第2話 暴力系(致死)ヒロイン

『Fallen God』は所謂ディストピアを題材にしたゲームだ。

近未来の日本。最先端の技術と異能や怪異、魔術などが入り混じるゲームでジャンルは───百合ゲーだ。登場人物は全員美少女で、男キャラも居るには居るがストーリーには余り関わってこない。


で、このゲームは俺の前世、つまるところ21世紀でかなり有名なゲームだった。

あんまりこう言うゲームには手を出さない俺がついついプレイしてみるほどにはマーケティングにも力を入れられてたし、ゲームの内容も中々に面白かった。


このゲームの主人公は近未来の日本を強権的に支配し、ディストピア化させている『裏の政府』にレジスタンスとして立ち向かう少女。かつてはこのディストピアと化した日本で暮らす普通の高校生だったが、研究者であった父の謎の失踪について調べていくうちに政府機関に目をつけられ───

みたいな内容だ。


ゲームシステムもしっかりしているし、何より敵味方で入り乱れる一体イラストに幾ら掛けたのか不安になるレベルの美少女の立ち絵達。オタク界隈は熱狂の渦に叩き込まれ、二次創作サイトのランキングはこのゲームの二次創作に埋め尽くされる事となった。


ゲームの内容も結構マイルドで、多少のお色気要素は有ったがディストピアを題材にしたゲームにしては珍しくゴア描写も少なく、全年齢対象だった。

多分それもこのゲームが人気を博した要因の一つなんだろう。バッドエンドとか言う訳でもなく、最後は主人公達が『裏の政府』を支配していた怪異を破壊して日本は自由を取り戻す!という希望に満ち溢れた物だった。


こんな訳で、俺は『Fallen God』の世界に転生したと知ったときにはそれなりにワクワクした物だった。これでも前世は一端のオタクだったのだ。異能やら怪異、魔術なんて物が現実にある世界に来たのならば心に潜む中学2年生がハッスルしてしまうのも道理と言えよう。だが。そんな淡い、言ってみれば楽観的すぎる希望は今世での両親が存在しない事によって消え去った。


そう、両親が存在しない。なら何処から生まれたんだという話なのだが、別に木の根から生まれたわけでも自然発生したわけでもなく、俺は泡立つ試験管の中の薬剤から誕生した。


所謂クローンという訳だ。前世の世界では人間のクローンは禁止されていたが、此方の世界では人倫などとっくの昔に消え去っている。国防軍にて最前線で戦う為のクローン。一山幾らの兵士達。特に優れたところもなく、かと言って劣る所もない何処に売り出しても恥ずかしくない兵士として俺は誕生した訳だ。


俺はどこかでこの世界を舐めていたのだと思う。

俺がクローンとして誕生した時点で俺の肉体は既に成熟していた。生まれたての俺と、俺と同じ顔をした兄弟達は最低限の訓練を受け、国防軍の憲兵として配属された。


この国の圧政に抗わんとする者達の抵抗───テロの鎮圧、そして群衆に紛れての国家に叛逆的とされる人間の監視。拷問。洗脳。それはゲームでは描写されなかったこの国の真の闇。


そして、俺が己の能力に気づいたのもこの頃だった。『死を起点とするタイムリープ』。所謂死に戻りとされる物。定期的に行われていた異能調査にも引っ掛からず、実戦で初めて気づいた事からこの能力はこの世界での『異能』では無いらしい。


数度目のレジスタンスによるテロの鎮圧の際、俺はこの世界での一度目の死を迎えた。



「何やぁ、クローンかいな。国防軍も堕ちたもんやねぇ」



そんなはんなりとした言葉と共に俺の首は着物を着た妙齢の女性が手を軽く振る事で発生した風の刃によって簡単に吹っ飛んだ。そう、俺はこの人をゲームで知っていた。原作で主人公の頼れる姉御ポジに居たキャラ、中禅寺丹羽。

最強議論では常に話題に登るキャラ。レジスタンス勢力の幹部の一人。


結論から言ってしまえば、俺はその戦場で他の兄弟達を差し置いて唯一生き残った。まぁ、あまり会話も無かったしそんなにショックでは無かったが。

数分の戦闘。しかし、俺にとってみれば恐らく体感にはなるが数ヶ月に及んだその戦闘は俺の両脚、左腕の喪失という尊い犠牲の下に終結し、中禅寺丹波は撤退した。


というか、見逃された。クローン一人にそんな構っては居られないという至極当然の理由のもとに彼女は撤退し、俺は気が狂いそうな死を積み上げる巡礼から帰って来れたという訳だ。


で、まぁ当然の如く俺はかなり注目された。身体の部位を失ったとは言え、大量生産のクローンの中で一人が生き残りあまつさえレジスタンスの異能保持者、更には幹部相手に数分間戦い抜いたのだ。


他のクローンにそんなポテンシャルは無く、気が遠くなるほどの検査と色々とここでは書けないような実験の後、あっけなく突然変異の様な物だろうと片付けられた。更なる研究、つまりはバラして俺を複製できるか確かめてしまおうという国防軍と日本武装医師会の決定に待ったを掛けたのが法務省だった。


対異能保持者に発足された法務省異能調整局は人手不足であり、複製できるかも分からない様な実験で使い潰すよりも対異能保持者の鉄砲玉として俺を雇用しようという訳だ。

あれよあれよと言う間に俺は新しい身分を与えられ、六桁の番号だった名前は『朱羽亜門』という名前へと変えられた。そこから俺のこれまで以上にブラックなお仕事は幕を上げたのだった。




そんな昔の事を思い出しながら法務省のリノリウム張りの床を歩いていると、俺の背後から話しかけてくる者がいた。


「朱羽亜門調整官!」


俺が足を止め、くるりと振り返れば其処には調整局の制服をかっちりと着こなした如何にも『私は真面目です!』と全身で語っている様な少女が立っていた。


「貴方にはこの国家を安寧に保つ調整官としての自覚は無いのですか!おめおめと犯人の一人を取り逃がしたと聞きましたよ!」

「……あぁ、その件でしたら不問との寛大な処置を課長が下してくれましたよ。ご安心を、氷峰裁歌調整官。」


日本人にあるまじきその銀髪に天井の明かりを反射させ、顔には糾弾の意思が宿る彼女の名は氷峰裁歌。

原作において主人公のライバルとして最終的には友好を深める事となる少女。原作の主要キャラの一人だ。俺としては原作に首を突っ込むつもりもそんな願望も持っていないので、余り彼女と仲良くする気は無いのだが、ある時から無性に彼女の方から突っかかってくる様になったのだ。実を言うと少し、いやかなり迷惑しているのである。


「そう言う事を言っているのでは……!」

「おや、課長の沙汰にご不満が?宜しければ課長にお伝えしておきますよ?」


あー、ダメダメ!この国では上の言うことに逆らうなど有ってはならないのだよ!俺の上司が良いと言ったのならヨシ!完全な免罪符を手に入れている俺に敵うと思ったのが間違いだったな。

それにしても此処の法務省の面子に限らず、原作キャラ達の髪の色は本当に喧嘩を売っていると思う。此処は日本だぞ?地毛でそれおかしいだろ。

だが誰も気にしない所を見るに、この世界ではこれが普通なんだろう。色素とかどうなってんだ。原色の髪とか目痛くなるわ。


「違っ、そんなつもりじゃ……と言うか先ほどから何処を見ているのですか!」


おっと、つい見すぎていた様だ。いかんいかん。セクハラと思われる。此処まで積み上げてきたエリート街道をこんなアホらしい事で潰すわけにはいかない。

俺は肩をすくめ、何でもないように答える。


「いえ、何も。それで話は終わりですか?氷峰調整官。」

「……貴方に模擬戦を申し込みにきました。」


はーーーー!(クソデカ溜息)またこれだよ。俺が彼女を避けている原因の一つとして、顔を合わせる度に模擬戦という名の私闘を申し込んでくるのだ。

しかもこの女、名家に生まれ幼い頃からエリート街道まっしぐらである故に武術の手解きも無論最高のものを受けている。今のところ俺の全敗であり、何度も勝てないと言っているのにもかかわらず戦いを挑んでくるあたり、本当に俺の事が嫌いなのか人を殴らなければ生きていけないかのどちらかだろう。俺としては前者を強く主張する。


「氷峰調整官……私では貴女の相手にはなりませんよ。私はまだ貴女から一本も取った事がないと言うのに、どうしてこう何度も模擬戦を私に申し込まれるのですか?」

「ッ…!いい加減にして下さい!私が気づいていないとでも⁈そんな簡単なことも分からない様な箱入り娘だと言いたいのですか⁈」


そう、で断るとこんな風にキレ始めるのだ。本当に困った物である。パワハラで訴えようかな……揉み消されますかそうですか。


「今回の映像記録も見ました!あんな風に動ける様な貴方が!任務において無敗の貴方が!私如きとの模擬戦で負けるわけがないでしょう!

本気を出すに値しないと⁈真面目にやる様な気も起きないと⁈」


そりゃそうである。言わばあれはトライアルアンドエラーの繰り返しの末に生まれた、絶対に勝てる既定路線をなぞっているに過ぎない。俺という存在にのみ許されたズル。模擬戦で死ぬ様な目に遭わない以上、戦闘において独学のみの俺が彼女に勝てる筈がないのだ。


「貴女が私を殺す気が無いからですよ、氷峰調整官。では私はこれで……」


深々と頭を下げ、彼女へと背中を見せる。甲金フーズの新作メニューの配信が始まる時間だ。自室に設置してある食用3Dプリンターにはそこそこ金を掛けている。

三ツ星シェフの考案したメニューに想いを馳せつつ、歩み出そうとした俺の背筋を寒気と慣れた『いつもの感覚』が這いずり回る。

おいおい、嘘だろ?此処でやるつもり─────


「なら、ならやってやりますよ。貴方を殺す気でッ!」


俺の腸を極寒の杭が掻き混ぜる感触と、背中に走る激痛が俺の意識を刈り取った。




「なら、ならやってやりますよ。貴方を殺す気でッ!」


瞬時に俺は横へと己の身を投げ出し、視界の端でリノリウム張りの床に突き立てられた氷の槍が霜を降らせるのを捉える。正気かこの女⁈調整局の廊下でやるかよ普通!頭おかしくなったのか?俺の周りに人が居たら……?いや、待てよ。妙だな。廊下に人影の一つも見当たらない。正真正銘この頭のおかしい女と二人きりだ。


頭のおかしい狂犬、氷峰裁歌。法務省異能調整局第一課所属の調整官であり、氷結系最強の異能保持者。つけられた渾名は『氷結地獄』。


「……正気ですか?」

「既に局長から許可を取っています。調整局内に異能保持者が侵入した時の避難訓練との名目でこの場を整えて頂きました。」


俺は今手ぶら。相手は異能保持者。あの金髪合法ロリ、俺を本格的に殺す気なのか?いや死なないが。そんな思考も氷の上を滑る様に近づき、俺の顎へと掌底を放ってきた彼女によって中断された。余りの速さにその彼女の美しい銀髪が残像へと溶ける。揺れる視界に、込み上げる吐き気。脳を揺らされたらしい。

そして首に突き立てられた極寒の一撃が俺の最期の記憶となった。




「なら、ならやってやりますよ。貴方を殺す気でッ!」


瞬時に俺は横へと転がり、余裕を持って着地する。流石に二度目は慣れる。伊達に死に慣れちゃ居ないのだ。

ゆっくりと立ち上がり、目の前の女を見据える。


「……正気ですか?」

「ほら……前動作の無い状態からの異能行使にすら余裕で対応するその異常なまでのセンス。確かに殺す気でなければ───相手にすらしてもらえない様ですね!」


足の下に展開した氷の上を滑る様に移動してくる彼女の、俺の顎に目掛けて放たれようとする掌を腕が伸び切る前に抑える。来る前に知っていればこんなもんだ。そしてそのまま体勢を崩した彼女の脚を払い、なるべく手加減した手刀を首筋へと叩き込んだ。


男女平等チョップ!否、平等では無い。どう考えてもこの女の方が強い上に金を持っている。俺は首筋を手加減したとはいえ、サイバネティック技術で強化された手刀で打たれ、意識を朦朧とさせている彼女を背中に背負い医務室を目指す事にした。ここで放置したら寝込みを襲われそうだ。全く、原作キャラに絡まれると碌な目に遭わないのだ。メニューの配信に間に合わない事を悟った俺は溜息を吐きながら、氷が溶けかけている廊下を歩き始めたのだった。







朱羽亜門。世界でも有数の異能保持者が集まる法務省異能調整局において、異能保持者最強を決めるのならば一課の課長が挙げられるだろう。

だが、純粋な最強を選ぶのならば皆異口同音に彼の名を挙げる。


無能力者でありながら、異能保持者を圧倒するその戦闘センスと致命的な副作用すら厭わない兵器の使用、持って生まれた肉体に固執しない余りにも割り切った肉体のサイバネティック化。

其れ等諸々を受け彼は法務省内で───否、この名は既に国外にすら広まっている。


無能力者でありながら任務において無敗を誇る、忠実なる国家の僕。

人呼んで曰く────『無能無敗』。その名は畏怖と共に語られている。



医務室で目覚めた氷峰裁歌は、その微睡んだ目でベッドに腰掛ける細い背中を見やる。

嗚呼……“また”負けた。今度は完膚なきまでに、完全に。


裁歌は日本が先の大戦で勝利する一因を作った異能保持者を多く輩出した名家、氷峰の一人娘である。

幼い頃より鍛え上げられたその技術と、天から与えられた強大無比な異能。彼女は調整局に入局するまで己が最強と信じて疑わなかった。

その驕りは課長の行使する異能を目の当たりにする事によってへし折られたが、それでも己がNo.2であると思い続けていた。


そんな時に耳にしたのが『無敗のクローン』の噂だった。

曰く、無能力者、しかもクローンでありながらレジスタンスの幹部を数分間押し留め、あまつさえ撤退させたのだとか。

最初は戦場にありがちな荒唐無稽な噂の類だと気にも留めなかった。

だが、その噂は日に日に声を大にして語られる様になる。彼女もその存在を認めざるを得なかったが、只の偶然だろうと決めつけた。


二度目の彼女の驕りを打ち砕いたのはそのクローンの戦闘ログだった。

『勝てない』。恰も来る攻撃を既に知っているかの様に避け、いなし、己の身を傷つける事を厭わぬ攻撃によって一撃で仕留める。

そのセンスも、国への忠誠も勝てないと彼女の心が思ってしまった。


それから目を背けるかの様に、彼女はそのクローンへと模擬戦を挑んだ。

結果は彼女の勝ちだった。だが、誰がどう見てもそのクローンが本気を出していないことは明らかだった。既に幾つかの実績を積み上げていたそのクローンの戦闘ログを知る者は、思わず彼女への憐れみに目を背けるほどだった。


相手にすらされていない。あのセンスは見る影もなく、まるで素人の様に倒され其れを悔しがりもせず参った、と言うのである。

本気を出すに値しない。それは戦闘に身を置く者への最大の侮辱であり、彼女にとってそれは正面から打ち破られるよりも悔しく、怒りを感じる行為だった。

その後も何度も模擬戦を挑むも結果は同じ。相手に本気を出させられなかった以上、彼女の負けの様なものである。己の武術、己の身だけでは本気を出させる事すら出来ない。業を煮やした彼女は、ついに局長への直談判へと至った。


幼い少女の容貌でありながら、その垂れ流す雰囲気は正に政界の怪物と呼ばれるに相応しい、まるで虎口に手を入れたかの様な空気を彼女に感じさせた。

思いの外、局長は軽々と異能を用いた模擬戦の許可を出した。だが、今にして思えばあれは彼女への警告だったのだろう。


『これに懲りればあの男にこれ以上手を出すな。君が死ぬ事になる。』


正にその通りだった。氷結系最強とすら言われる己の異能の発動を完全に見切り、摩擦を極限まで減らす事によって繰り出される超高速移動すらも知っていたかの様に見切られ、いとも容易く無力化された。あの手刀にあとほんの少し力が篭っていれば彼女は死んでいた。正に文句のつけようが無い敗北。だが、彼女はどこか清々しかった。


(異能を使ってやっと本気の一部……嗚呼、本当に勝てないんだな……でも、しっかりと負けられてよかった。)


敗北すら許されなかったこれまで。だが、今回しっかりと己を敗北へと叩き込んだ彼によって、己の気持ちに踏ん切りがついた。

もっと強くならねば。このクローン───否、朱羽亜門の立つ頂に少しでも近づける様に。


(嗚呼、でも……いつか、勝ちたいなぁ……)

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