに作っていた組織、つまりは法務省異能調整局へと引き抜いた。


万が一にも逃げられない様に彼女の『娘』の名で縛る事も考えた。だけど、まだ足りない。どれだけこの手で掴もうとも、彼はするりと抜けて何処かへと行ってしまいそうに感じる。

そう、言ってみれば死に近いのだ。魔神にすら一度しか訪れない死の香りを彼は濃密に纏っていた。だから、だからだからだから。



自分の名前でも縛る事にした。



さぁ、讃えるが良い。我が尊名を。私は強欲の権化、大罪の名を冠する者。

地獄の侯爵と弱者が呼ぶ者であり、不和を司る者。



天威喪音など偽りの名前。我が名はアマイモン。四方の王たる一角であり、地を司る者。


ああ、こう名乗った方が良いだろう。愛おしい、私の退屈を晴らした彼に。そしてともすれば、私のこの悠久に終止符を打つやも知れぬ存在に名付けた名を。


即ち──────『アモン』。




そう、絶対に絶対に。私の手から逃す事など考えられぬ、私の、愛しい愛しい『可能性』。


だから、先程彼が『この国の安寧の為、無茶をせざるを得ない』だなど言った時には堪らなかった。彼はこの国が私そのものだと知ったらどうするのだろう? その忠誠を向けている先が実は私だと気づいたのならば。その死の香りの満ちた目で跪き、私へと首を垂れるのだろうか。


そして私がこの国を破壊したら。その無表情を激情に染めて私を殺しにくるだろうか。私の永遠に、逃れ得ぬピリオドを打ってくれるだろうか。


不死性を誇る私をその異常なまでのセンスと試行錯誤の上に打ち破り、この胸にナイフを突き立ててくれるだろうか。ああ、それを考えると昂って堪らない──────!


その幼き瞳を隠しきれぬ欲情に染めたその少女は、その豪奢な部屋で一人恍惚に満ちた顔でほくそ笑むのだった。

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