第77話 冥界②

 冥界に足を踏み入れた瞬間、正面から霊力の塊が弾丸の如く飛んでくる。


「……危ねぇなぁ」


怒りを露にした古白さんに守られる。こちらはまたか、という感想だが……やはり舞衣さんは怯えた様子であった。


「無事か? お嬢」

「え、えぇ……」


古白さんの問いにぎこちなく答える舞衣さん。


「本当に、治安が悪いわね……」

「冥界だからね。別名・地獄とも言う。そりゃ治安は最悪だよ」

「神々も冥界出身者は荒っぽいし、霊も罪人、獄卒もいる。何が起きてもおかしくないから、あまり離れないようにしてくれ。離れられると守りきれねぇから」


……と、言っている間にもまた鈍器が五つほど飛んでくる。手早くそれを蹴り飛ばす悠麒さんと、僕らを庇う古白さん。悠麒さんは深いため息をつくと


「それにしても酷いね。前に来た時の数十倍は治安が悪化している。やっぱり、あの件が冥界にも影響をもたらしているのかな?」


あの件……僕のやつか。


「いや、そんな顔をしないでくれよ。主のせいではない。ここのトップの力の問題であって」


「何気に神を侮辱していますが大丈夫です?」と舞衣さんに言われる悠麒さん。いつものことと言えばその通りだが、最近加速したような。


「ま、とにかく。まずは先代を探そうか」

「そうですね」


悠麒さんが先頭に立ち、僕らを導く。一番道を知っているということもあるが、自ら一番危険を伴う役を引き受けてくれたところ、やはり、彼は優しい人なのだと思う。その背中は、安心できるものに見えた。


 しばらく歩いて行くと、お堂が見えてきた。閻魔大王のいるお堂。恐らく父はここにいる。門を潜り、いざ扉の前に立とうとした時


「あれ、もしかして優司?」

「もしかしなくても優司!」


聞き馴染みのない声に振り返れば、そこに人の姿はない。


「下、下、下!」

「こっちだよ〜」


視線を下に落とせば、ようやく、声の主の姿が見えた。


「十三年前に遊んでもらった犬です!」

「今は神様のお手伝いやってます!」


二匹の犬は自慢げに言った。真っ白な毛と少し太ったお腹、パタパタと振られる尻尾……


「お利口さんですね」


気がつけばその頭をなでなでしていた。触らずにはいられなかった。いや、十三年前に遊んだ犬と言われてもまったく覚えてはいないけど。


「閻魔様に会いに来たの?」

「そ、うですね」

「案内しようか?」

「では、お願いします」


正確には父に会いに来たのだが……閻魔大王に直接お会いできるのなら話は早い。

 僕はみんなと目を合わせると、二匹の犬の後をついて歩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る