第77話 冥界③

 「閻魔様〜!」


二匹の犬の甲高い声が屋敷に響く。


「なんだ」


その中で、威厳のある低音が短く放たれる。彼こそ、かの閻魔大王である。


「神守優司です。お聞きしたいことがありまして参りました」


名乗りを上げれば、ざわざわと声が蠢く。姿は見えないのに声だけ聞こえるとは不気味なもので、膝を折って頭を下げたまま、身構える。


「……待て。今行く」


重低音が鉛のように圧し掛かる。流石に、連絡なしで冥界のトップに会うのはまずかったか。こればかりはこちらに非がある。どんな叱責も甘んじて受け入れるしかない。そう覚悟した時


「おぉ。久しぶりだな、優司」


祖父のような安心感。柔らかな物言いで僕らを歓迎してくれた。


「お久しぶりです、閻魔大王様」

「まぁそうかしこまるな。プライベートくらい楽にしてくれ」

「しかし……」

「昔はよく膝に乗ってきただろう」

「ヒュッ」


とんでもない事実に喉が鳴る。そんなことしていたのか、僕。とんだ命知らずの傲慢少年ではないか。


「おっと、謝るなよ? 可愛かったぞ。まさか人の子を膝に乗せるとは思わなかったからな。新鮮で、楽しめた」


流石は閻魔大王。僕の行動パターンもお見通しだった。先に謝罪を封じられては、もう笑って誤魔化す他にない。


「それで、聞きたいこととは何だ」


彼は机に肘を置きながら問う。やはり、威厳のある声だ。僕はその声に狼狽えながらも言葉を紡ぐ。


「神守と神楽の……いえ、我々『絶望の器』と『希望の化身』の生みの親に会いたいのです。我々を作った理由、我々を戦わせる理由、また我々の力について、お聞きしたいと」


暫しの沈黙。僕は彼の返事を待つことしかできない。無論、僕の後ろにいるみんなも、言葉を紡ぐことはできない。重い空気が鋭利な刃物のようになって漂っている。


「……そうか。奴に会いたいか」


重低音がため息混じりに放たれる。


「お前と奴を会わせるのは心苦しいが……まぁ良い」


喜びで顔を上げたその時


「麒麟。白虎」


悠麒さんと古白さんが彼に呼ばれる。硬直する古白さんの分まで、悠麒さんが「はい」と返事をすると


「くれぐれも、


閻魔大王は不穏な言葉を口にした。


「案内をつけよう。真司を……というのが本来お前にとって理想的ではあるが……奴と真司は相性が悪い。故に」


「光司」と兄の名前が呼ばれる。兄はどこからだろう、「はーい!」といつもの調子で返事をすると、パッとその姿を僕の目の前に現した。


 勢いのままに、パタタ、と三滴ほど血飛沫が顔に飛んで来る。


「あ、ごめん。さっきまで拷問していたから、返り血が……」


ビックリした……。驚きで硬直する僕に、舞衣さんがハンカチを貸してくれる。この、綺麗な真っ白のハンカチを使うのは少し躊躇うが……厚意はありがたく受け取ろう。


「では、光司、優司を頼むぞ」

のところへ、ですね」

「あぁ」


まったく名前を教えてくれないが、それでも、閻魔大王と兄の間では共通認識の神なのか。


 『希望』と『絶望』の創造神。一体、どんな神なのだろう。


 閻魔大王に再度御礼を言うと、僕らは疑問を抱えながらも、兄の案内に従い、歩を進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る