第79話 誕生秘話③

 「これに関しては本当に申し訳ないと思っている。原因は私だ。私が、初代・神楽を使って当時の神守を止めたのだからな」


舞衣さんはそれを聞くと、呆然と「どうして」と口にした。蓬莱は静かに答える。


「神楽に与えた力……『慰霊』が、絶望を打ち消す希望、そのものだったからだ」


神守と神楽は対になる存在。どちらが強い、というものはない。闇に光をぶつける。確かに、効果的で賢明な判断だ。


「しかし、慰霊の力は霊に効果はあっても神に効果はないと聞きます。邪神を元の善良な神に、というのはできましたが、首謀者レベルの強い霊力を持つ神に太刀打ちはできませんでした。『絶望の器』は黄泉と同じ存在に……つまり、優司くんは黄泉と同じレベルまで上がるということですよね? 流石に、冥界の番人レベルを相手には……」

「忘れていないか? 万が一の時、お前は私と同じ存在に、つまり、天界の番人と同じレベルにまで上がるわけだぞ?」


舞衣さんはハッとして口元を手で押さえる。


「あの時、自分が自分でなくなる感覚があったはずだ。殺さなきゃ……みたいなやつだったと思うが、どうだ?」

「あ、ありました……」

「人間からすれば非道な手段かもしれないが、最悪の事態を食い止めるには殺した方が早いし楽だ。一刻を争う事態になった時には、希望に絶望を殺させるように作った」


言葉が出ない舞衣さん。しかし、流石は天界の番人と言うべきか


「だが、殺さずに済む方法も残してある」


慈悲深い。希望を与えてくれていた。


「その慰霊の力は、絶望だけを打ち消すことができるぞ」


あの手記に書かれていたことは真実だったようで、蓬莱は平然と言った。


「なんで今まで使わなかったのか、むしろ私が気になるくらいだ。『慰霊』だぞ? 傷ついた魂を慰めろよ。絶望の闇から救えよ。慰霊ってそういうことだろ。馬鹿なのか?」


舞衣さんまで馬鹿と言われてしまった。まぁ、神からすれば愚かではあるよな、人間。僕らは神々と比べれば、みんな無知であるのだから。


「しかし、僕が救われてしまったら、神々への影響はどうなるのでしょう」

「ないぞ」

「えっ」

「絶望を消しただけで影響するって、どれだけ脆弱なんだ、お前の中の神々は。絶望を消したところで、お前の気持ちが一時的に晴れるだけだぞ。神守の仕事は今後も続けてもらうし、何一つ問題はない」


「初代のように駆け落ちさえしなければ」と、やや棘のある笑顔を向けられれば、もはや笑うしかない。


「一工夫っていうのは、まぁ、わかると思うが『絶望の器』は神子だ。神に捧げるものだから舞と組み合わせれば良い。神楽、得意だろう。苗字の由来にもなっているからな」

「待って、それやられると僕が優司に会えなくなるってぇ!! 負の感情を残しておいてくれないと優司に近づけないよ!!」

「コイツのことは気にするな」

「やだやだ! 優司ぃ……」

「うるさいぞ、黄泉」


蓬莱は黄泉を殴ると、引き摺るように僕から彼を遠ざけ


「それでは、お前たちの幸せを祈る。まだまだ迷惑をかけるが、その、なんだ……二人とも、長生きしろよ」


そう言い残し、現世に繋がる門を開けた。

 これで全てに片を付けられる。僕はみんなを先に返した後、振り返って頭を下げた。黄泉は相変わらず小動物のような顔をして僕を哀しげに見つめている。整った大人の顔をしているのに、もったいないな。


「えっと、黄泉様」


思わず、最後に声をかけてしまう。


「またいつかお会いしましょう。人間から負の感情が完全に失われることはそうありません。再び会える時は来ます。ですから、それまで僕を見守っていてください。次に会う時には、より成長した姿を見せますから。お楽しみに」


パァッと明るくなる黄泉に、一言。


「信じていますよ、


それだけ残し、僕も現世に帰った。


 これでもう、何も心残りはない。

 僕は、もう幸せになって良いんだ。

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